風のハピィ
森に戻ると、母は私の頬を拭い、父は静かに頷いた。
私は、あの子にもらった飴玉の話をした。
「水の都の子どもだったのか?」と父が問うと、私は頷いた。
「……お前なら、水の都の中で生きることができるかもしれんな……」
その言葉の意味が、当時の私にはまだわからなかった。
外壁の街が水を集めるほどに、森の湿り気は薄れ、風が乾いていった。
人間は木々を伐り、流れを堰き止め、森を次々と開拓していった。
私たちイシュの民は争うことを知らず、捕らえられた者たちがその労働力となっていた。
そんな折、森に見慣れぬ鳥の獣人が現れた。
腕の代わりに広がる羽は金に近く、脚が異様に長い。
胴から首にかけては柔らかな羽毛に覆われ、身体の線をやわらかく見せていた。
旅の途中らしく、背に荷を背負い、やたらと明るい声で言った。
「へぇ、この辺り、変わった風が吹くねぇ!」
母が思わず笑うほど、調子の抜けた人だった。
自称ボン・キュッ・ボン。それが、ハピィだった。
その夜、ハピィは焚き火の傍で翼を休めながら言った。
「ガン・イシュって知ってる?ぼくの故郷なんだけどさ、空の近くにあるんだ。水も花も雲も混ざってて、風がやさしい場所だよ」
父はその言葉に耳を傾け、しばらく黙ってから呟いた。
「人は死んだら天に上ると聞く。空の近くなら……人の声と、風の声、どちらも届くだろうな。」
母は微笑んで柔らかく何度も頷く。そのとき私は、西へと向かう風を感じていた。
ガン・イシュは、西の果ての高台にある。
水結晶の光が届かぬ地。
父はしばし黙し、焚き火を見つめたまま顔を上げた。
「……そこならきっと、安心して人の言葉を学べるだろう。」
水結晶の光は、イシュの民を惹きつける。
心を緩め、思考を鈍らせる。
穏やかに生きるには向いているが、抗おうとする者にとっては、毒でもあった。
こうして、私たちはハピィの案内で西へ向かった。
道中の崖では、ハピィが私と母を片脚ずつ掴み、ひとっ飛び。
金の羽が陽を受けて煌めき、柔らかな羽毛が風をはらんだ。
立派な鳩胸をムキムキさせて羽ばたきながら「これぞ鳥の特権!」と叫んでいた。
次の便では荷物が一つに減ったため、臀部の筋肉を誇張させるようなポージングを次々と展開するハピィ。父が青ざめる中、ハピィだけがけらけら笑っていた。
風は湿っていて、空は広かった。
ガン・イシュは、そんな風の中にあった。
「ここが、ぼくの故郷だよ!」
金の羽根を光らせながら、ハピィが笑った。
父は感嘆の息をもらし、母は手を合わせて祈った。
私はただ、その風のやさしさに息を呑んだ。
あの日、森では乾いていた風が、ここでは生きていた。
落ち着いた頃、私はハピィに尋ねた。
「どうして、こんな遠くの生まれ故郷から、あんな外縁の森まで来たの?」
ハピィは首を傾げ、少し笑って答えた。
「黄金の穀倉地を探してたんだよ。」
「……いい?あのね?落ち着いて聞いてね?私たちの森の目と鼻の先、あの壁の中が黄金の穀倉地……なんだよ……」
私は反応をうかがいながら、最大限に気を遣うつもりでそう告げた。
「まさか、そんな近くにあったなんて……」
言いながら崩れ落ち、翼をついて四つん這いになって深くうなだれた。
「ええええええ……今のまた戻んの……」
眉をハの字にして天を仰いで嘆いたかと思うと、首を傾げて眉が上がった。
「おーーおおお?あれ?」
そしてその三秒後には笑って立ち上がった。
「ま、いっか!飛ぶの好きだし!」
——この頃のハピィは、本当に軽かった。




