戦いはこれからだ
「あたしは、行かなきゃだね。」
そう切り出したのは、ラヴィだった。
オルカたちを見送って、カイも既にいなかった。
「ハピィ、一緒に来てよ。あたしの名と、ハピィの機動力が必要になる。」
帝国の怒れる兎にして、魔王の側近。
ハピィはそんなラヴィの元にふわりと飛んで行く。
「私も、計画に沿って動き始めるわ。私たちの仲間のために散財してくれた、街のみんなのお金を取り戻すためにもね。」
魔王の原型であり、聖女としての顔も持つリオナ。
並んで歩き出し、振り返る二人。
その様子を描き始めているジャンヌ。
「じゃあな、例外。」
「ええまたね、例外。」
そう言ってすぐ別れるのかと思ったら、笑い出す二人。
その隣に降り立ち首を傾げるハピィ。
書きかけの下絵を脇に置いて、ジャンヌは次の絵を描き始める。
凛々しい旅立ちの裏の、年相応の素顔。
「ラヴィの役目は場合によっては危ないんだから、本当に気を付けるのよ。」
「大丈夫だって。このラヴィ様に任せとけって。」
「はあ。その自信がどこから来るのかしら。ぴょんぴょこ跳び回って轢かれたりしないようにね。」
「うぐ、今回はハピィもいるし、大丈夫だって。」
そんなやり取りの後、リオナは領主邸の方へ、ラヴィはハピィと共に、東の水源の間に続く石畳の道へと消えて行った。
◆
「あたしは今回は留守番だな。ここも動き出しそうな気配だし、沢山描かねえとな。」
そう言って荷物をまとめたジャンヌは、西の水源の間に続く石畳の道へ、おそらく孤児院内に用意された作業場に戻って行った。
ジャンヌは今や、数人の弟子を抱える人気画家だ。
二人を除き、逃亡旅団の出戻り組たちばかりであり、怒れるイシュの民たちだった。
「あたしはやることないにゃ。」
ずぶ濡れになったカールは、大まかな水滴を振り払った後とはいえ、耳も尾も寝ていて、小さく見えた。
「とりあえず、水浴びだね。そのままじゃ、ぱりぱりになっちまうよ。」
「うにゃ〜。」
カールはさらに小さくなった。
オルカに向かって岸壁から腕を振り回していたところに、盛大に水を掛けられたのだ。
オルカは、どういうつもりで遺体を集めたのだろうか。
母子の抱き合うはく製をはじめ、ナフパクトスの持ち込む物は、原型を留めたものばかりだった。
今のところ、腐敗の気配が見られれば燃やされる予定になっており、ジャンヌはその全てを絵にした。
◆
「あたしは、見定めなきゃいけないねぇ。」
リオナは軍艦ノアについて知っていた。
おそらく、あたしが鍵だということも。
橙たちは迷いなく作業を進めているが、あたしに強要もしない。
それどころか、あたし以外の手段を優先しないようですらある。
断ると決めたら、その理由も教えて欲しいとまで言うのだ。
「カール、計画とやらについて、探るよ。」
急かしも、交渉すらもしないということは、時期が来れば分かることなのかもしれない。
とはいえ、後手に回ってなにも考えず扉を開けるだけで満足なんて、あたしにはできない。
たとえ扉を開けるだけになったとしても、ただの作業にしないでこそ、あたしってもんだ。
◆
水を嫌がるカールをテルマエに引っ張り込んだ。
ここは大量の薪をくべることで、素足では歩けないほど床下から熱せられている。
あたしにとってこの床や浴槽の湯の熱は、活力の元になる。
あたしには、足が無いからね。
カールもここの湯は気に入ったようだ。
鳥獣憐みの令が緩和されたことで再開された、外縁の森での伐採のおかげさね。
市民用のテルマエは、リルの屋敷のように、様々な条件で細かく分かれるようなことはない。
そもそも、イシュの民が入れるようになったのも最近になってからだ。
リルが進めていたというのに、リルがいなくなってから入れるようになったというのは、なんとも皮肉なことだ。
服を脱いで身分の差がない交流ができるというが
あたしたちとの差はむしろ、より明確になる。
そんな場所ではあるが。
さて、そんなことより目の前のことだ。
「なんだい、カール。あんた男だったのかい。」
「何言ってるのにゃ。当たり前なのにゃ。」
「あらあら、カールちゃんはどう見ても男よぉ~。」
誰だい、あんた。
いや、ルイスにくっついて外壁の街に来たアイラだったか。
人間と同じような大きさの、白象の特徴を色濃く持つイシュの民だ。
人間との子をもうけるために、大きさを揃える作用でもあんのかね、願いの魔法には。
あたしより長いイシュの民を見たことがない。
「自分のことをあたしとか言ってるから、女だと思っちまってたのさ。」
「あたしってのは、自分のこと話すときに使うのにゃ。メレナがそう言ったにゃ。ラヴィも使ってるのにゃ。」
確かに私はそう言った。
思えばそれから使い始めた感もあるさね。
「あたしゃ、どっちでも構わないけどさ。」
「あたしは構うにゃ。メレにゃとつがいになれるにゃ。」
「うふふ、またまた結婚式ねぇ~。アイラの投げた花を受け取ったんだものねぇ。」
さて、どこから整理しようかね。
ルイスは娘の結婚式に招待され、ガン・イシュに赴いたらしい。
外壁の街に戻ってから、このテルマエで式を挙げた。
娘より後に親が式を挙げたのには、理由があった。
いなくなって初めて大切さに気付いた、などという浅薄な理由ではなく、社会的に許されなかったのだ。
これが、人間とイシュの民との結婚を公的に行った第一号となった。
これもまた、リルがいなくなってから実現したのだから、皮肉なものだ。
とはいえ、ガン・イシュでリルに後押しされてきたようだが。
ロリーナに並んで式に立ったのが、アイラだ。
その時投げた花を私が受け取ったというわけさ。
「それじゃ、結婚してやろうかね。」
「してやるにゃ。」
「そう言うことなら、すぐにラヴィを追い掛けるよ。」
「賛成にゃ。祝わせるのにゃ。」
動いているラヴィを捕まえないことには、祝いの場は開けない。
飛ぶハピィと、跳ぶラヴィ。
追い付くには、どこまで行くことになるんだろうね。




