第10話 ステゴロからの同棲
最初の一人を顔面崩壊で行動不能にした俺は、次の獲物を探す。
一番近いのは……最初に声を掛けてきたあいつか。
他にも数人いるが、動く様子はない。というよりアレか、付き合わされたクチだな。
「て、めぇ……」
「なんだおい、ビビってんすか? セーンパイ」
「ふ、ふざけんな! てめぇ本当に成り立てか!?」
「昨日来たばっかりだってあんたも知ってんだろ。……まぁ実戦はもう2回ほどやってるけどな」
そう。
最初の亡者は、こいつらよりも全然遅かった。個々の強さも、こいつらの方が多分ずっと強い。
でもあいつらは、正直こいつらと比べ物にならないくらい、怖かった。
怖いやつは、勝つ。
その答えを、俺は2回目、ヘイムダルとのタイマンで理解した。あの時、おれがやたらと好戦的だったのは、つまりは怖かったからだ。
「実戦だと……?」
「正直、最初にやったやつらより、あんたらの方がずっと強い。……けど、あんたらは怖くない」
「なにぃ!?」
「だってさ」
あーだめだ。こいつら完全に、俺に呑まれてる。
ナメてかかった結果、返り討ちに遭ったんだから、そりゃそうだろうけどな。
「あんたら、俺を殺す気ねえだろ?」
「!!」
「殺ったことがねえわけじゃねえよな。俺なんかと違って訓練重ねてきてんだからよ。でも、今はそのつもりがない。どうせあれだろ、新入りビビらせて失態晒させて、あわよくばアカネの隣から引きずり降ろそうと思ったんだろ?」
割とハッタリだったんだけど、どうも図星をついてたらしい。目が泳いでやがる。
思うに、こいつらは多分、実戦の経験がないんだと思う。
あのヘイムダルの様子じゃ、戦闘訓練は相当厳しいものみたいだが、そうはいっても訓練は訓練だ。
技術や戦術は学べても、それを使う気構え、気合いは実戦に出ないと育たない。
練習試合と公式戦の差だな。
「言っとくぜセンパイ。……俺はもう、敵と戦って、殺してるぞ」
「ぐっ……!」
お、ハッタリ決まったか。
まぁ正確には撤退したんだけどな。とはいえ向こうもこっちもやる気は満々だった。そして致命傷を受けて撤退した。じゃあもう殺した数に入れてもいいだろう。
死んで以来、自分の感覚が大分おかしくなっているのは理解してる。生前は喧嘩らしい喧嘩など、あのアカネを守った時くらいしかしたことはない。だから、どうしてその俺が、こんな殺伐とした思考を平然としているのか、自分でも分からなかった。
「この、ガキっ……!」
「どーするセンパイ。今なら油断しなきゃあんたのが強いぜきっと。さっきのトッポいにーちゃんも、実力ならおれより上だろ。……でもよ」
めんどくせえからもうこれで引いてくれ。
そんな気持ちで、目一杯の殺気を放つ。
「勝つのは、俺だ」
瞬きもせず、相手の目を見る。おれより少し背の高いそいつを、ちょっと見上げる格好になる。やつには、元から良くない俺の目つきが、更に悪くなって見えているだろう。
「くっ……」
じりじりとあとずさるセンパイ。そんなに警戒しなくても、追い込みかけたりはしねえよ。
「はい、そこまで」
それまで黙って見ていたアカネが、ぱん、と一つ手を打った。
「ごめんなさい。言わなかった私が悪いのだけど、私は彼が死ぬ前から、バディはこの人って決めてたの」
「な……」
「それに」
何かを言い出そうとするセンパイを遮るように、アカネは話を続けた。
「彼の序列は、私と組んだからじゃないわ。純粋に、魂が強いから。そして、それを私が見つけたから。それだけのこと」
「……」
「だけど、ごめんなさい。例え彼の序列が低くても、私は彼をバディとして選んでいたわ」
「なんで、そこまで……」
「私はね、生前の彼に告白したの」
センパイが呆然とした表情で立ち尽くす。
「だから、ごめんなさい」
――――
結局センパイたちは撤退した。
俺たちもその後すぐ、手をつないで帰路についた。
「そういえば、アカネ。ちょっと聞きたいんだけどさ」
「うん、なぁに?」
「おれが目を覚ました部屋は、俺の部屋なんだよな?」
「うん、そだよ?」
何をいまさら、とでも言いたげな表情で俺を見上げるアカネ。
「アカネはどこに住んでんの?」
「え?」
起きた時、俺はてっきり、アカネの部屋にいるのかと思っていた。和室だし、ちゃぶ台だし、なにより雰囲気が。
でも、あそこが俺の部屋だと言うのなら、アカネの部屋はどこにあるんだろうか。
「さっきの部屋だよ?」
「え、だって俺の部屋なんだろ?」
「うん、ハガネの部屋“でもある”よ?」
ん?
ドウイウコトデスカ?
「あれ、言ってなかったっけ?」
「……な、何をかな?」
「ワルキューレとバディになったエインヘリヤルは、同じ場所で生活するんだよ」
いやそれ初耳。
え、告白どころか同棲!?
おいおいおいおい、俺の人生、終わったところから確変始まっちゃってるんだけど!?
「マジか……」
「うん。……いや、かな。どうしても嫌なら変更することも出来るけど……」
「や、嫌ってことはないんだけど、こう……」
まぁシステム上そうなってるんだろうから、ヴァルハラ歴の長いアカネはそれほど抵抗なく言ってるんだろうけど……あ。
そうでもねえか。耳から首まで真っ赤になってるわ。
「無理、しないでね? ボクは嬉しいけど……」
「ばか、俺だって超嬉しいよ! でもちょっと照れくせえんだよ!」
「でもまぁ実際、便利なことも多いんだ。戦闘訓練はボクとヘイムダル様がやるじゃない?」
「そうだな。よろしくな」
「こちらこそ。……で、死ぬじゃない?」
いやそこ確定!? まぁそんな気はするけどさ!
「そうすると起きるの翌日じゃない」
「そうだったな」
「そのまま訓練出来るじゃない?」
スパルタか。
まぁでも、それくらいしないとアカネたちには追いつけそうもねえしな。
「なるほどな。そっちの方もよろしくな。手加減いらねえから」
「うん、そういうと思った」
つないだ手を解き、俺の腕を抱くようにして絡めるアカネ。
「明日からがんばろうね、ハガネ!」





