再検査と少年
春の風が村を吹き抜けていた。
畑では農夫たちが土を耕し、子供たちは広場を駆け回っている。
そんな穏やかな日だった。
「王都から神官様が来るらしいぞ」
誰かの声が広場に響いた。
村人たちがざわつく。
「なんでも、あのヴァイス様の件だとか」
「やっぱり神殿の測定ミスだったんじゃないか?」
「魔法が使えないなんて聞いたことがないしな」
噂は瞬く間に広がった。
当の本人はというと。
村外れの訓練場で木剣を振っていた。
ヒュッ
ヒュッ
ヒュッ
汗が飛ぶ。
ただひたすら剣を振る。
ベルドが腕を組む。
「今日は落ち着かんな」
「そうですか?」
「お前は顔に出ないだけだ」
ヴァイスは苦笑した。
少しだけ。
本当に少しだけ不安だった。
魔法が使えない。
それは事実だ。
もし再検査でも同じ結果なら。
また笑われるだろう。
しかし、だからどうしたと思うことにしている。
今さら何も変わらない。
ヴァイスは木剣を構え直した。
「剣を振ります」
「そうか、それで良い」
ベルドは笑った。
翌日。
村の中央広場に一台の馬車が到着した。
白い法衣に銀の刺繍、神殿紋章。
王都直属神殿の神官だった。
年齢は三十代半ば。
穏やかな顔立ちの女性。
名をマリアベルという。
村人たちは緊張していた。
神官は神の代弁者。
田舎村では滅多に会えない存在だ。
マリアベルは優雅に微笑んだ。
「皆様、ご安心下さい」
「本日は検査のみです」
その視線がヴァイスへ向く。
「あなたがヴァイス君ですね」
「はい」
「緊張していますか?」
「少しだけ」
「素直でよろしい」
彼女は優しく笑った。
広場中央。
神殿から運び込まれた測定水晶が設置される。
以前の物より遥かに巨大だった。
直径一メートル近い。
村人たちが息を呑む。
マリアベルが言った。
「では始めましょう」
ヴァイスが前へ出る。
右手を水晶へ置く。
静寂。
風の音すら聞こえる。
そして。
眩い光。
村人たちが目を見開いた。
水晶全体が黄金色に輝いている。
「おおっ!」
「すごい!」
「なんだあれ!」
光はさらに強まり、水晶内部を黄金の奔流が渦巻いた。
マリアベルは測定盤へ視線を走らせ、息を呑む。
表示された数値は常識外れだった。
六歳児どころか、王都の上級魔術師たちをも凌ぐ魔力量。
だが。
次の瞬間、彼女の表情はさらに強張る。
火、水、風、土、光、闇。
どの属性にも反応がない。
これほどの魔力量を持ちながら、魔法適性だけが完全な空白だった。
あり得ない。
魔力量があるなら適性もある。
それが神殿の常識だった。
沈黙が広場を包む。
やがてマリアベルが呟いた。
「……本当に?」
彼女はすぐに姿勢を正した。
「もう一度測定します」
再検査が行われた。
結果は変わらない。
水晶は黄金色に輝き続ける。
だが属性反応は皆無。
補助水晶や記録板でも確認したが、結論は同じだった。
異常な魔力量。
しかし魔法適性ゼロ。
その矛盾だけが、何度測っても揺らがない。
額に汗を浮かべたマリアベルは、やがて深く息を吐いた。
「測定ミスではありません」
ざわめきが広がる。
「では……」
村長が尋ねる。
マリアベルは慎重に言葉を選んだ。
「私は初めて見ました」
「王都でも前例がありません」
村人たちが息を呑む。
「この少年は魔法が使えません」
「しかし」
そこで一度言葉を切った。
視線が再び黄金色の水晶へ向く。
「この子の魔力量は、少なくとも成人した魔術師を超えています」
静寂。
誰も声を出せなかった。
六歳。
それも魔法を使えない子供。
それが成人した魔術師以上の魔力量。
いや、計測しきれていないだけで、本当は上級魔術師より多いのでは無いだろうか。
理解できない。
ヴァイス自身も驚いていた。
そんなに多いのか。
知らなかった。
マリアベルはさらに続ける。
「そして守護天使の加護反応があります」
村人たちが騒然となる。
守護天使。
それは神に選ばれた者。
滅多に現れない。
王侯貴族ですら持たないことがある。
マリアベルはヴァイスを見つめた。
まるで何かを探すように。
「……不思議ですね」
「はい?」
「いいえ」
彼女は首を振った。
しかし。
心の中では別のことを考えていた。
(なぜ……)
(神殿記録に似た事例が一つだけある)
遠い神代。
失われた古文書。
そこに記されていた存在。
だが。
そんなはずはない。
あり得ない。
神代は滅んだのだから。
検査終了後、村人たちの態度は少し変わった。
魔法は使えないこと自体、それは変わらない。
だが単なる落ちこぼれではない。
神官ですら説明できない存在、その事実だけは皆理解した。
帰り道をヴァイスは一人歩いていた。
ふと視線を感じた。
森の方。
木の上。
白黒の小さな影。
ペンギン。
だが。
一瞬で消えた。
「……?」
首を傾げる。
気のせいだろうか。
その頃。
森の奥。
ペンギン姿のラドゥエリエルは静かに目を閉じていた。
「まだ……」
小さく呟く。
「まだ気付かなくて良いのです」
風が吹く。
黄金色の夕日が森を照らしていた。
ラドゥエリエルは遠くの少年を見つめる。
その瞳には、懐かしさと切なさと。
そして誰にも見せない感情が宿っていた。




