お戯れ
昼下がりの喧騒が遠のき、石畳に静けさが沈んでいた。
外壁――学校の入り口。
そこから出てきたお嬢様の姿を見つけたとき、私は胸の中にわずかな違和感を覚えた。
頬には涙を拭った跡がいくつも残り、目の縁は赤く腫れている。
(……泣いていらした?)
「お嬢様、そろそろご帰宅のお時間でございます。」
声をかけると、お嬢様は一瞬きょとんとした顔をして――
「え、私?」
――そう言って首を傾げられた。
最初は、何かの冗談かと思った。
目の前の方は、どう見てもお嬢様そのものなのだから。
「では、確認いたしましょう。例の首飾りをお見せくださいませ。ほら、硬貨のような……いつも胸元に下げておられるでしょう?」
お嬢様は一瞬、迷うように視線を揺らした後、そっと胸元に手をやり、首飾りを取り出された。
しかし、私との絆の証であるはずの首飾りを見ても、安堵の色は浮かべない。
これは詮索なんかする前に、元気付けられるきっかけを見つけるべきだ。
「せっかくです。まずは焼きたてのクロワルフをいただきましょう。」
パンを口にしたお嬢様は、「……おいしい。」と呟き、わずかに微笑まれた。
「でしょう?」
――私はわざと大げさに胸を張る。
「これを買いに寄ったのです。つまり、私の寄り道はお嬢様のため。」
――とんでもない暴論は、和んでいただければ本望という思いからだった。
「結果的に遅くなったかもしれませんが」
――つい、後悔をにじませてしまった。
「むしろ功績のひとつやふたつに数えても――」
――挽回しようと追撃の暴論を言い切る前に、
「いや、それ完全に自分が食べたかったやつでしょ!」
――お嬢様の元気な声が遮った。
糸口を見付けて畳み掛けたことが、予想以上の成果をもたらしたようだ。
どこか、お仕えを始めたころを思い出させるような、懐かしい感覚さえあった。
「では参りましょう、お嬢様。」
◆
「こちらはお嬢様のご自宅です。」
お嬢様のお戯れに付き合い、やがて飽きの見え始めたころ、お屋敷へと戻ってきた。
「いえ、あの、私ほんとにここ知らな――」
「はいはい、お戯れの腕を上げましたね。」
「お戯れとかじゃなくて本当に!」
「お嬢様、声が大きゅうございます。」
お嬢様の迫真のお戯れは、いつになく見事だった。
着いた途端に顕れた、その緊張した面持ちに、胸の奥が冷えた。
もしかすると――問題はこの屋敷にあるのでは。
◆
「えっ、いや、その……食べ……ないかな?」
「まぁ!お嬢様、またご無理を。あれほどお食事を抜かれると体に障ると――」
食欲までは戻らない――それが少し気がかりだった。
空腹は気分を沈ませる。努めて明るく、食事をとっていただけるよう促す。
そのとき――お嬢様のお腹の音が、盛大に響いた。
気まずい沈黙。真っ赤になって俯くお嬢様。
無言のまま椅子を引き、すとんと腰を下ろされる。
テーブルに並ぶ料理の香りが、部屋いっぱいに満ちる。
小さな手がナイフとフォークに伸び、一口目を口に運ぶ。
表情がほころぶのを見て、私は胸の奥でひそかに息をついた。
◆
柔らかな布地とほのかに香る匂いに包まれたお嬢様を部屋へと案内する。
このお屋敷が原因という考えは消え去っていた。
「お嬢様、明朝はどのようなご予定で?」
「えっと……たぶん……寝てる。」
「かしこまりました。それでは朝食は遅めにいたしますね。」
やはり、登校のご予定はないらしい。
仮説が確信に変わる。
……一体、学校で何があったのか。
明日はお話いただけるだろうか。




