第3話 スカウトからの盾戦士
ゴマ粒のように見えていた亡者は、今ではソラマメくらいの大きさに見えるまで近づいて来ていた。
「5人……」
「多い、のか?」
「まぁ、少なくはない、かな? ボクの今の実力ならね」
「今の?」
「うん」
段々と迫ってくる亡者を睨みながら、風見さんは微笑んでいた。
「だって、これからは、結城くんがいてくれるから」
ヴン、と風切り音をたてて槍を回して構え直す。そこにはさっきまでの強気可愛い風見さんではなく、ともすれば不利ですらある戦いに挑む、一人の戦乙女がいた。
「大丈夫、囲まれなければ普通に勝てるよ。あいつら、下級の亡者みたいだし」
風見さんの武器は槍だ。中世ヨーロッパ風の円錐形のごついやつではなく、日本史の教科書で見たことのあるような、長い柄の先に鋭い刃が付いているタイプ。そういえば日本史の先生が槍最強説とか言ってたな。
亡者たちが10メートルほどの距離を置いて止まった。身長は2メートル位か。意外とでかいな。
向こうの武器も見える。鎌が3人、弓が1人、杖が1人。杖は何だろう、魔法でも使うのか? 他は真っ黒なボロ布を頭から被っているが、こいつの布は赤黒い。多分指揮官かなんかだろう。赤いし。
「結城くん」
「ん?」
「腕を前に出して、手のひらに意識を集中して。大体でいいから、どんな武器がいいかを強く思って」
「……こうか」
言われた通りに腕を出す。手のひらに意識を集中……。
すると、藍色の光の粒が、俺の手のひらに集まってきた。
「その光を、武器にするの。強い名前を付けてあげてね。その名前も武器の力になるから」
「武器……名前……」
「焦らないでね。あまり時間はないけど、でも、がんばるから」
「風見さん……」
「……これが終わったらさ、結城くん」
風見さんは一瞬俺に振り向いて、そして笑った。
「アカネって、名前で呼んでよね」
どくん。
動いてもいない心臓が、大きく跳ね上がる感覚。それと共に集まってくる光が強く輝き出す。
――思いの強さが、キミを無限に強くするから。
俺は運動神経はいい方だが、戦闘に関しちゃド素人だ。下手に攻撃を仕掛けても効くとは思えねえ。最悪同士討ちの可能性だってある。
考えろ。俺は今、どうしたい?
風見さんが戦っている。矢を叩き落とし、鎌を反らし、弾き、受け止める。反動を使って後ろに飛び、軌道を変えて手近な刺客を突く。戦闘に関しては素人だが、その目にもはっきりと分かるくらい、風見さんの動きは鋭く、速かった。
ふいに風見さんの槍が、見えない何かに弾かれた。その隙に、鎌の三人が風見さんを取り囲むように集まってくる。やつらの動きは緩慢だが、それなりに統率が取れていた。
……ん?
見えた。風見さんの槍を遮ったのは、壁だ。触れなければ見えないが、穂先が当たる時だけ紫色の光を放つ。あの杖のやつか……。
風見さんの包囲網が狭くなってきた。このままだと無傷では済まないだろう。
無傷。
そうか。
だったら。
「壁……何にも負けない、すべてを守る……」
そう。
攻撃出来なくても、守ることは出来る。
おれが身体を張ればいい。
風見さんは武器って言ったけど、これだって立派な武器だ。
好きになった子を、守るための武器。
渾身の力を込めて、おれは叫んだ。
「俺に、守り抜く力を寄越せ! ――最強の盾!!」
俺の手に集まった光の粒が、段々と形を成していく。やがてそれは、大振りな鋼鉄の盾へと変化していった。
「これが、俺の……」
いぶし銀の鈍い光を放つ盾の縁には、藍色の装飾が施されている。盾の真ん中には、深い青色に光る、大きな珠が埋め込まれていた。下部には地面に刺して使うのだろう、太い杭が埋まっている。握りの部分に付いてるレバーを握り込むと杭が射出される作りらしい。
初めて見るのに、なぜか俺はその使い方を理解していた。
(まぁ、自分で作ったんだから当たり前っちゃ当たり前か。……さて)
風見さんを見る。鎌三人に囲まれ、少し離れた場所から弓が狙っている。弓の傍らに杖の奴が腕を前に突き出している。結界ってやつか?
それにしても風見さんは強い。5人もいる亡者が、一度も俺に目を向けない。
それだけ風見さんが脅威だってことだろう。
亡者たちは、どいつもこいつも動きがフワフワしている。地に足がついてない感じだ。
……そういえば、浮いてねえんだな。
なんか、死後の世界の住人とかって、フワフワ浮いてるイメージを持ってたんだけど。
月面を歩いてるような感じだな。
「それにしても……」
あんだけでけぇ不気味なのが、女の子一人を囲むかよ。
なんかどんどんムカついてきてるな。
ムカつく感情が高まるにつれて、身体に力が漲ってくる。
その時だった。
「きゃっ!」
鎌の一振りを避けそこねた風見さんが、囲みから外れて尻もちをついた。
「風見さん!」
風見さんが。
やばい。
頭が真っ白に染まる。思考と行動が直結する。
「……やろぉおおお!!」
――ぶち殺す。
「てめぇらああああ!!」
いきなりの行動に戸惑う亡者たちに向かって、俺は何も考えずに突っ込んだ。
「伏せろっ!!」
「!」
風見さんが反射的に地面に身を放り出す。俺に気を取られていた亡者は、一瞬反応が遅れた。
「遅ぇ!!」
盾を前にし、そのまま突っ込む。技もへったくれもない、ただの体当たりだ。
けど、舐めるなよ。
今の俺は、当たると痛えぞ。
俺に弾かれて、鎌の三人に隙が生まれた。
「うおおおおっ!!」
そのまま力任せに、盾を横薙ぎに振り回す。ヴォン、という風を切る音と共に、当たった一人目が吹き飛び、弓の奴にぶつかった。
続けて横にいる二人目に、今度は正面から盾を叩きつける。
「邪魔だぁぁぁぁっ!!」
「盾……」
「風見さん、このまま突っ込むぞ!」
「う、うんっ!!」
「おぅらぁああ!!」
残った鎌は放っておく。弓が俺たちを狙ってくるが、おれの盾は傷一つつかない。
当たり前だ。
この盾は、俺が好きな子を守り抜くための盾だ。
亡者の矢ごとき、敵になるわけがねえだろ。
杖の亡者の作る見えない壁と、おれの盾が激突する。
バチバチと紫の火花が散り拡がる。さすがにかてぇな。
だが、勝てる。俺には、その確信があった。
――思いの強さが、キミを無限に強くする。
「だったら!! 負けるわけには!! いかねえだろぉがあああっ!!!!」
何もない空間に紫のヒビが入り、それはどんどん拡がっていく。やがてヒビ同士がつながり、綻びとなり、欠け落ちた。
「そこっ!!」
すかさず風見さんの槍が隙間を突き通り、杖を真っ二つにしながら亡者に突き刺さった。
「……!」
杖の亡者は、槍が刺さった瞬間、身体を硬直させ、そのまま霧散していった。
他の亡者たちも次々と、同じように黒い霧となり消えていく。
やがて、亡者たちは跡形もなく、消えた。
――――
「……ありがと」
「ん?」
もうすっかり事故処理も終わり、静寂を取り戻した街道のガードレールに腰を掛けた俺たちは、ぼんやりと車の流れを見ていた。
「また、助けてくれた、ね。それに、その盾……」
「素人が武器持っても役に立たねえよ。槍に盾なら相性も良いだろうしな。……それに、女の子が武器持って戦ってるのに、守れないんじゃかっこ悪いだろ」
風見さんの目が見開かれ、顔がみるみる赤くなっていく。少し怒ったような、困ったような顔で、ぽつりと呟いた。
「そういうの、反則だよ……」
反則はどっちだよ。ついさっきまで槍振り回して2メートルの亡者5人と大立ち回りしておいて。
急にそんな顔でもじもじされたら、こっちも気恥ずかしくなるじゃねえか。ていうか、俺も多分今、顔真っ赤だよ。すげぇ熱いもん。
「んで、これからどうすんだよ?」
そういうと彼女は、はっと気がついたように表情を戻した。
「あ、そだ。……えと、ボク達はこれから、ヴァルハラ日本支部に行きます。細かい話はそこでね。ざっくり言えば、キミはボクと一緒に、さっきの連中と戦うの。目的は、日本の裏世界を平和に戻すこと」
「裏世界?」
「まぁ、神話の世界だねー。ここがちゃんとしてないと、現実の世界にも影響が出ちゃうんだ。……で、最終目標は、高天原の奪還」
「高天原!?」
「うん。
「え、ワルキューレが!?」
「日本支部だし」
そういう問題!? っていうかスケールでかすぎねえか!?
ついさっき死んだばっかりの俺には、刺激的過ぎる言葉のオンパレードだ。
だけど。
「一緒にがんばろうね、ハガネ!」
彼女のこの笑顔を見ちゃったから。
いっちょ、やってみようか。
「あ、期限はあと1年ね!」
……まじか。