ビキニの人
「はっはっは、元気な娘さんじゃないか、領主殿。」
重厚な扉を押し開けた私の怒号がまだ部屋に残るうちに、豪快な女の笑い声が響いた。
目を向けると、そこには筋骨たくましい女戦士がいた。
鍛え上げられた腕と、光を反射する金属の鎧。肩口から腰まで覆うはずの装甲は、なぜか布のように軽やかで、露出の多い――あれだ、ビキニアーマー。
教室の男子が見たら狂喜乱舞するような格好だ。なのに、その立ち姿には不思議な迫力があった。
「いえ……大変お見苦しいところを……」
領主――お嬢様の父、エレガンが額を押さえて答える。
「俺としてはな、『ケモミミガチ守り隊』って案、悪くねぇと思うぞ!」
「えっ……?」
唐突に賛同されて、思わず声が裏返る。
「ただな――」
彼女は身を乗り出し、真っすぐこちらを見据えた。
その目は、炎のように強く、それでいて冷静だった。
「言葉は勢いでいい。だが法は仕組みで動く。思いを形にするなら、まずは名を整えろ。たとえば……そうだな、『鳥獣憐みの令』とかどうだ?」
その響きに、私は息を呑んだ。
怒りの熱が、すっと理屈に変わるような気がした。
「……憐みの令……」
口の中で繰り返すと、あれほど暴れていた気持ちが少し落ち着いた。(なんだっけ、聞いたような響きだ。)などと考える余裕も生まれた。
私は怒りで周りが見えていなかったことを自覚する。この部屋までどうやって来たのかさえわからない。何よりもこんな目立つ人が目の前にいるのに、見えていなかった自分が少し間抜けに思えた。
彼女はにやりと笑う。
「悪くないだろ?カッコつけた名前を付けりゃ、役人も領民も覚える。中身を詰めるのは、俺たち大人の仕事だ。ちなみに、私はドーラ。これからちょくちょく国の方から来るからよろしくな、リル。」
私はドーラに向かってぺこりとお辞儀する。
エレガンが静かに頷き、ドーラの言葉を引き取る。
「そうですね。お前の熱が無駄にならぬよう、形にしましょうか。ただし、感情だけで作る法は人を救いません。実際に守りたいものを決めなさい、リル。」
「……守りたいもの、ですか」
問い返すと、ドーラが軽く腕を組み、顎を上げた。
「そうだ。怒るのは簡単だが、誰を救うのか、どこまで守るのかを決めるのは難しい。だがな――」
声が低く、そしてやさしくなる。
「お前が間違ってると思ったこと、それを法に変えようとしたのは立派だ。あとはそれを支える仕組みを考えりゃいい。エレガン、好きだぜ。この娘、いいじゃねぇか!」
エレガンは一瞬たじろぐ様子をみるが、深く息をつき、紙束をドーラに渡す。
「では、まずは素案を用意しましょう。ドーラ、例の協議書に一文加えていただけますか。」
「やってやんよ。――『鳥獣憐みの令』、俺が叩き台を作る。」
彼女がペンを走らせる姿を、私はただ見つめていた。
怒りでも、焦燥でもなく、胸の奥が少し温かくなる。
鋼のように強く、迷いなく言葉を紡ぐ彼女の横顔。
その手から生まれる法が、世界を少し変えるかもしれない。
――こんな風になりたい。
ふと、そんな思いが胸を過った。
私は拳を握り、もう一度父を見上げる。
「お父様、私、やります。『鳥獣憐みの令』、絶対に作りましょう!」
エレガンが目を細めて笑う。ドーラが肩をすくめ、豪快に笑った。
「ははっ、リル、これから忙しくなるぞ!」
その声に、胸が高鳴った。
燃え上がる火はもう、ただの衝動じゃなく、世界を少しだけ動かす灯し火になった気がした。




