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番外・黄泉篇の壱 「蠢動」

今回は番外編、黄泉の国を書こうと思います。

本編とはガラリと雰囲気が変わります。また、視点も異なります。


※冒頭、ややグロテスク表現があります。ご注意ください。

 赤黒い闇の中、男女と判る影があった。


 大柄な男の頭からは、一本の真っ直ぐな角が生えている。

 細く滑らかな女の髪は長く、そこだけが大きな胸を上下させる。


 所々、赤や黄に輝く、細くどろりとした川の流れが影の向こうの暗闇に落ちていく。稀に弾けた飛沫が男女にぶつかる度、びくりと身を捩らせている。


 ぞぶる。ぞぶり。

 がひゅる。


 女の影が、男の影に絡みついていく。男は時折、天を仰ぎ見るように顎を上げる。

 やがて天を仰いだまま動きが止まった男は、そのままの体勢で地へと沈む。


 ごちゅ。ぎょるり。

 ぼくぃ。ぢゅうるぃ。


 男を惜しむかのように頭を下げていく女の影もやがて、大地と一つになったかのように蹲り、その動きを止めた。


「……」


 ぴくり、ぴくりと蠢く男の角を掴み、女は喉元に牙のような犬歯を突き立てる。既に痙攣以外に動くすべのない男はなすがまま、裂け破れた喉笛からひゅるい、と音を鳴らし、今度は完全に動かなくなった。


 それからしばらく男の喉、胸、腹、股と女は頭を動かし、やがて。


 最果ての闇、黄泉の国の大地に、ぬるりと立ち上がったのだった。


――――


「食事は終わりかい?」

「……」


 身支度をした女の後ろから、軽いがねっとりとした男の声がする。女はそれを気にするでもなく、其処だけは綺麗に整えられた寝屋に身を横たえた。


「相変わらずつれないねぇ」


 やがて姿を現した声の主は長身痩躯、この場にそぐわぬほどの見事な金髪を惜しげもなく短く刈り込んだ男である。

 ニヤニヤといやらしい笑いを顔に貼り付けた男は、女に近づいた。立ち止まったのは小声が聞こえ、囁きが聞こえないくらいの距離である。


「……ヴァルハラが動いてるよ。キミが5人も黄泉醜女(でくのぼう)を派遣した、彼もね」

「そうかえ」

「おや、興味ないかい?」

「……」


 女はそれには応えず、どこともない方に目を向けている。


「死んだ時にはあれほど狂喜してデクを寄越したってのに。醜女の深情けとは言うけど、美女はやっぱり冷たいのかねぇ」


 おどけた口調でそう言う男を一瞥し、ゆるりと身体を起こした女は、それでもまだ虚ろに目を向けている。


「……生肉を用意いたせ」

「さっき食べていたじゃないか」

「あのような下賤の肉ではない。若い生娘の肉じゃ。2人もおればよい」


 言われた男は軽く肩をすくめた。


「今でも充分お綺麗ですよ? 伊邪那美(イザナミ)様……おっと」


 男が首を少し傾げる。傾げたところにきらりと光るものが通り過ぎた。

 それが、女が自らの髪に呪いを込めた投げ針であることは既に承知である。


「……こわいこわい」

「火急に用意いたせ。……わらわもゆく」

「……へぇ」


 男は眉を上げ、口端を歪ませた。


「承知いたしました、イザナミ様。可及的速やかに見繕ってまいりますよ。……この、ロキめがね」

「ふん……」


 ロキと自らを呼んだ男が去った後。

 イザナミは再び寝屋に戻り、起きたときと同じく、ゆるりと身体を横たえ、思索にふける。


「結城ハガネ、か」


 ぽそり、と呟き、イザナミはまた、赤黒い闇に溶ける様に眠りにつくのだった。

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