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追走集団

「ちょっと()()()()()行ってくるよ。」


 テルマエを出て、上気した肌を風で冷ましながら、近くの領主の屋敷を訪れた。

 門の前で、丁度出会ったドーラにそう告げる。


「なんだ、奇遇だな。そういうことなら俺と来い。」


 逃亡旅団の出戻り組として共に戻った屋敷の侍従。

 ドーラは彼らに向けて伸ばしていた手をこちらに差し出して答えた。

 その手には、背嚢二つ。

 旅の荷物を入れたものだ。


「予定が変わった。お前たちは屋敷に残ってくれ。じゃ、行くか。」


 あたしがつい荷物を受け取ると、実にあっさりと予定を変更してしまった。

 そのまま流れるようにラヴィがくぐった東の門から外壁を抜け、北東へとまっすぐ伸びる道の先にある、王都へと向けて歩き出す。


「伝えた相手と出て来たら、伝わらんにゃ。」


 カールが鋭く指摘する。


「おや、確かにそうだね。」

「安心しろ。うちの侍従たちは優秀だ。今頃、リオナにも伝わってるさ。」


 屋敷に仕えるイシュの民は、外縁の森出身の者がいない。

 戦士として各国を旅していたドーラが、水結晶に敏感に惹かれた者を連れ立って集めたという。

 誘い文句からも慣れが感じられる。

 幼い時分のリルにこそ綺麗な身体の侍従を付けたようだが、鞭による古傷が残る者ばかりだった。


「イシュの民の、楽園か。」

「なんだ、名残惜しいか。」

「そういうわけじゃないさ。異国の森で紫露から聞くまで、そんなこと知りもしなかった。」


 外壁の街は、元々は楽園を創ろうとしたイシュの民の手で生まれた場所。

 離れた土地で迫害されているイシュの民を、より強く惹きつける作用があったとしても、成り立ちから考えると当然のことのように思う。

 ここは、目指すべき楽園として創られたのだ。


「帰って来たリオナに教えると、あっという間に取り返してくれちまった。」

「リルの影みたいなやつだったのにな。今のリオナは()()()()()()()()()。」

「どういう意味だい?」

「いや、なんでもないさ。母親として、ちょっと思うところがあるのさ。」

「ばかなのにゃ。言えにゃ。女々しいにゃ。」

「はっはっは。俺が女々しいか。そんな風に言うヤツは初めてかもしれん。」

「うるさいにゃ。あたしは言えにゃと言ったにゃ。」

「あー。まいったぜ。最悪な相手の前で口が滑りやがった。俺の負けだ。」

「にゃ。」


 話し出さないドーラに、小さく反応して黙るカール。

 カールはドーラを見ることもやめ、同じ方向を見て、隣でただ歩調を合わせる。

 あたしは一歩下がり、そっとメモを取り出した。

 まあ、足は無いんだけどね。


「俺は、強かった。だから、王都に喚ばれた。」

「にゃ。」

「まだ幼いリルと、引き裂かれるようにしてな。」


 ドーラは今や、辺境伯領専任の王国特使筆頭だ。

 極めて特殊性の高い辺境伯領と、王国中枢たる王都を繋ぐ重要な立場である。


「運よくシロと出会い、今で言う後天的例外種を実験的に作り出したことに成功した。その功績で、今の地位を得た。」

「にゃ。」

「少なくともシロは俺にそう説明した。あの侍らせ方だ。減った尻尾の数だけどこからともなく現れた狐型。まあ、この話はいい。」

「後で聞いてやるにゃ。」


 術で尻尾を粉にし、創られた分け身。

 紫露が名を付け、役目を与え、孤独から解放された。


「娘の元に戻ることだけを考えて戻った結果、リルは他人のようになっていた。」


 あたしには母娘の絆なんて共感できない。

 ただ、ジャンヌのところのはく製を見て、何も感じないわけでもない。


「再会を果たした日だってのに、『ケモミミガチ守り隊』なんて言い出してな。身近な情景だってのに、まるで初めて残酷な世界を見せられたような激情だったよ。」


 突然街が方向転換した時期があったという。

 あたしが生まれる前の話だ。

 それは、リルの『鳥獣憐みの令』によるもの。


「エレガンの教育の賜物というより、別人になったようだった。だからエレガンと話し合って、それまでの教育はしないよう決めた。」

「バカなのにゃ。それで水結晶が利用されたのにゃ。」

「エレガンの教育ってのは、リルが別人みたいにならなかったとしてても、『鳥獣憐みの令』にたどり着く可能性のあるようなものなのかい?」


 カールとあたしの反応が割れた。

 少なくとも目の見えない頃あたしに名を付けたカールは、そもそも色んなところに潜り込む。

 あたしの知らないことを根拠に、一つ飛びの結論を導き出すようなことが良くあるのだ。


「エレガンの教育は、街の起源を正しく伝えることにゃ。」


 確かに。

 リルが知っていれば、孤児院や教会は外壁の中に作られた可能性すらある。


「どうなんだい?ドーラ。」

「驚いた。本当に相手として最悪だったようだ。」

「それは、答えてないにゃ。」

「悪い。隠すつもりもないことだが、カールの言う通りだ。」

「にゃ。」


 ついはぐらかそうとしてしまうドーラを、着実に追い詰めるカール。

 人間同士の駆け引きがどれだけ面倒臭いものなのかが滲み出ている。

 イシュの民の譲り合いとはだいぶ違いがありそうだ。


「結果的に街でのイシュの民の扱いは激変した。そして、いなくなっても変化は続いている。」

「つまり今は、リオナがイシュの民のために政治を動かし、それがドーラの知る(リル)より、あたしの知るリルらしいってことかい。」


 逃亡旅団は、リルを助ける目的で一丸となった。

 未知の感情を一斉に体験することになったのは、リルのためだ。

 そのリルが、本来のリルではないと言うのかい。


「カイと同じで紫露ってやつの仕業にゃ。」

「確かにそんなことできるやつが紫露以外にそこら中にいたら、たまったもんじゃないね。」


 前世の記憶があると思わせるような術。

 だとすると、その前世こそイシュの民の楽園なのかも知れないね。


「辛かったにゃ。道中で吐き出すといいにゃ。あたしたちが聞いてやるにゃ。」


 カールがその共感に、どれくらいの重さを込めたのか、あたしにはわからなかった。

 二本の尻尾が、力なく揺れているようにも見えた。

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