25話 デレアの見解
「これでキミには貸しひとつだな。まあでも、そう悪く思わないでくれ。アレでも彼はそれなりに優秀で希少な光属性魔法の使い手、治癒魔導師なんだ」
優秀かどうかなんて関係ない。私からすればあのデブ魔導卿は漏れなくトップクラスのクソ虫だ。
「さて、そんな事より私の問いに答えてもらおうか」
カインという名の白衣の医者に私はそう言われた。
この男も貴族で間違いはない。王宮に在中しているのは漏れなく上流貴族と決まっているからな。
「まず、キミの名前は?」
「デレアです。デレア・リフェイラ」
「……む! リフェイラ家のご令嬢だったか。お父上は外交官のギラン伯爵だったな。聡明で思慮深いお方だ」
「ご存じなのですね」
「うむ。王宮で何度か顔を合わせるからな」
それもそうだ。ギランお父様は王宮で外交官の職に就いている。仕事上付き合いがあるのも当然か。
「そんな事よりもだ、デレアくん。キミはあの娘が脳卒中の、脳梗塞だと断定して処置を施したと言ったな。キミがまさか光属性最上級の透視系魔法が扱えるとは思えん。キミからは魔力の波動を一切感じないからな」
そう。魔力は基本的に他者へと安易に感知させられる。
それは自身に魔力があってもなくてもだ。魔力持ちからは独特の波動が発せられていて、故意的に隠蔽しようとしない限り、必ず他人に魔力を感じさせる。
更に自身が魔力持ちである場合、その練度を上げることで近くにいる者の適性魔力が何かすら見抜けるようになる。
私も当然他人の魔力を感じられるが、誰がどんな適性かまではすぐに見抜く事まではできない。
「はい。私には適性属性はありません」
「適性属性がない? ふむ。まあ貴族の中でも魔力に恵まれない者も稀にいる。例えば親の片方が平民以下の者である場合などだな」
まさにカイン先生の言う通りだし、私もグラン様に言われるまでそうだと思っていた。
でも適性属性がないのに私の完全記憶能力という魔法は常に発動しているらしいし、正直自分の魔力の状態についてはよくわからない。
「そうなると尚のこと疑問だ。キミはどうやってあの娘の病名を断定し、どう処置を施した?」
「私が彼女と会った頃には右腕の震えが強く、次第に呂律も回らなくなり、やがては嘔吐しました。話によると震えを感じてから四時間近くが経過していると聞き、時間的猶予も少ないと判断し、私は可能な限り想定できる状況を考えました」
「四時間か。確かにもし脳卒中の中でも脳梗塞であると断定するならMt-PA製剤で回復させられるギリギリのラインだ」
「はい。私も最初は脳卒中のどれだかわかりませんでしたが、彼女の年齢から考えて脳梗塞である可能性は低いとまず考えました」
「そうだな。私でもそう考える」
「なので脳出血かくも膜下出血だと考えましたが、そこでとある事に気づきました」
「とある事?」
「はい。彼女の身体的特徴です。彼女はその容姿からアルファン症候群である可能性が高いと考えました」
「……アルファン症候群。私も聞いた事がある。確か先天的な結合組織不全のひとつだったな。その特徴は細く高い身長、長い四肢に変形した背骨や顔面骨に現れる、だったか。言われてみれば彼女はまさにその通りの容姿であった」
「さすがはカイン先生。その通りです。そして彼女はその適性属性も地属性でした」
「ふむ、アルファン症候群には地属性の適性者が多いと聞く。……そうか、わかったぞ。結合組織不全、つまり血管内に剥がれ落ちたタンパク質が蓄積し、それが血栓となっていると判断したんだな?」
「……アルファン症候群の方はどうしても血管内に剥がれ落ちた組織が蓄積しやすくなります」
「それなら脳梗塞だと判断するのも頷ける。だがキミはどうやって血栓を取り除いたのだ? 光魔法の使い手がいたようには見えんし、キミがまさかMt-PA製剤を保持しているようには見えんが」
私は顔を横に振り、
「血栓が通常の血小板とフィブリンによる動脈瘤であったなら私もそう対処しなければと考えました。が、違うんです」
「なに?」
「地属性の適性属性を持つ人間が、アルファン症候群を先天的に持っている場合、血管内に剥がれ落ちる不純物の多くとして土の微粒子の可能性が考えられるのです」
「……確かに地属性適性者は体内に粘土以下の微粒子を紛れ込ませている」
「そこで私は血栓が土の微粒子の集合体、それが動脈瘤となっているのではと考えました」
「……ふむ」
「それならば話は簡単です。患者の土微粒子の集合体を分解する酵素を起こせばいいのですから」
「そうか。キミはMt-PA製剤と同じ要領で別の酵素を活性化させ、その原因を取り除こうとしたのだな?」
「はい。地属性から生まれた土の微粒子はその属性魔力によって分子結合されています。それを分解する酵素的役割を担うのが、水属性魔力です」
「……その通りだ。水属性魔力の分子は地属性魔力の結合を融解させる特徴を持つ」
「水属性魔力に関しては少量を時間を掛けてゆっくり注入するのなら、他属性の魔力持ちに対してもさほど人体に大きな影響は与えません。ゆえに、私はリヒャインと今、そこにいるマリアという貴族学院生に水属性魔力を首の頸動脈から流し込んでもらっていました」
この特性は水属性魔力だけである。人体の約60〜70%が水分で出来ている為か、水魔力の分子は人体にさほど悪影響を与えない。無論、あくまで少量をゆっくりとなら、だが。
「確かにキミの状況を鑑みるに、その対応がリスクも最小限で一番だ。もし仮に血栓の原因が本当に血小板とフィブリンであるのなら、私たちが着いてから別の方法で対処したわけだな」
「はい。ですがおそらく私の予測は間違っていなかったでしょう。現に彼女はカイン先生方がいらした頃にはかなり回復の兆しを見せていましたし」
「うむ……そうだな……。そして土微粒子による血栓が取り除かれたとしても動脈瘤が発生した時間から四時間近くとなると、詰まってしまった後の血管がかなり脆くなっている場合があり、そこから更に脳出血を起こす可能性がある。なるほど、だからまだ不安定だと私に告げたんだな」
そう。血栓は取り除くまでの時間が長ければ長いほどリスクが高まる。血液が流れなくなった血管は恐ろしい速度で劣化してしまうからだ。
だからこそ私はリヒャインたちに流し込む水魔力の速度を指定し、ゆっくりと処方させたのである。
「……以上が私の見解と対応、処置です」
私がそこまで言うと、カイン先生はしばらく何かを考えこんだ。
「……キミ、デレアくんと言ったな」
「はい」
「キミは魔導医学を専攻して学んでいるのか?」
「いえ、ただの趣味です」
「は?」
「本を読むのが好きなので、趣味の一環で覚えました」
「趣味だと……ありえん……この若さでこの知識量……」
カイン先生はぶつぶつと怪訝な表情で呟く。
彼がそうは思うのも当然か。
「とにかくメリーの症状についてカイン先生ならご理解いただけたかと思います。あとの事は先生方にお任せしておきますね」
「あ、ああ……キミの適切な処置、対応のおかげでおそらく彼女は窮地は脱しているだろう。ありがとう」
「いえ、偶然上手く行ったに過ぎませんから」
「この世に偶然などない。神はサイコロなど振らぬのだからな。天才的頭脳を持つご令嬢のデレアくん、キミがここにいる事も、そしてキミが彼女を救う事も必然だったのだと私は考える」
カイン先生は実に冷静で、無駄なプライドを持つ事なく話を聞いてくれる良い医師だと思った。
彼みたいな人が貴族にも多ければきっと世界も多少は良くなるのだろうな。
「さて、それでは私はメリーの状態を見てこよう。大舞踏会の本番はこれからだ。気を取り直して楽しんでくれ。私が戻ったらキミのフィアンセのリヒャインとやらもすぐここに帰そう」
「いや、マジで勘弁しろ。アレはフィアンセじゃない」
「……ん? デレアくん?」
あ、やべ。思わず口調が。
「ち、違います。彼は私とはなんの関係もないです……」
「ん? そうなのか? だが彼はキミの事を自分のツレが助けを求めてる、と言っていたらしいぞ」
ツレ、だと……あいつ、誤解を招く様な言い回しを……。
「まあいい。とにかく舞踏会は午前零時にメインイベントの社交ダンスが始まる。それまではもうすぐ始まる余興の魔力のお披露目会でも見て楽しんでくれ」
そういえばドリゼラも言っていたな。メインイベントの前にそんな事をやるとか。
「ではな。キミとはまたどこかで会うだろう」
そう言ってカイン先生は私の前から去っていった。
それにしてもこの波乱だらけの大舞踏会、深夜何時まで続くのやら。私はもう、ちょっと眠いぞ。
はあ。マジでさっさと終わらないかな。
私は本だけを読んでいたいのに……。




