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第17話 僧兵からの神

 黄泉比良坂(よもつひらさか)

 日本神話において、この世とあの世をつなぐとされている坂。されているもなにも、実際つないでたわけだけど、ここは、なんというか。


「もうこの世じゃないみてぇな場所だな……」

「だね……」

「おう。この空気、儂は生きていた頃に感じたことがあるぞ。……ひどい戦があった、その跡地によく似ておる」

「ひどい戦、か……」


 ヴァルハラでの訓練で、俺とアカネは八千人を相手に戦った。

 生身でやってたら瞬殺されてたのは間違いないし、あの場だからこそ出来たことだ。


「でも、会津の古戦場とも違いますよね。あっちはもっとこう、荘厳っていうか……」

「だな。比べてこっちは生々しいっていうか、こう」

「うむ。古戦場というのは、たしかに多くの人間が死んだ場所だが、そこで死んだ者たちには覚悟があった」

「……相手を殺し、自らも殺される覚悟、ですね」

「その通りだ。当然に無念はあろうが、死というものを受け入れるしかない場所でもある。だが、ここは……黄泉比良坂というのは、戦い、抗って逝った者たちばかりが集まるわけではない」


 そうだ。ただ戦いに巻き込まれただけの人も、不慮の事故も、通り魔的な殺人も。その犠牲者たちは、自分が死ぬことに対する覚悟なんて出来ないだろう。自分が死んだことすら理解できない人もいるに違いない。

 そんな人たちの思いが、恨みが、この場所に集まっている、のだろうか。


「……で、とりあえずどうします?」


 つい重くなる気持ちを奮い立たせる様に、俺はわざと明るめに聞いた。その声にアカネははっとしたような顔になる。


「あ、えっと、まずはロキ様を見たっていう報告のあった場所に行ってみましょうか」

「ていうか、その見たって報告は誰からあったんだ?」

「当時ここを巡回したエインヘリヤルよ。でも、ほんの一瞬だけで、すぐに消えてしまったみたいだけど」

「つまり、それが本人かどうかの確認も取れてはいないのだな」

「そうなります。……ただ、その特徴がロキ様と合致する部分が多いということで、その存在証明も兼ねて私たちを派遣した、ということの様です」


 なるほど。

 つまり、使いっ走りだ。

 でも多分、ただのパシリじゃないだろう。俺たちだけならまだしも、弁慶さんまでセットだ。つまり。

 ロキの目撃情報は、大分信憑性が高い。

 てことだよな。


「でも、いたとして跡なんか残すか……?」

「ハガネ?」

「ん、ああ、見たってのがガチだったとしてさ。神が降臨した痕跡とか、簡単に見つかるもんなのか? 逆に見つかるとしたら」

「ワザと残した、と言いたいのだな?」


 後を継いだ弁慶さんに向かって、俺は頷いてみせた。


「でもなきゃ、わざわざ残す意味ないと思うんです。神だったら跡を残さずに現れるなんて、当たり前に出来るでしょう。だったら、もし痕跡があるなら、ワザと残したってのが一番納得がいく。で、ワザとだとしたら、それは多分」

「キミらをおびき寄せるためさぁ」


 突然声がした。慌てて周囲を見回すが、俺たち以外に人影はない。


「あぁ、探しても無駄だよ。僕は今、そこにはいない。これはキミらが探していた痕跡、言ってみれば僕の意識の一部だ。キミらがこの黄泉比良坂の入り口に来た時に発動するようにしておいたんだよ」

「ロキ、様……なのですか?」

「お、可愛い娘いるじゃない。その娘にしとけばよかったかな……ってそういえばお前、ワルキューレだったなぁ」

「どういう意味、ですか」


 アカネの質問に、ロキの欠片はくくくっとくぐもった笑い声を漏らした。


「なに、うちの女王様がそっちに出ていきたいっていうんでね、その準備に、彼女の糧となるものを探しに行ったんだよ」

「……糧?」

「そう」


 欠片はそこで一旦区切ると、ゾロリとした、皮膚が粟立つような声を出した。


「生身の女を2人ほどね」

「……!」

「今頃女王様の糧となっているだろうね。ああ、その件で彼女を責めちゃいけないよ。……ただ、食べ物の違いってだけだからね。それに、彼女はもう何千年も食事をしていないんだ。だからさ」


 急に声が大きくなった気がする。いや、感覚的には、おれの耳のすぐそばまで声が来た感じだった。


「2人くらい、いいよね?」

「くっ!」


 反射的に後ろに飛び退ったが、当然ながら意味はない。声はしつこく俺にまとわりついてくる。


「ふぅん、お前が結城ハガネかぁ」

「……なんで俺の名を」

「知ってるかって? いやぁ、お前有名なんだよ」

「ハガネが有名……?」

「そうさぁ、黄泉の国ではね。死んだ時、ちゃんとお迎えも行っただろう? まああのデク共は、そこのオネエチャンにやられちゃったみたいだけどさ」


 妙にムカつく口調でロキの欠片は言葉を紡いでいく。


「ああ、アカネちゃんも有名だよ? 日本人初のワルキューレ、ガキンチョの頃からその素質を見抜かれ、死んだ途端にスカウトだ。……ちょっとしたアイドルみたいだね。でも、確かに可愛いねえ。ワルキューレってのがちょっとアレだけど、やっぱりキミも糧になってもらおうかな。……亡者に食わせたら強くなりそうだしねぇ」

「うるせえよ」


 だめだ。

 こいつムカつくわ。


「こっちの知らねえところでごちゃごちゃ言ってんじゃねえよ。女王だかなんだか知らねえが、やってることはただの人喰いじゃねえか」


 相手が神だろうが知ったことじゃない。なぜ俺を知っているかなんてのも別にどうでもいい。

 だが。


「アカネにちょっかいかけるつもりなら、神だろうがなんだろうがただじゃすまさねえ。いいから出てこいよおら」


 その時。


「!」

「え、なに……」

「ぬうっ!?」


 とんでもない寒気が俺たちに襲いかかった。

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