第11話 同棲からの八千人
俺がエインヘリヤルになってから、つまり死んだ日から1ヶ月。
現世では9月に入ったあたりか。
俺とアカネは、目の前に拡がる八千の軍勢を前に、満面の笑みを浮かべていた。
ここ1ヶ月で、俺は大分鍛えられた気がする。実戦はなかったものの、ヘイムダルには毎日ぶっ殺され、模擬戦では目の敵にされた。
最初の一週間、おれはヘイムダルとの一騎打ちを行った。
いきなり殺してはその日が無駄になるということで、殺されない程度になぶられ、その度に回復され、またなぶられる。日が沈む頃には必ずトドメを刺され、目覚めると翌日の朝だ。起きる度にアカネの膝枕だったのが気持ちいいやら申し訳ないやら。
次の週からはバディでの戦闘訓練が加わった。朝から昼過ぎまではヘイムダルと、午後はアカネと組んで、他のエインヘリヤル達との模擬戦に参加する。
日本支部所属のエインヘリヤルは八千人程いるらしいが、そこに味方は一人もいない。俺とアカネのコンビに、八千人が襲いかかってくる、超変則バトルロワイヤルである。ルールは、俺が死ぬか向こうが全滅、または時間切れになれば終了となる。
アカネは、強かった。
俺が死んだ日、アカネは5人の亡者を相手に
「ボクの今の実力なら、少ない数ではない」と言っていた。そこから考えると、いくら俺が増えたからといって、個々の力が亡者より強いエインヘリヤル、八千人を相手にするのは不可能だ。
が、彼女はそれを、平然とやってのけた。
ある朝死に返った時、俺はアカネに聞いてみた。もちろん膝枕である。
「なぁ、アカネってそこまで強かったっけ? 最初会った時は亡者5人に苦戦してたよな?」
「あーうん、えっとね、なんていうかね」
アカネはタハハと苦笑する。
「苦手、なんだよね」
「なにが?」
「防御」
「……へ?」
つまり、あの時は壁役がおらず、自分の身も守りながら立ち回らないといけなかったので、ほとんど自由に動けない状態だったらしい。
それが、おれという壁役を手に入れた途端、攻撃に専念できるようになったと。
「てことは、戦闘ド素人の俺に防御を丸投げして、攻撃オンリーの無双モードになってると」
「そそそ」
「そそそじゃねえよっ。危ねえだろ、お前は普通に怪我もすりゃ下手すれば死ぬんだぞ!?」
「え、だって」
アカネはきょとんとした顔をしている。
「守ってくれるんでしょ?」
「……そうだけど。だけど! おれはまだド素人だぞ!?」
「信じてるもん」
「いや……」
「それに」
アカネは俺の顔を手で挟み、優しい笑顔で言った。
「ハガネはもう、素人じゃないよ。……だって、あのヘイムダル様とずっと訓練してきてるじゃない。一応その日の訓練が終わるまで殺さずにいるけど、あの方がハガネにしてる攻撃を1発でも受けたら、他のエインヘリヤルなら即消滅コースだよ。それを今では、日に1回はラッシュを凌ぎきってるじゃない」
……まぁ、たしかに。
最近では、ヘイムダルのラッシュを凌ぐ位は出来るようになっている。
「けどまだ反撃までは出来てねえ。折角アカネに教えてもらった技を一度も出せてねえんだぜ」
するとアカネは、嬉しそうな笑顔を浮かべながら、
「それはさすがにまだ無理だよー。神々の攻撃に耐えるだけでもとんでもないことなのに、更に反撃なんて出来たら、間違いなく歴代エインヘリヤル最強だよ。……あの技はね、模擬戦で効果があるの。対集団戦闘向きだしね、あれ」
あ、そうだったのね。確かにやたら攻撃範囲が広い。その分決定打には欠ける気がするが……。
「トドメはもう持ってるでしょう? ヘイムダル様と最初に戦った時のアレ」
「パイルバンカー……そうか!」
「ね? それに、ボクと組んでるんだから。……ハガネがボクを守ってくれるのは嬉しいし、つい甘えたくなっちゃうけどさ。ボクのことも頼ってよ。ハガネはボクの盾で、ボクはハガネの矛なんだから。ね?」
「矛と盾か」
「うん。矛盾、だね。本当は辻褄が合わないって意味だけど」
俺は身体を起こし、アカネと向き合う。どちらからともなく、拳を相手の前に出す。
「俺たちなら、矛と盾は矛盾しない。だよな」
「うん!」
俺とアカネの拳が軽くぶつかり、拳を解いた指が絡み合った。
「これからしばらくは模擬戦は休んで、代わりにコンビネーションの練習しようよ。ヘイムダル様にも手伝ってもらってさ。完成したら、きっとボクたち最強のコンビだよ!」
――――
それからしばらく経った今日。
ここからが、俺たちの本当のスタートだ。
演習場は荒野。所々に巨大な岩があり、俺たちの背後には少し小高い丘がある。
眼の前には八千の軍勢。本来の模擬戦は。均等な2つの軍勢に分かれて戦う。
だが今、こっちは二人だけだ。
8000VS.2。
いいね。ぞくぞくする。
「ハガネ」
「おう」
掌を前に向け、意識を集中する。数秒とかからず、イージスが俺の手に収まる。アカネも自分の槍、蜻蛉切を作り出す。
「いくか」
「うん!」
アカネの、白銀にオレンジの入った鎧が陽の光に反射する。俺はと言えば、例のスカジャンにカーゴパンツ、ぶっちゃけ普段着だ。今は背中に、矛と盾を組み合わせたエンブレムが入っている。同じものは、アカネの鎧の巻きスカートにも入れてある。チームエンブレムってやつだ。
八千人が迫り来る。足の早いやつが特攻した勢いで刀を振り上げてくる。
狙いは……アカネか。
俺はアカネのすぐ前、相手との間に割り込んだ。
「おああああ!」
振り下ろす刀に合わせ、イージスを構える。そのまま待たず、こちらからイージスに刀を当て、弾き飛ばす。その間隙を縫い、アカネの蜻蛉切が相手のの喉笛を貫いた。
「一人で行くな! 相手はワルキューレだぞ!」
「あの新入りは無視していい、まずはワルキューレを撤退させろ!!」
エインヘリヤルたちが口々に叫ぶ。
「……あんなこと言ってる」
「言わせとけよ。……まだバラけてんな。ちょっと下がるぞ」
「りょーかいっ」
あいつらはまだ、俺の視界ギリギリに広がってる。
第一弾は……200ってとこか。もうちょいまとめたいところだ。
俺とアカネはさっきの体制のまま、後ろに下がる。
多分向こうには、俺たちが弱気に写ってるだろう。その証拠にあいつら、ほとんど何も考えずにアカネを狙いに来てる。
模擬戦には、正式な指揮官が存在しない。
実戦では神々が統率することになってはいるが、毎日の訓練に神々が付き合うことはなく、その能力に長けたエインヘリヤルが指揮を執ることになる。
だが、今この場においては。
よっぽど悔しいんだな。アカネの隣を、ぽっと出の俺に取られたのが。
全員が殺す気で前がかりに攻めてきやがる。
思うツボだ、馬鹿野郎。
俺は左腕に付けているイージスを右側に引き、右手で縁を掴む。シールドが青く輝き、周囲の空気がざわめき出す。
そして身体を畳み、相手に左肩を見せた体勢から。
「シールドォ!」
バックブローの要領で、一気に左腕を振り抜いた。
「インパクトォォォォ!!!!」
イージスが、空気を叩く。
その衝撃に耐えきれない空気がはじけ飛び、衝撃波となり拡がっていく。
拡がった衝撃波はそのまま、目前にまで迫りくる200人にヒットした。
「ぐっああああああっ!!」
お、耐えたやつもいるな。
でも甘え。
狙ってんぞ。
「はああああっ!!」
俺の後ろから。
最強の矛が。
「ツイスター・ドライブ!!」
アカネは蜻蛉切と共に引き貯めた力を、俺の肩越しに一気に解放する。
槍の穂先から発する竜巻のような奔流が、勢いを増しながら残った奴らに直撃した。
「ひ、ひけえええああぁがぁぁあああっ!!!!」
竜巻はそのまま、周囲の巨大な岩をも破壊し、その破片が、岩の陰に待機していた第二弾のエインヘリヤルに降り注ぐ。
「いくよっ、ハガネ!」
「おう!」
最前線は崩した。
後は一番奥にいる司令塔役まで、最短距離でたどり着けば勝負が決まる。
俺たちは、弾かれたように走り出した。





