76話 我慢の限界
「陛下の事だと? 貴様、一体何を言い出すつもりだナーベル法官?」
「まあまあザイン宰相、落ち着いて」
あからさまに不機嫌なザイン宰相をガウレル徴税官がなだめている。
他の諸侯や長官らも何名かを除いて予定にない議題が上がって困惑しているようだ。
「何よ陛下に関する事って……そんなの聞いてないわ」
リアンナ長官もそれは同じらしく、動揺している。
会議は一応事前にどんな内容を討論するか、ある程度予定はされている。突発的な草案は稀にしかないらしい。
「余の事、か。構わんナーベル法官。申してみろ」
マグナクルス国王陛下はどっしりと構え、そう答えた。
「賢人会議の場ゆえ、畏れ多くも述べさせてもらいます。まず昨今における陛下の動向について。どうやら些か身勝手が強すぎるとの国民からの声が多いようです。このままでは国民が愛想を尽かしてしまいかねない。第一は贅沢品の節制を挙げます。食事の質が高すぎるのでコストダウンを目的として……」
ナーベル法官は事前に用意しておいた別途の資料を片手に言葉を並べていく。
「続いて法改正が必要な部分もピックアップして参りました。第百十三条についての……」
それにしてもナーベル法官は物怖じする様子など一切見せずにとても堂々と発言している。
さすがは若くして法官の地位につき、この国の法改正を進めているだけあるな。
何より、彼女の声はとても聞き取りやすくて助かる。
しかしその内容は実に痛烈かつ、厳しい糾弾だ。聞いている私たちでさえハラハラさせられている。
だが、その最後にナーベル法官は更に強烈な言葉を突き付けた。
「――であるからして、私以外の法官ら全員の意見を統合的に判断すると、現国王であるマグナクルス・ヴィクトリア陛下は国王の座を退位される事が一番と考えます」
その言葉に会議室は一気にざわめきを増した。
「だまれッ! そこまでにせんか!」
そしてついにいきりたって声を荒げたのはやはりザイン宰相であった。
「貴様、いくらなんでも無礼が過ぎる! これだから若い小娘は常識がなくて困るのだ!」
ザイン宰相は典型的な男尊女卑の強い固定概念を持つ、実に古参らしい宮廷官だ。態度も発言もいかにも古臭さを感じる。
「ですがザイン宰相。現在ヴィクトリア王国はこれまでに類を見ないほどの財政難に陥っております。改善にはまずトップから手本を見せるべきだと私は考え……」
「愚か者め! 王が威厳を保たなくてどうする!? マグナクルス国王陛下のやる事に間違いはない! これまでこの国が平和を保ってきたのはマグナクルス王の威厳と裁量があってこそ! それを崩してみろ、一気にこの国は傾いてしまうぞ! それこそ昨今懸念している隣国のガルトラントに隙を見せてしまうかもしれないのだぞ!?」
ナーベル法官とザイン宰相の激しい論争が繰り広げられる。
リアンナ長官は変わらずその内容をもの凄い筆記速度で議事録に残し続けているがナザリー先輩はもはや限界のようで、今頑張って書いているのはすでに一時間近く前の内容だし、それも朧げなのか、うーんうーんと唸り続けている。
私はリアンナ長官ほど速く筆記はできないが、全て滞りなく頭に入ってるので、ゆっくり書き留めていくだけだ。
「痴れ者がッ! これだから女は駄目なんだ! いいか、貴様なんて――」
「いえ、ザイン宰相。私が言いたいのはですね――」
「ふざけた事を抜かすな! 所詮脳みそが花畑の女の戯言など、国民に響くはずがないッ! そもそもだな――」
「それを申し上げるなら、根本的にこの国の在り方自体に問題が――」
「馬鹿者! 王の存在意義を否定するような言葉を吐くとは何事だ! 女は黙って頷いておればいいのだ! だいたい女の癖に――」
「そうは言いますが、私は法を預かる者として、できる限りの――」
「何が新法案だ! 女が考えたそんなくだらぬ法案をぽんぽんと通すほど、我が王は愚かではないわ!」
これはアレだな。
ナーベル法官という人が恐ろしく器が広いとしか思えないな。
「だいたい女はなあ――」
「女なぞ、子供を産み育てる事以外に能などない――」
「そもそも女の考え方では――」
女など――。
ザイン宰相は言葉の端にはそればかりだ。
こいつの言葉にリアンナ長官やナザリー先輩はどう思っているんだろうか。
と思い、チラリと二人を見てみたが、どうもそれどころではなく必死に書記として議事録を作っているようだ。
「見てみろナーベル法官! ここにいる女はお前を除き、尚書官以外皆男だろう!? それが何故かわかるか!?」
「ザイン宰相、それは今の討論において無関係であり――」
「何故なら、女は男の為にだけに存在しているからだッ! 女なんてものはな――」
ダンッ!
と、机を激しく叩く音がザイン宰相の言葉を遮るように、会議室内へ鳴り響いた。
「あー、すみません。少々虫が煩くて机を思いっきり叩いてしまいました」
私はわざと大きな声でそう言ってやった。
「貴様……たかだか尚書官の癖に何を勝手な発言をしている!?」
ダンッ!!
と、私は再び机を拳で叩きつけた。
「おっかしいなー。まだクソみたいな虫の声が鳴り止まないですねー。クソ虫の鳴き声がねー」
私はザイン宰相を睨み付けながら物怖じせずに言った。
「ちょ、ちょっとデレアさん。何をしているの……!?」
リアンナ長官が必死な顔で私をなだめようとしているが、もはや我慢がならない。私はリアンナ長官の呼びかけを無視して続ける。
「ザイン宰相、勝手ながら申し上げさせてもらいますがね、女だの男だのってのは国の政を取り決めるのに必要な言葉なんですかね?」
「なんだと貴様……小娘の癖に生意気だぞ!? 私を誰だと思っておるのだ!?」
「ただの頭の硬いクソ虫だとしか思っていませんが違いましたかね?」
「な、なんという無礼な……たかだか女尚書官風情が宰相である私に対して不敬であるぞ!」
「不敬罪ってのは名誉や尊厳を害する行為全般を指すって知ってますか? あんたの言葉は女性全てへの不敬罪ですよ」
「あ、あんた、だと!? 貴様、名はなんという!? もはや不敬なだけでは留まらぬ! この者を即刻この場から強制退去とし、すぐにでも処罰を与えましょうマグナクルス国王陛下!」
ザイン宰相は我慢ならなくなったのか、その顔を真っ赤に染め上げマグナクルス国王陛下の方に向かってそう言い放った。
「其の方、名は?」
ついに陛下から私は名を尋ねられた。
「デレアです。デレア・リフェイラ」
「リフェイラ……そうか、其方がギラン外交官の娘か。その行動がどのような結末を招くか、外交官である父ギランもどうなるか、理解しておるのだな? ギランの娘よ」
マグナクルス王は鋭い睨みを利かせてくるが、もはや私も止まれない。
止まる気はない。
「父は関係ありません。私はザイン宰相の問題発言について提言しているだけです。先程の会話の内容はザイン宰相の強い偏見が随所に見て取れました。その事について問題視しているのです。女性をあまりに軽視した発言の数々、侮辱、無礼。それらについておかしいと私は謳っております」
「そういう事ではない小娘が! 貴様のような者が身勝手に発言しても良い場ではないと言っておるのだ!」
陛下との会話の最中もザイン宰相は割り込んできた。
「ザイン宰相、少し待て」
「ですが陛下……」
「今は余が話しておる」
「……かしこまりました」
マグナクルス国王陛下にそう言われると、ザイン宰相は憎々しげな表情を残したまま、一応口は閉ざしてくれた。
「さて、デレア。其方の言い分はわかった。ザイン宰相の言葉には少々行き過ぎた点がある事も余が代わって認めよう」
この場にいる全員が陛下の言葉を、固唾を飲んで見守る。
「だが、ザイン宰相が女を軽視する発言に至ったのはナーベル法官の一方的な余への糾弾を見兼ねたからだ。ザイン宰相の言葉は確かに問題的なものが多かったかもしれんが本質はそこではなく、余に対するナーベル法官の示し出した内容についてである。そこについてはどう思うのだ?」
陛下はあくまでソレを望むんだな。
私は理解する。
そういう事なら、私もハッキリと申し上げてしまおう。
何故ならナーベル法官の提案や指摘は、実に的確であり、今このヴィクトリア王国に必要な事ばかりを提言していたからだ。
それに対して、陛下がこのように反論するという意思を汲み取ろうと、私は冷静に判断したのだった。




