カミングアウト
鳥のさえずりに目を覚ます。リオナが来る前にそっと部屋を出ると、廊下でドーラと出会った。丁度、エレガンの部屋から出て来たのだ。
「よ、よう!おはよう。あ~、これはだな……」
声を裏返らせて、目を激しく泳がせるドーラ。
「どうかしましたか?」
部屋からエレガンの声。
「いや、見つかっちゃって……さ。」
部屋の中に声を返すドーラ。
「何を今さら。使用人たちはあのころと同じでしょうに。」
赤面して慌てふためくドーラを可愛いと思った。対照的にエレガンの声は落ち着き払っている。
「おや。」
ひょっこりと顔を出したエレガンが固まる。
「……いい機会です。リル、こちら、生き別れのあなたのお母さんです。」
昨日、憧れが芽生えたドーラが、実はリルの母親だった。
とはいえ瑠璃、つまり私のお母さんは日本にいる。
生き別れという言葉に胸の奥がちくりとした。
部屋で淹れられたコーヒーの香りが、すべての匂いの上に強く君臨している。大きく開かれた窓からは、鳥のさえずりと朝の光が差し込む。
「弟と妹、どっちかな?」
「あなたは馬鹿なのですか?!他にもいろいろ言うことがあるでしょう!」
(ああ、朝チュンコーヒーって大人な匂いを上書きするアイテムなんだ……)
目の前で繰り広げられる夫婦のコメディを流し、大人な世界について考えていた。
色々と大人な話を口走るドーラを、エレガンが慌てて濁す。聞いているうちに大人の階段を上ってしまった気がしたが、要約するとドーラはリルをエレガンに託して王都に単身赴任しているという理解で良さそうだ。
他人の家庭の事情を聞かされているようで、物凄くどうでも良かった。
それなのに、二人はリルへの愛情をさりげなく織り交ぜてくる。
(はいはい、ご馳走様です。)
心の中で辟易しながらも、「ごめん、ちょっと羨ましすぎて(笑)別の話しよう!」と軽く流したくなる。けれどリル当人の話だから、それもできない。
心と身体の乖離が恨めしかった。
「失礼いたします。お嬢様、こちらにおられましたか。」
リオナの登場は私にとってまさに救いであった。
「朝食……という雰囲気ではございませんね。」
退散しようとするリオナ。焦る私。
「待って、リオナ!食べるから!お父様、ドーラ!お幸せにね!」
朝の光が白いカーテンを揺らし、部屋に残るコーヒーの香りが妙に大人びて感じられた。
◆
朝食のテーブルには、焼き立てのパンの香ばしい匂いが漂っていた。
銀のカトラリーが皿に当たる音が、静かな朝の空気に小さく響く。
私はスープをひと口すすると、まだほんの少し眠たい頭の中で、さっきの出来事を反芻していた。
「ねぇ、リオナ。ドーラって、リルのお母さんなんだって。」
リオナの手が止まる。パンをちぎりかけたまま、動きが凍る。
「えっ……そう、なんだ……」
そして、「あー、それは災難……」そこまで言いかけて、言葉を飲み込んだ。
沈黙が落ちる。パンの香りが、妙に遠く感じた。
リオナは少し笑って、それから視線をテーブルに落とす。
「……我が子が、自分から離れていく時って、親はどんな気持ちなんだろうね。」
ぽつりとこぼれたその声は、静かな食堂の空気を揺らした。
私にも母親がいることを思ってくれたのかな。
胸の奥が少し痛くなった。
リオナは何も続けず、そっと食べこぼしを拾った。
その仕草がやけに優しくて、私は思わず「ありがと。」と呟いた。
リオナはいつもみたいに微笑んで、「どういたしまして。」とだけ返した。




