鳥獣憐みの令
鳥獣憐みの令が発布された。
法の施行に合わせ、リルの名を冠した孤児院が設立され、社会的にリルの功績として認知されることとなった。罰則金や寄付金によって孤児院は急速に規模を拡大し、運営の基盤を確立していった。当初積極的に収容されたのは、奴隷制の闇、片親をイシュの民とする孤児たちだった。
街の外壁内、中央広場から上流にかけて広がる斜面には、「黄金の穀倉地」と呼ばれる土地が存在する。一般にはほとんど知られていないが、この土地には生産能力を緩やかに増強する魔法が宿っており、需要に応じて作物の収穫量を補う効果があった。
イシュの民の性質は、総じて穏やかであった。
孤児院での生活はすべての収容者にとって過酷さはなく、日々の暮らしに不自由はなかった。中には安息を得る者もいた。外部から見れば孤児院はイシュの民の孤児を保護する施設と映るが、法の拡大が進むにつれ、イシュの民の隔離施設として利用されることとなっていく。
当初、犬や猫などの無意味な虐殺は減少せず、罰金による収益は順調に積み上がった。この時期は後に「犬猫期」と呼ばれる。
風車からの監視や警邏の強化に着手し、無駄な虐待は著しく減少した。だが罰金による収益は徐々に減少したため、次なる対象を求めた。害獣を傷つけることも罰則の範囲とされたが、農村では駆除ができず、農作物への被害が広がっていく。「害獣期」である。
この時期、法の抜け道として「動物を利用した恫喝」が各地で横行した。富裕層の一部は、犬や野獣を盾に法を操り、他者を罰金に追い込む。動物が人を縛る手段として使われた記憶は、社会の奥底に残ることとなった。
やがて役人の巧みな話術により、罰金対象は家畜にまで拡大される。恫喝被害を受けて、運送用など一部を除いて動物の所有そのものも規制されたことが特徴である。「家畜期」だ。
この段階で恫喝は収束するが、農耕と畜産は急速に衰退し、外壁の外側の村々では生活が困難になっていった。
外壁の内側では、土地の恩恵により収穫量が保たれ、外壁のおかげで害獣もおらず、目立った影響はなかった。だが、外壁の外側では自然が豊かさを取り戻し、家畜を失った人々にとって、森や野に生きる獣たちが新たな脅威となった。
その豊かになった自然を棲み処とするのがイシュの民だった。
彼らは人の法に縛られず、必要な分だけ狩猟を行い、自然と共に静かに暮らしていた。だが、かつて「動物を利用した恫喝」が蔓延った時代を知る人々は、同じことが再び起こるのではないかと恐れた。
人の法に縛られないイシュの民が、法を用いて人を脅かすようになる――そんな不安がまことしやかにささやかれ、外壁の外側の民衆の間で静かに広がっていった。
このころ、鳥獣憐みの令の影響が、文字通り三者三様の様相を呈していた。




