第18話 神からの拉致
なんだ。
なんだこれ。
ブルッとしたと思ったら、震えが止まらない。脚から力が抜けていく。
弁慶さんとアカネが慌てて俺を支えてくれる。どうやらこの寒気は俺だけが感じているらしい。……どういうことだ。
「ハガネ!? 急にどうしたの!」
「わ、かんねえ……けど、なんか寒気がした、と思ったら……」
声を出すことすらやっとだ。
いきなりどうしたってんだ、俺は。
「ロキの声が消えたと思ったら、いきなりお主が震えだした。何かの予兆か……?」
「でも、ハガネだけが、なんて……一体なにが」
アカネの言葉が途中で途切れる。小さく息を呑む感じが伝わってきた。
「どう、した、アカネ……」
「……来るぞ」
弁慶が短く唸ると、背に背負った薙刀を構えた。アカネも既に蜻蛉切を手にしている。
黄泉比良坂への入り口。
二本の石柱が立つその間に、赤黒い闇が渦巻いていた。
「動ける、ハガネ?」
「う、ぐぅ……」
身体に力が入らない。イージスを出そうにも、意識が全くまとまらない。
こんなことは、死んでから初めてだ。
見かねたアカネが、俺を木陰に連れていった。
「ハガネ、少し休んでて」
「だけど」
「いいから。今のままじゃ戦えないよ。弁慶さんもいるし、大丈夫。……でも」
「?」
「元気になったら戻ってきて? ハガネがいてくれれば、ボクは何千倍も強くなれるから」
「おう……」
「……お、お主は!!」
弁慶の叫びが聞こえると同時に、俺は気を失った。
――――
弁慶さんの叫び声が上がった瞬間、ハガネは気絶した。声にびっくりした……訳じゃないよね。
その原因は、今にもあの不気味な渦からこっちに出てこようとしている。
まず右手、次いで右足、左手。
闇をかき分けて滲み出してくるように現れたのは、胸、そして顔。
綺麗な女の人。
だけど、その髪が、目が、鼻が口が胸が腕が太腿が爪先が。
その全てが禍々しい。
その姿に、弁慶さんが声を漏らす。
「伊邪那美……」
ああ、やっぱり。
見たことはないけど、ボクもすぐに分かった。
あの美しさ。禍々しさ。
実際、ハガネほどじゃないけど、ボクも寒気を感じていた。弁慶さんはボクよりもっと近い距離にいるから、更にきついだろう。
――行かなきゃ。
心ではそう思っているのに、中々足が前に出てくれない。肝心な時にポンコツなんだよね、ボク。
普段は強気で、周りには冷静沈着で頭脳明晰みたいなことを言われたりするけど。
でも、実は、今のボクが本性なんだ。
意地っ張りだけど折れやすくて、臆病で、強気の癖に逃げ腰で。
戦闘力は高くても、肝心の中身は。
どうしてボクはワルキューレになれたんだろう。
ハガネとは全く逆の存在。
だからこそ、ボクはハガネに惹かれた。
彼は、ボクに勇気をくれるから。
その彼は今、戦えない。
――だったら、ボクは。
全力で、イザナミに向き合わなきゃいけない。
「……結城、ハガネはどこだぇ」
「!」
今、ハガネを呼んだ……?
なんで?
「なぜハガネを知っている」
「どこだと聞いているのだぇ。……その、木陰の男かぇ?」
「……そうよ」
「アカネ!?」
「答えたわ。だから教えて」
ボクも震えている。正直、気を失って楽になってしまいたい。
だけど。
「どうして、ハガネを知ってるの?」
「それを言う故がわらわにあるのかのぅ?」
「答えなさい」
「ほほ、こわいの。……知れたこと。わらわは、結城ハガネを探すためにわざわざ現世に出たのじゃからのぅ」
「なん……ですって……」
「……お主、ハガネを知っているのか」
「知らぬ」
……どういうこと?
「そんな小僧に用はないわぇ。あるのは、小僧の中にある」
イザナミがニタリ、と嗤った。
「我が夫、伊邪那岐の魂の欠片よ」
……え?
ハガネは結城ハガネで、ボクは死ぬ前から知ってて。
生前は、ごく普通の男の子だった。
それが、どうして?
「……かつてイザナギは自分の死に際して、自分自身に呪いをかけた」
「呪い、だと?」
「死んだ時、黄泉の国に留まらぬよう、自分の魂を細切れにして他の人間に紛れ込ませる、そういう類の呪いじゃ。わらわは懸命にそれを集め、107つまでの欠片を揃えた。そして」
そう言ってイザナミは、ハガネの方に指を向けた。
「最後の一欠片。芯の魂があの小僧の中にあるのじゃ」
「お主、それをどこで知った」
「どこでも何も、死ぬ前、この女が小僧に愛を語った時に言うておったじゃろう」
(……綺麗だなって思ったの。結城くんの魂が)
あの時!? でも、どこで!?
「どこで聞いたか、知りたいかぇ?」
あの時、周りには誰もいなかった。いない時を見計らったんだもん。
「逢魔が刻、この国のどこにでもいる烏。それらは全て、わらわの眷属じゃ」
そう言って嗤うイザナミを、ボクも弁慶さんも、睨みつけることしか出来なかった。
「……さて、そろそろいいかえ? ロキ殿」
「オーケイ、こっちは完了したよ」
突然の声に慌てて振り向く。
その声は、ハガネのいる方から聞こえた。
そこには、金髪で長身痩躯の神、ロキ様が薄笑いを浮かべて立っていた。彼が脇に抱えている、あれは……
「ハッ……」
「ハガネ! お主、ロキとかいう神か!」
「とかいうって……まぁそうだけど。ご丁寧にうちの女王様の話を聴いてくれてありがとう。おかげで随分楽に手に入ったよ。……結城ハガネが、ね?」
「……たばかったか!」
「とんでもない。作業を分担しただけさぁ……」
弁慶さんとロキ様のやり取りは、途中からボクの耳には入っていなかった。
――ハガネが、攫われる。
ボクの頭は、それだけでいっぱいになっていた。





