26話 舞踏会後半
それからほどなくしてリヒャインが私のもとに小走りで帰ってきた。
リヒャインのやつは妙に嬉しそうにメリーの様子を語っていた。今はだいぶ症状も落ち着き、言葉もゆっくり話せるようになってきたとか。
「メリーの奴が言ってたぜ。お前にありがとうって伝えてくれってな」
お礼など別にいらないというのに。
「それとごめんなさいとも伝えてくれってさ」
「ごめんなさい? 何の事だ?」
「お前やドリゼラの事、悪く言ってた事だってよ」
「は? どういう事? 私、彼女から悪口なんて言われてないけど?」
「なんかよ、ほら、メリーってドリゼラと揉めてただろ? 事の発端はなんでもドリゼラのやつがメリーの手の震えを気にかけたのがきっかけだったんだと」
そして気にかけられたメリーは余計なお世話だとドリゼラに反抗。そんなメリーに対してドリゼラは「あなたを気遣って言ったのに何なのよその態度は!」と言って怒ったらしい。
口喧嘩がヒートアップしていく中、ドリゼラはこう言ったそうだ。
「目の前で体調の悪そうな人がいたら何とかしてやりたいって思うのは当たり前よ! 私のお姉様なら必ずそうするわ!」
と、言い返したらしい。
それに対してメリーは、
「あなたも、あなたのお姉様も、頭がおかしいんじゃない!?」
と、反論したところでドリゼラがビンタをくれたと言うわけだ。
それにしてもドリゼラのやつ、なんでそんな事を……と、考えたところでひとつ思い出した事がある。
先日のフランのアナフィラキシーショックの件だ。魔力暴走があった後日からドリゼラは私を避け気味だったが、フランの件が会った翌日からは更に屋敷内で私を避けるようになっていた。しかもそれだけでなく、遠目で私をじっと覗いてくるようになっていたのだ。私はあえて気づかないフリをしていたが。
もしかするとフランかマーサがいらん事をドリゼラに言ったのかもしれない。そうでもなければあれほど陰険だったドリゼラが急に態度を変えるわけがないからな。
「ドリゼラがそんな風に、ね……」
にわかには信じ難いけどな。
ドリゼラの話になり、思い出したかのようにリヒャインが私に「ドリゼラは今どこだろう?」と尋ねてきたが、私にもわからない。
カイン先生が去った後、私はしばらく図書委員の女、マリアに色々質問攻めにされていたしな。
「デレアさん、凄い! なんであんな事知ってたの?」
という問いに簡潔に答えたらそれから質問攻めが止まらなくなってしまったからだ。
気づいた時には周辺にドリゼラやカタリナお母様はいなかった。
ついでにマリアもリヒャインが戻る前には友人のところへ戻っていき、私のそばから離れて行った。
「おおおーーーっ!」
不意にそんな歓声がホールのあちこちから響いてきた。
どうやら魔法のお披露目会が始まったようだ。
お披露目会、と言ってもそれぞれのテーブルで勝手に貴族たちが自身の魔法を見せびらかして自慢するだけの、クソつまらない催し物だ。
「……っち、くだらねー」
隣を歩くリヒャインが呆れた顔で私の思っているような事をぼやく。
「どいつもこいつも魔法の基礎すら理解しちゃいねぇ。学院で習った事を馬鹿みてえに復唱してるだけ。一体こりゃあなんの意味があんだよ」
一級魔導師のリヒャインには相当茶番に見えるらしい。
「このボタンを押したら火がでます。わあ、火が出ました。……ってそりゃ当たり前だろうが。理屈を理解せず教わった事を反復するだけなら猿でもできらぁ」
これに関しては彼と同意見だ。
事実この会場にいる多くの貴族が披露している魔法は基礎中の基礎、ただの魔力の具現化ばかり。
三級未満の見習い魔導師レベルでしかない。
とはいえ、ここにいる貴族たちで魔法のお披露目をしている者たちは皆、成人していない者だけだ。リヒャインのような上級魔導師の方が珍しい。
ちなみにリヒャインは十五歳で、世代で言うとまだ私と同じ中等部なのだが、彼はすでに貴族魔法学院を卒業している。魔法の才がある者は飛び級で卒業できるのが魔法学院のシステムだ。そして彼はその優れた魔法の才能を見出され、一級魔導師の資格試験すらも受け、合格している希少な存在だ。
「魔法の基礎は理論だ。理屈から理解し、身体と頭で魔力の源を構成しなければ洗練された魔法は生み出せない。詠唱魔法を使うわけでもなく単純な属性具現化のこれに一体なんの意味があるんだかな」
本当にこのお披露目会は一体なんなのだろうか。
そんな事を思いながら、私とリヒャインは適当なテーブルで再びお菓子と飲み物を摘む。
この王宮大ホールは実に広い会場だ。
その中にいくつものテーブルが置かれ、あちこちに人々がいて、一見すれば昼間の市場のように活気付いている。
百はゆうに軽く超える人がいるこの会場内で目当ての人物を探すのは中々骨だ。
私はリヒャインの為にと思い一応ドリゼラを探してみたのだが、中々遭遇できずにいた。
「ま、ドリゼラの事はひとまず置いといてさ。俺様はお前と会えてよかったぜ、デレア」
不意にリヒャインがそんな事を言い出す。
「え?」
「言葉通り、後ろ髪に惹かれたおかげで俺様にとって自分自身を見つめ直す機会にもなったし、ドリゼラって運命の人にも出会えたしな」
「……」
変な感じ。
こんなクソ虫なんかにそんな言葉をかけられて嬉しいはずがない。
だってこいつもクソ虫なんだから。
でも、ま……そんなに悪い気分じゃないからいいか。
「……次に私に手を出したら、縁を切るけどな」
「わ、わかってるよ。もうしねぇって……っつーかお前、すっかり俺様の前だと素のままなのな」
照れがバレないように、ちょっとだけ強がって私は顔を背けてやった。
各所で行われている魔法のお披露目会では、たくさんの貴族令嬢たちが皆、得意の魔力を見せつけている。
火属性の魔力持ちは小さな炎を手のひらから燃やして見せ、水属性の魔力持ちは手のひらから水を沸き立たせて見せ、風属性の魔力持ちは手のひらから風を起こして見せ、そして地属性の魔力持ちは手のひらから砂や土を生み出して見せる。
そのどれもが魔法と呼べるシロモノではなく、魔力の具現化までだが。
周囲を見てみるが、さすがに希少な光属性と闇属性の魔力持ちは滅多にいない。
その少数の希少な属性持ちのテーブルには案の定、人だかりが出来ていた。
「眩いほどの輝き! これが聖なる光なのね!」
そんな声が響く。
光属性の魔力持ちが披露する光の魔力の具現化は、その名前の通り、眩いほどの光を手のひらから生み出す。
そして。
「なんという暗さだ……。中心部はまるで全てを飲み込む深淵だ」
闇属性の魔力持ちが披露する闇の魔力の具現化は、宇宙にあると言われるブラックホールのように黒き渦を手のひらから生み出している。
私も希少な両属性の力は初めてこの目で見たので、少しだけ感動させられた。
やはり魔導の力は不思議で無限の可能性を秘めていると改めて思った。
そんな風に各所で様々なお披露目が催され、そしていよいよこの大舞踏会のメインイベントである社交ダンスが開かれようとしていた。
そしてこの奇妙な大舞踏会はその社交ダンスの後、衝撃の事実を晒して終わりを告げるのである。




