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親はなくとも子は育つ

「リルはドーラが不在の間に、この街の不快な熱に耐えられなくなったっていう見方もできるんじゃないのかい?」

「いっぺん聞いてやるのにゃ。」


 前世うんぬんという説を否定するわけじゃない。

 でも都合の良いものを根拠として持ち出せば、何とでも言えるもんさ。


「獣の群れではさ、若いやつがある日突然、親の喉笛に牙を立てることがある。それは、食うためじゃないのさ。今日から俺の掟で群れを動かす、という宣言さね。」

「わかるにゃ。静かに低く構えて、飛びかかる瞬間のために、備えるにゃ。行くときは一気に行くにゃ。あいつらすばしっこいのにゃ。」


 小さな獲物を想定している構えだ。

 仮想敵に対し、少し身体を膨らませている。

 少なくともあの鈍重な、黄金の穀倉地のかつての(ヌシ)想定ではないだろう。

 あの体型のころのハピィは、一撃食らってから飛び立ったもんさ。


「鳥獣憐みの令は、この街では受け入れられた。犠牲の上にね。でも人間にとっちゃ今でも、世界を否定する狂気なんだろうさ。魔王討伐の次は、この街なんじゃないのかい?」

「にゃにゃにゃにゃっ!続けるにゃ!」


 街で進めている計画ってのは、大方そんな予測に基づくものだろうと見ている。

 あの堅牢そうな戦艦ノアの使い道。

 おそらく海の要塞化だろうね。

 今度はイシュの民に、人間を虐殺させようってのかい。


「エレガンの教育なんてものを聞いて腑に落ちた。結局、口先だけだったのさ。だけどリルは、親が口先だけで成し遂げられなかったことへのきっかけを、暴力的なまでの純粋さで叩きつけたんだ。獣の群れにとっちゃ、ありふれた代替わりの光景さね。」


 あたしは、リルに拾ってもらったんだ。

 あの温かさは忘れない。


「にゃにゃにゃにゃっ!」


 身体を膨らませながら、あたしの尻尾に向けて拳を放ち続けては空振りしているカール。

 言っていることと動きが全く合ってないね。

 どうやらあたしは、話しながら尻尾を揺らしていたようだ。


「はっはっは。何やってんだ、お前ら。だが確かに、リルは普通に受けて欲しかったのかもな。」

「普通って何にゃ?」


 冷静になった尻尾に一撃をくれ、カールはドーラに向き直る。


「お?それを聞いてくれるか?」

「あたしたちが聞いてやるって言ったにゃ。」


 それから、壮大な惚気が始まってしまった。

 まずは、ドーラに突撃するリルの話からだった。

 頭から突っ込んで来るリルを、優しく受け止めていたら、普通に受けてと言われたという、ただそれだけの話。

 その結果、ドーラの硬い腹筋に弾かれて、リルが泣き叫んだという、子どもじみた子どもの話。

 それが、たまらなく可愛かったのだと言う。



 あたしは、孤児院を思い出していた。

 まだ目が見えず、熱だけでしか世界を見ていなかったころ、あの温かさを見付けては、突撃した。

 おばちゃんに似てはいるが、特有の癖がある温かさだった。


 たまにしか訪れないあの温かさは、リルだったのだ。

 それは、リルに買われた日と、リルを背負って逃げた日を通して、確信に変わった。


 小さなあたしの身体を首に巻き、毎回「うひゃあ、ひんやりする」と言いながら自分に押し付ける。

 それでリルが一度倒れたのは、あたしが締め付け過ぎたからだ。

 それでもリルは、性懲りもなくあたしを首に巻いた。


「最悪の想定ってのは、リルを討たれることだ。あたしにとってはね。」


 それに反するようなら、あたしは橙には協力しない。

 そんな思いを込めた。


「こうして吐き出してみると、子どものころのまま大人になったような勢いだった、と言えばそうだ。」

「にゃ。」


 カールの相槌が、続きを促す。


「あの時、リルの成長記録を聞いていたところだったんだよ。上書きされた娘像とはかけ離れていたことと、何より他人行儀なリルの態度で、得体の知れないナニカに入れ替わったなんて馬鹿な結論を出しちまったのかもな。」

「リルが西のどこかで息をついていられるうちに、こちらの片付けを終わらせる。エレガンがそう言っていたじゃないのさ。ドーラにとってあれは、お国に取り込まれないための方便だったってのかい?」


 少なくともネロは、それを親心だと言った。

 為政者としては一見とんでもない、民衆より我が子を優先するような感情を政治に持ち込む所業。

 どうもこの辺境伯領では、そんな偏った政治が執り行われてきたように思える。

 あれが方便だと言うのなら、それが否定されるのだが。


「いや、親心だ。俺は元より娘のために生きているからな。」


 そう言い放ったドーラの顔は、どこかすっきりとしていた。


 ドーラも、エレガンも、ネロも。

 この街の大人たちは、自分たちが愛した可愛い子どもたちのために、世界を敵に回そうとしている。

 親心という名の、あまりに身勝手で、暴力的な救済。


「あたしゃ、ちゃんと知っときたいだけさ。そのうえで、あたしが必要かどうか、考えるのさ。今の段階であたしが必要ってわけじゃない。他の手段が見付かるかもしれないし、あたしにも見定める期間が必要だ。」


 戦艦ノアの計画に巻き込まれたとき、橙に言い放ったことを改めて口に出す。

 その時にはわからなかった完成図が、想像以上の凶悪さを孕んで見えてきた。

 勝手に鍵にされて計画が進められるのは気に食わないが、リルにとって最悪になるのなら、あたしは鍵を使わせない。

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