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色の記憶

 水路の音に誘われて、私は4車線の石畳の坂道に沿って設けられた緩やかな階段状の歩道を歩く。脇には、登るにつれ橋脚が短くなっていく石造りの水路が伴走するように続いている。幅は三メートルほど、深さは膝下ほどだろうか。水路の向こう側には、柔らかそうな黄金の小麦畑が広がっている。風が吹くたびに穂が揺れ、光と影が縞模様を作り出す。まるで街を守る黄金の絨毯のようでもあり、どこか夢の中の風景のようでもある。下流では細い滝のように畑に注がれていた水が、ここまで来ると小さな水門を経て畑へと流れ込む様子がうかがえる。


 畑から伸びる脇道から4車線に次々と合流し、群れるように坂を登って行く馬車。荷台にうず高く積み上げられた刈りたての麦からふわりと漂ってくる青々しい匂いに土の香りも混ざり、天日干しの布団のような幸せを思い出させる。けれど今、胸の奥をくすぐるのはそんな穏やかな幸せではなく、焼き上がったパンや熱々のパスタ、さらにはクリームコロッケを挟んだハンバーガーなんてものまで――そんな食欲全開の想像に、自然と歩調が速まった。


 坂の傾斜が緩むあたり、視界に巨大な石のアーチが飛び込んできた。奥行きのある重厚な造りで、石の質感はざらりとした手触りを想像させる。アーチの外壁には、半月の口と点の目で描かれた愛らしい笑顔の下に、デフォルメされた力こぶ。建物の入り口付近で立ち止まり、見上げる。内側にも描かれている笑顔のシンボルは、天井の曲面に歪められて立ち位置によって表情を変える。こんなにも大きく、しかもユーモラスな顔が街の構造物に組み込まれているのは初めてだ。


 振り返れば、黄金の絨毯を一直線に裁断するように下る石畳の先に、噴水広場が見える。あそこにいた時は、人混みばかりに気を取られて気にしなかったが、巨大な石造りの建物がいくつも並び、広場を囲っていることに気付く。遠くに広がる下流の街並みは、ここから見ると白い壁が見えず、一面赤い屋根で埋め尽くされている。遠くゆらめく赤色は、そこに今も変わらずあるはずの人々が奏でる軽やかな生活音を映しているようにも思える。そのさらに先には、青く透き通った海が広がり、海に突き出した街を包むように空間の奥行きを際立たせている。


「……すべてが、ひとつの世界として繋がっているんだ」


 目の前の光景に、私は自然と息をのんだ。胸の奥に静かに響く感動と、これから始まる物語への期待が、心を軽やかに満たした。思わず小さく息を吐き、私は再び歩みを進める。


 アーチを抜けると風が強まった。空高く、風車の羽根がくるくると回っており、羽一枚一枚に先ほどのモチーフが描かれているのが見える。大きな羽根が光を受けて回るたびに、顔の表情も光と影の中で踊り、まるでテーマパークのマスコットのように主張している。


 余談だが、この石造りのアーチの天井が描く放物面の焦点の位置に立つと、旅の恥──搔き捨て精神による黒歴史的独白──が、しっかりと聞こえる仕組みになっており、中央の休憩所でたむろする街の人々に、それはもうしっかりと聞かれているのであった。

丘陵地帯に築かれた街は、外壁が円を描き、沿岸部を除いて街全体を包み込む輪郭のように整えられている。外周から中央広場に向けて伸びている3本の水路は光を受けてきらめき、街の中心へと穏やかに流れている。

両翼の2本の支流が生活へと溶け込むため、沈砂池や貯水池へと流れ込み、街の方へと細かく散っていく。その一方、中央水路だけが海まで延び、その存在を誇示する。街の構造を象徴する軸であり、厳密に傾きを守るための橋脚は圧巻だ。

丘の上にそびえる3基の風車は、陸から吹き降りる風を受けて静かに回る。その威容は水路や外壁に次いで街の象徴となっている。

街全体の精緻さと秩序が上空からも明瞭に感じ取れる。見下ろす者にとって、それは単なる都市の俯瞰図ではなく、自然と人工が織りなす神秘的な景観のひとつであった。

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