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願いの魔法

 静かな夜だった。

 水路の向こうで灯がひとつ、またひとつ消えていく。

 外壁の街が眠りにつくたび、水の音が深く響く。

 この音を聞いて、昔のことを思い出す。


 ——外壁のさらに外。

 お嬢様が激昂した集落の、さらに外縁の森。

 そこが、私の生まれた場所だった。


 両親はイシュの民だった。

 けれど私は、獣のような耳も尾も持たなかった。

 まるで人間のような容姿から、誰もが私を「先祖返り」と呼んだ。

 ……それでも、私の力は人間よりもずっと強かった。

 森を駆け、倒木を軽々と跨ぎ、熊でさえ追い払うことができた。


 「例外」——抑えきれないものがあった。

 怒り。憎しみ。

 イシュの民が決して口にしないそれらが、私の胸の奥に現れる出来事があった。


 願いの魔法。

 かつて、魔物を「家族」と呼ぶ人間の冒険者たちが、愛する魔物との間に子を望んだときに生まれた、奇跡――

 それは神々の理に反するはずの、愛――

 だがその祈りは清きよらかすぎて、神でさえ否定しきれなかった。

 こうして「願いの魔法」が生まれた。

 

 魔法は人と魔の間に橋を架け、生まれた子は血に魔力を宿し、その魔力によって連綿と願いを受け継ぐ。

 イシュの民は、力においてヒトに勝りながらも、心は限りなく穏やかだった。

 愛から生まれた種は争いを好まず、森の声や風の流れと語らいながら生きていた。


 私にはそれが、あまり効いていなかった。

 小さな怒りが、すぐ熱になる。

 悲しみが、すぐ涙になる。

 

 私は幼体のころから、街の外壁から暖かさを感じ取っていた。外壁の外側の集落に赴いては、壁の上の方を見上げていた。

 外側の民衆を拒絶するような外壁。けれど私はイシュの民。越える方法などいくらでもあった。

 

 そして私は、そこで願いの魔法を手に入れたんだ。

 

 暖かさを目指し、たどり着いたのは水源の間だった。

 そこに立ったとき、理由もなく涙がこぼれた。


 目的を遂げた私は、水の流れを追い、浮かれて走った。

 遠くに霞む水平線を見ながら水道橋を走り、やがて視界の下、首輪や枷を付けられ、鞭で打たれるイシュの民を見た。


 生まれて初めて、怒りと憎しみを知った。

 その感情の意味がわからず、ただ怖くなって、気付けば噴水の前で泣いていた。


 そこで——お嬢様と出会った。


 泣いていた私の肩を、誰かが叩いた。不躾な小さな手だった。

「これはね、食べると元気になるまほうの飴玉なんだよ」

 子どもの声だった。そう言って、小さな掌を差し出した。

 私は何も言わず睨み付け、その手から飴を奪い取るように受け取って逃げた。

 離れたところで振り返ると、その子は噴水の前にある大きな屋敷に入って行くところだった。

 森へ帰る道すがら、飴玉を口に入れると、甘さが胸に染みて涙が出た。

 ——これが、願いの魔法なのだと思った。


 あの子の元にいたら、私にも願いの魔法が宿るかもしれない。

 今ではあれがただの飴玉で、それはただの幻想だったとわかる。

 だけど今夜、私は不思議とその幻想を再び抱くのだった。

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