第4話 盾戦士からの神話世界
黄泉比良坂の亡者を退けた俺たちは、ヴァルハラ日本支部、つまり神話世界への道を急いでいた。
それにしてもここは薄暗いな。入った覚えのないトンネルに、いつの間にか迷い込んでる気分だ。
まぁ死んだ人間が通る道だ、そんなもんなのだろう。
「ねえ」
となりを歩くアカネがふと思い出したように話しかけてきた。
「ボクのことはアカネって呼んでね」
「え? いきなり難易度たけえな……。アカネさん、じゃだめ?」
「だぁめ」
即答ですか。
「ボクはキミのことハガネって呼ぶからね。だからキミもアカネって呼んで欲しいな」
「……わかったよ。まぁ頑張ってみるわ」
「うんっ」
くっそ、可愛いな。『うんっ』じゃねえつの。見た目は結構猫っぽいのに、なんか性格はやんちゃな子犬みてえだな。
それはそうと。俺は、ちょっと気になっていたことを聞いてみた。
「さっき、高天原がやられたって言ってたな」
「そうね。さっきは時間がなかったから、詳しくは説明出来なかったんだけど」
アカネは少し考えつつ、ぽつぽつと話し始めた。
「人間は死ぬと、魂だけの存在になるの。今のハガネの状態ね。で、魂だけになった人間は、神話世界、まぁ平たく言えばあの世かな、そこに行くことになるんだけど」
「さっきの亡者もその神話世界の住人なのか」
「んー、同じ次元って意味ではそうね。でも、厳密にはちょっと違うの」
神話世界はそれぞれが別の世界――日本神話世界や北欧神話世界など――に分かれているんだそうだ。現世で言う国家みたいなもんか。で、その中での区分けもある。高天原と黄泉の国なんかがそうらしい。こっちは都道府県みたいなもんだろうか。
「どっちかっていうと、場を仕切る団体みたいなものかな。経済活動とかしてるわけでもないしね」
「やくざかよ……」
神話世界ってことは神様とかが住んでるんだよな。そこで縄張り争いみたいなことやってるのか。
「でも、経済活動がないってことは、どっちに行っても相当お寒い感じなんじゃ……」
「ううん、ヴァルハラにも高天原にもお店とかは普通にあるし、街や家なんかもあるよ。食べ物屋さんもあるし、お洋服屋さんもあるし。ただ、全部趣味でやってるお店なの。基本みんな自分で賄えちゃうからね」
「ほーん……」
自分で賄うってのがどういうことかは分からないが、まぁそのうちわかるんだろう。
「それでね、その黄泉の国が、別の世界の神と組んで、高天原を襲ったの。理由はまだ分かってないんだけどね。それで、高天原の神々のほとんどは封印されて、今では黄泉の国の一部になっちゃったってわけ」
「いよいよやくざの縄張り争いじゃねえか……」
人間も碌でもねえとは思っちゃいたが、神ってのも大概だな。
「で、アカネは戦乙女なんだよな? てことは、女神?」
「半神、かな。ボクも元は人間だったの」
「でも、確か中学から同級生だよな? いつから戦乙女になったんだ?」
「まぁ、そのへんはまたそのうちね。……さ、着いたよ。ここから先が神話世界。そして、ヴァルハラ日本支部になりまーす」
アカネが指差した場所には、石造りのような、堅牢だが質素な扉があった。その前には「神⇔亡」と書かれた標識が立っている。
「……なんか安っぽいな」
「うん、ボクも最初思った。……で、ハガネ」
「! おう」
アカネが真剣な眼差しで俺を見る。
「ここから先、足を踏み入れたらもう後戻りは出来ないの。一時的に出ることは出来るし、ボクが学校に通ってたみたいに、実体化して現世に戻ることも出来るけど、エインヘリヤルは、もし消滅しても必ずここに、強制的に戻らされる。ゲームのセーブポイントみたいなことだね。……そして、またここで毎日訓練して、それで消滅したとしても、また朝には蘇っての繰り返し」
アカネは、悲しそうな、それでいて縋るような目で俺を見つめている。
「それでも、キミはボクと「行くよ」……え」
「言っただろ、わかったって。女の子が武器持って戦うのに、守られるばっかりはかっこ悪いって。……だから、守る。アカネがいらないって言うまでは」
「言わないよ!」
そう言ってアカネが俺に抱きついてくる。女の子特有の柔らかさが……固いな。あ、鎧着てるからか。でもいい匂いがする。
「……ずっと、守ってもらうんだから。ハガネの盾で」
「……おう」
知らずのうちに、俺の手はアカネの頭を撫でていた。それに反応して、アカネの力が抜ける。
しばらくそうした後、少し名残惜しそうに俺から離れたアカネは、扉に向かって呼びかけた。
「ヴァルハラ日本支部戦乙女、アカネ。神なる戦士を連れ、帰還しました」
「……」
なんだ?
扉の向こうに、何かの気配がある。殺意……じゃないな。だが、敵意に近いものだ。
……待て、なんで俺はそんなことが分かる?
「……なんだこの感じ」
そう言った俺に反応したのか、扉の方を向いたままアカネは、何かを確信したかのような、凛とした笑みを浮かべた。
「……やっぱりキミが正解だった」
「え? どういう……」
言い終わらない内に、石造りの扉が音もなく開く。中から漏れる光は明るくて、サングラスをかけているような薄暗さのこことは別世界だということを感じさせた。
「……ハガネ」
「ん、なんだ?」
「気をつけて。……一歩入ったら戦場、だよ」
「え、それどういう……」
言いながら俺は、扉の向こう側に一歩踏み込んでいた。
「飛び込んで!」
「――くっ!」
反射的に中に飛び込む。勢いで一回転してしまうが、その時、俺の目の前に銀色の板が振り下ろされた。
「なんだぁっ!?」
「……外したか」
「ハガネ!!」
一歩遅れてアカネが駆け寄ってくる。
――なんだこれ。
さっきよりよっぽどヤバい感じがする。
「アカネが連れてくるエインヘリヤルというから、どんなものかと思ったが……」
頭上から低い声が降ってくる。見るとそこにはやたらとでかい、顔の下半分が髭で埋まった男がいた。さっきの銀の板の端を掴んでいる。
ていうか、あれ、剣か。なんか肉切り包丁みてぇだな。
「はしっこいだけの猿か」
「――あ?」
口の端を歪めて嘲笑う大男の言い草に、ついカチンときてしまった俺は、やつの目を見たまま立ち上がった。もう動いていないはずの心臓が、バクバクと音を立てながら鼓動する感覚。
――こいつ、むかつく。
どこの誰だか知らないが、ここにいるってことは少なくとも神族ってやつなんだろう。
「アカネよ、こんなのを連れてくるとは、お前もヤキが回ったものよな。……大人しく我の情婦になっておけばいいものを」
「ヘイムダル様!?」
「最後のエインヘリヤルがこんな猿とはな。おい猿、ここがどこだか分かっているのか? 猿山とはわけが違うんだぞ?」
言われた俺は、自分でもはっきり分かるくらいに震えていた。
恐怖心からじゃない。
これは、怒りだ。
ヘイムダルとか言ったな。
こいつは今、俺だけじゃなく、アカネまでをも馬鹿にした。神だかなんだか知らないが、こいつ、誰に向かって口きいてやがる。
「震えておるか。無理するな猿、今なら引き返しても見逃してやろう。ああ、アカネのことは心配するな、我が丁重に饗してやるからな。……もちろん、隅々までな」
「……なぁアカネ」
「ハ、ハガネ?」
「……こいつ殺っちゃっていいのか?」
いいよな?





