77話 横暴の宰相
「では申し上げさせてもらいますが」
と、私が言葉を続けようとした矢先。
「待て小娘めが! 今の陛下の言葉、理解していないようだな。つまり、私の言っている事は間違っていないという事なのだぞ!」
再びザイン宰相が口を挟んできた。
しかし今度は陛下もそれを黙って見ている。
そうか。
そういう事ならとことんやってやる。
「……ザイン宰相の言葉が間違っているかどうかなどという論点のズレたお話はしておりません。ザイン宰相の言葉には激しい男尊女卑が含まれており、それはナーベル法官が提言した内容とは全く関係性のない無意味なものであるという事を私は告げているのです」
「だからその原因を作ったのがナーベル法官であると陛下も仰っておるのだ! 貴様のような馬鹿な小娘に何がわかるというのか。馬鹿は馬鹿らしく私たちの言葉を馬鹿のひとつ覚えみたいに大人しく記録しておれば良いのだ! そこの隣の馬鹿女など、まだ必死に書き続けておるではないか!」
ザイン宰相は嘲笑うかのようにナザリー先輩を指差した。
ナザリー先輩は一瞬ビクっと身体を震わせたが、黙って記録を続けている。
「ご冗談を。尚書官も書記も馬鹿では務まりませんよ。少なくとも宰相という怒鳴るだけが役割みたいなお方には間違っても真似できませんが?」
「はっ! そんなもの、誰でもできる。ただ言葉を書き留めるだけなのだからな。長官だけはなんとか書記をこなせているようだが、それすらも満足にできない他の尚書官などいらん。ゴミと同じだ」
「……なんだって? 今なんと仰いました?」
「ゴミと変わらないと言ったのだ。リアンナ長官と違って貴様もそこの馬鹿そうな女も、まだここまでの議事録すら満足に書き終えていないだろう? というか、そこの貴様のその内容、一体何時間前の議題について記録しとるんだ? ん? トロくさい仕事だな、おい?」
何故か矛先がナザリー先輩に向いてしまい、彼女は涙目になりながら震えている。
「そんなカスみたいな仕事すらできんのなら、ゴミと変わらんと言ったのだ。お前たち女は所詮男を喜ばせる道具でしかないのだよ」
「男を喜ばせる道具……?」
「そうだ。お前たち女はせいぜい着飾って、身体と顔だけで我らを喜ばせておけばそれでいいのだ。お前もそこのナザリーとかいう尚書官も胸や尻でも使って男に媚びてみろ? ん? もっと良い仕事を回してくれるかもしれぬぞ?」
「黙れ」
一際声のトーンを落とした私のその一言は、会議室内に響き渡り即座にこの場を静寂へと変えた。
「……あ?」
「黙れと言ったんだクズめ」
「黙れ、だと? 貴様……いよいよ言葉遣いまで満足にできなくなったか?」
「言葉遣いが満足にできないのは貴様だろう、クソ虫が」
「なな……なんだと貴様!? ふざけるのにも程があるぞ! この私を一体誰だと思っているのだ!?」
「ふざけるのにも程があるのはお前だよ、このクソ虫やろうが」
「ぁあ!? 貴様……この場で殺されたいのか!?」
「やってみろ。ここで私を殺すのか? ああ、やれるもんならやってみろよ! そんなくだらない威圧に私は一切屈するつもりはないぞ!」
「き、ききき、貴様ぁ!」
「女を怒鳴りつけて力を誇示して畏怖させれば全員が平伏すると思ったら大間違いだクソ虫が! 私は死など微塵も怖くはない! 死よりも自分の魂に嘘をつくような真似をする方がよっぽど屈辱的だからなッ!」
「こ、この小娘めが……言わせておけば……ッ」
「最後にもう一度だけ言ってやる。ナーベル法官の提言に問題がある、ないの討論だけなら大いにやればいい。だが、お前の発言はそのほとんどは女を蔑ろにした単なる差別発言だ。その発言内容には意味や生産性などこれっぽっちもない」
「そんな事、もはやどうでもよいわ! このような無礼で不敬の極み、断じて許されん! 貴様はこの場で即刻死刑にしてくれるッ!」
ザイン宰相は今にもはち切れてしまいそうなほど、顔を真っ赤にして憤怒し、私を睨みつけると同時に私の方に向けて右手をかざしてた。
そして異様なほどに高い闇属性魔力を精製し、私に向けて放とうとしているようだ。
よもや、こんな人がいる場で魔法を使おうというのか。
感情に任せて、やりたい放題。言葉で言い負かされたら暴力に訴える。本当に救いようのないクズだ。
「くかかかッ! わかるか小娘!? 私のこの魔力量を! 私のこの闇魔力を! 私をただの宰相だと思って随分と舐めた口をきいてくれたな? ああ!?」
これには本当に驚かされた。
ザイン宰相は魔導師の資格を持ってはいないと聞いていたはずだったが、この異様なまでに精錬された高い魔力は一級魔導師のそれを遥かに超えている。
「ザイン宰相、いくらなんでもそれはやりすぎですぞ! どうか落ち着かれよ!」
「申し訳ありませんザイン宰相! デレアさんの事でしたら私が代わりに謝罪致します! ですからどうかお怒りをお鎮めに……」
「そうですよ! このような場でそのような乱暴はあまりにも非人道的では……」
ガウレル徴税官やリアンナ長官、また、その他の宮廷官たちもさすがに彼を止めようと慌て始めた、が。
「うるさい! 今、私の邪魔だてをするならそこの小娘と共に処刑する! 死にたくなければどけ!」
「ひぃいいいッ!」
数名の宮廷官や諸侯たちは私とザイン宰相から離れるように席を立って逃げ惑いだした。
「お前は本当に見下げ果てたクズだな。そんな事をして許されると思っているのか?」
「馬鹿女が! この国では私の言葉が何よりも誰よりも優先され、そして私の言葉だけが最も強い力を持つのだよ! だからこそ陛下も私のやる事を全て認めている! 今も陛下が止めようとしないのはつまり、そういう事なのだッ!」
私もマグナクルス国王陛下をチラリと見る。ザイン宰相の言う通り、陛下はこれだけの大事の成り行きを黙って見守っている。
陛下も人が悪いな、本当に。
「お前は自分が一番だとでも思っているのか?」
「ああ、思っているがそれがどうした? 陛下もそれを認めてくださっているからこそ、私の行ないを咎める者などいないのだよ!」
「お前は知らないのか? ヴィクトリア王国民法令、第三百八十六条。二級魔導師以上の資格を持つ者、或いはそれと同等以上の魔力量を持ち、魔法として扱える者は正当な理由なくそれを自分本位に行使して他者を傷つけてはならない」
「知っているが、まぁーったくもって問題がないなあ? 正当な理由があるからな! 貴様には不敬罪の極みという立派な理由がなあ!?」
「……なるほどな。では本当に私を殺す気だ、と?」
「今更命乞いをしても無駄だぞ? 貴様はあまりに私を侮辱しすぎている。もはや死罪は免れん! 陛下も無言でそう告げている!」
確かに陛下は無言のまま、私たちのやりとりを見ているだけだ。
周りから見てもザイン宰相の言う通りだとしか思えないだろう。
リアンナ長官やナザリー先輩は小声で私をなだめたり、謝罪を促していたが、もはやそんな事には意味がない。
私は彼女たちだけでも魔法に巻き込まれないよう、離れるように指示しておいた。
「……ダークディストラクション、か。全魔法の中でも非常に高い殺傷能力、破壊能力を持つ上級の魔法か。扱えるのはほんのひと握りの一級魔導師くらいと聞いている」
「ほう? 一応それなりに魔導知識はあるようだな? この魔力の波動だけでわかるとはな」
「まさかお前はそれをこんな会議室の中で使おうというのか? この場にいる全員だけでなく、王宮にいる他の者たちも巻き込んで大量殺人者にでもなるつもりか?」
「ふん、所詮は常識レベルでしか物事を知らんようだな。私のダークディストラクションは極限にまで精錬され、その破壊威力を一点に集中させる事ができるのだよ。極小範囲だけに小さく強力な爆発をな。つまり、貴様だけをボンっと破壊できるのだよ! 内側からボンっと木っ端微塵になあ!?」
「それは確かに聞いた事がないな。そんな魔法、普通ではありえない」
「だろうなあ!? これはごく最近開発された魔導研究の成果の賜物だからな! だから安心するがいい。死ぬのは貴様だけだ!」
「その研究とやらはまさか、ガルトラント公国で行われている非人道的な実験結果の事か?」
「なッ!?」
ザイン宰相が初めてその表情を歪ませた。
「本来ならあり得ないその魔力、魔法。その研究の賜物なのだろう? 違法薬物のな」
「な、何を……貴様……一体何を知っている!?」
「国璽の件もお前だろう? お前がやりやすいように全て裏で糸を引いていたんだろう?」
「き、貴様は……一体何者だ!?」
「ただのしがない尚書官だよ、国家転覆の真犯人、ザイン・アレクサンドルスッ」
「ち、血迷い事を抜かしおってッ! 貴様は虚言の癖がありそうだ。尚の事、生かしておくには危険なようだな!」
精製された魔力が手の先に集中し始めた。アレを喰らえば私など本当に即死だろうな。
いよいよこれまでか。
私は覚悟を決めた。




