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【第2部・完結】男装獣師と妖獣ノエル  作者: 百門一新
第二部 ~第三騎士団の専属獣師になりました……~
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第二部終章 ラビ達の帰還(下)完

 ラビは、セドリック促されてすぐ、周りを見渡した。


 王宮前の広い通りを歩く人々は、帽子から覗く自分の金髪金目だけでなく、今は大きなノエルの存在もあって、以前より更によそよそしい。そのうえ全く見知らぬ人達である彼らが、わざわざ注意して教えてくれる事なんてあるのだろうか? 


 そう思っていたら、まるで心を読んだみたいに、セドリックがこう言ってきた。


「ここは王都ですから、大人と子供の対応は、きっちりと分けられているんです」

「そうなの?」

「そうです。マナーが違っていたら、絶対に指摘してきます」


 見つめ返してみたその表情は、あまり見ないくらいとても真剣だった。なんだか、やけに強い眼差しをして、彼は珍しく引かない様子でそう断言してくる。


 誰よりも優しいところがあるこの幼馴染は、もしかしたら自分がヒューガノーズ伯爵に困っていると思って、協力してくれようとしているのかもしれない。


 幼い頃から一緒に過ごしてきたから、ラビはセドリックが嘘をつくとも思えなくて、王都の人達は全員『話す時には相手の目を見るべきです』と、他人にも説くような者達なのだろうと解釈した。


 そうであるのなら、自分が『抱っこ』されたら指摘してくるだろう。セドリックだって、実際に抱き上げたら違和感を覚えて、抱き締め癖がある彼の父親の説得を手伝ってくれるかもしれない。


「試してみていいよ」


 そう考えたラビは、背の高いセドリックに向かって、両手を伸ばして愛想良く答えた。てっきり、ヒューガノーズ伯爵みたいに、ぎゅっとして持ち上げるのだろうと思っていたら、彼の腕が背中に回されてすぐ、流れるような自然な仕草で、軽々と片腕に抱き上げられていた。


 服越しに触れたところから、自分よりも高い体温が伝わってきた。背が高いせいか、足元がとても地面と離れているような気がする。


 片腕に抱き上げられたラビは、びっくりして見つめ返した。こちらを近い距離から、じっと見上げているセドリックの表情は、やはり真面目だった。


「ラビ」


 ようやく口を開いたかと思ったら、まるで何かを確認するみたいに、彼が少しだけ顔を近づけて名を呼んできた。何か質問でもあるか、続く言葉があるのだろうと推測して待ったけれど、彼は何も言ってこないでいる。


 ラビは不思議になって、セドリックの濃い藍色の瞳を見つめ返して、小首を傾げた。


「セド? どうしたの?」


 ふと、そういえば周りの反応はどうなんだろう、と思い出して、ラビは辺りに目を向けてみた。

 歩き続けている王都の人達は、ほとんどこちらを見ていなかった。チラリと目を向ける人もいたが、まるで普通で当たり前の事みたいに、特に違和感を覚えている様子もなく視線を外して歩き去ってしまう。



「――ああ、ほら。やっぱり子供に見えているんですよ。だから、どこでも俺がラビをこうして抱き上げるのも、何も問題ないんだ」



 どこが自身にそう言い聞かせるような、セドリックの声が聞こえた。


 視線を戻すと、どこか吹っ切れたみたいに、力強い眼差しをしている彼がいた。よく分からなくて「それ、どういうこと?」と尋ねてみたら、彼が強気な様子のまま言葉を続けた。


「大人同士だったら『抱っこ』するのも、きっと恥ずかしくて出来ないと思います。でも俺は、実際にこうして普通に抱き上げています。ラビだって、緊張していませんよね?」

「うん? まぁ、そうだね」


 強く確認されて、ラビは思い返しながらそう答えた。幼い頃からずっと一緒で、ホノワ村の屋敷で一緒にいた時は、届かない位置にある物を取ろうとして抱き上げてもらったり、体術の特訓でもよく彼に絞め技をかけて負かしていたから、何度もあったこの距離感に、違和感は覚えないでいたのだ。


 片腕に抱き上げられている姿勢は、普段ヒューガノーズ伯爵がやっている『抱擁』とは違う。ぎゅっと抱き締められているわけではないから、密着感は強くない。ラビは、その違いに気付かないでいた。


 信頼しきって許している距離に留まっているせいで、緊張感もないでいる。それを分かって、セドリックが試しにこの距離感の『抱っこ』をしたのだとは、思いもしていなかった。


「やってみて分かりましたが、俺は恥ずかしいとは感じていませんし、父と同じくまた『抱っこ』したいと感じています。きっと膝の上に座らせるのも平気だと思います」

「は? 待って、それ、つまりどういうこと?」

「つまり、試してみて分かった事は、俺は父に同意だという事です」

「えぇぇッ、まさかの伯爵と同意見!?」


 てっきり、子供じゃないからやっぱり変ですよね、とこちらの意見に賛成してくれると思っていたのに、ヒューガノーズ伯爵の意見を支持する結果には、驚きを隠せなかった。今しばらくは、この子供扱いをされろという事だろうか?


「待って待って、オレは十七歳だよ? それなのに、セドはまた『抱っこ』したいとか思うわけ!?」

「思います。そして、します」

「なんでここに来て、これからやっていく宣言してくんの!? おかしいよ、オレ何も許可してないからッ」


 というか、誰も指摘してこないし、注意してくる気配すら微塵にもないのだが。


 まるで父親のヒューガノーズ伯爵みたいに話が通じなくて、ラビは焦って辺りの様子に目を走らせた。しかし、近くを通り過ぎていった貴族らしき男女も、抱き上げられているこちらの様子には、全く違和感を覚えていないようだった。


 ラビは、改めて周囲の様子を確認したところで、ヒューガノーズ伯爵への説得策が潰えてしまった事を悟って項垂れた。そのうえ、幼馴染にもしばらく子供扱いしてくると言われるとか、一体どうしてこうなってしまったんだろう。


 恐らくは、外見の身体的な差が、問題のような気もしてきた。


 なんで自分の身長は、あまり伸びてくれないでいるのだろうか。その成長の遅さゆえに、胸もジャケットで隠れてしまうくらい小さいのだけれど、そんな事はどうでもいいから、逞しい骨格と背丈が欲しいと思った。


 そうであったのなら、もう『子供扱い』で『抱っこ』してくるのも、終わってくれていたのかもしれない。


「やっぱりセドがバカデカいせいで、俺が子供みたいに見えて、誰も何も指摘してこないのかなぁ……」

「さぁ、どうでしょうかね」


 ずっと愛称を呼ばれていたセドリックは、つい笑みをこぼして、苦手意識や緊張を覚えられる前にそっと下ろした。


 その声は、先程よりも機嫌が良さそうである。そう察したラビは、地面に下りてすぐ、むっとした表情を浮かべた。


「オレが子供に見えるのが、そんなに嬉しいわけ?」

「俺がそう見えているわけじゃないですよ。周りの人が、勝手にそう受け取っているだけです」


 セドリックが、兄の面影が見える、美麗で落ち着いた笑顔で言った。


 普段は弟みたいな幼馴染なのに、ここにきて年上らしい余裕のある態度をしれっと取られて、ラビはカチンときた。


「オレは十七歳だし、子供じゃないッ」


 思わず足を踏みつけてやろうとしたら、彼が馬車に向かい出しながら、あっさり避けてしまって余計に悔しくなった。


 その時、馬車からジンが顔を出して、「副隊長、何してんですか。もう行きますよ」と言ってきた。セドリックがそれに手で応えて、それから肩越しにラビを振り返り、少し申し訳なさそうにして笑った。


「すみません、ちょっと意地悪な事を言ってしまいました。どうか怒らないでください。明後日、どうにか時間を作って、俺が迎えに来ますから」

「チェンジ! 他の人で!」

「えぇぇぇ、チェンジって……そんな寂しいこと言わないでください」


 途端にいつもの弱った表情を浮かべて、セドリックがそう言う。


 けれどラビは、負けず嫌いに火が付いていたから、そんな彼にしてやられたのだと思ったらプチリと切れていた。後先考えず、王宮沿いの塀越しに並べてあった中型の植木鉢を持ち上げる。


「セドの馬鹿! さっさと行けったらッ」

「うわっ、ちょ、待ってくださいッ」


 それを見たセドリックが、慌てて逃げ出した。その直後、彼女の手から植木鉢が思いきり放たれて、馬車から大きく顔を覗かせて「何やってんだ?」と様子を窺ったジンの顎鬚に、見事直撃した。


 悶絶する呻き声を上げて、ジンが馬車の外に崩れ落ちる。それをバッチリ見届けたノエルが、『……どんまい』と呟いた。


             ※※※


 セドリックに腹が立ったラビは、自由にノエルとお喋りも出来ないうえ、じろじろと集まる王都市民の視線の中にいたくなくて、王都暮らしのために借りたアパートメントタイプの宿に、真っ直ぐ向かった。


 初日に一泊した以来、換気もされていないから、きっと埃か湿気臭い空気が溜まってしまっているのだろう。目的地に近くなった時にそう想像してしまい、人の気配のしない建物の階段を上がる頃には、足が重くなってしまっていた。


 建物の前で実体化を解いたようで、一階フロアにいた受け付けの中年男も数人の客達も、ノエルを目で追ってくる事はなかった。宿の門をくぐってから、視線を集める事もなく悠々と歩いていた彼が、チラリとラビへ目を向ける。


『どうした? 今になって、疲れがドッときた感じか?』

「うん、多分そうみたい。…………セドには、明後日きっちりやり返す」


 ラビの続いた低い独り言を耳にして、ノエルは『うーん、やっぱ珍しくキレイに一本取られたのが、悔し過ぎたのか』と、困ったよう様子で耳を右側へ傾けた。


「それにさ、住み慣れていない部屋に戻って、そこがじめじめとしていて、むわっとしているんだろうなって考えたら、余計に疲労を覚えるというか」

『あ~……まぁ、シーツは少し風にあてた方がいいかもな。俺も手伝うから、な?』

「…………うん。弱音を吐いてごめんね、ノエル」

『仕方ないさ。慣れない土地での暮らし始めは、疲れも増して感じるもんだ』


 ノエルがそう言って、気遣うように笑った。


 しばらく歩いた後、ラビは借りた部屋の扉の前で足を止めた。さぞ埃臭い空気で満ちているのだろうと予想しながら、溜息をこらえて鍵を回した。


 扉を開けた途端、何故か爽やかな風が頬を打った。びっくりして手狭な室内を見渡すと、窓は全開にされていて、吹き抜ける風にカーテンが心地よさそうに揺れている。


 寝具一式も、張られたロープに引っ掛けられて干されていた。床は、まるで掃除したばかりのようにキレイで、埃一つない。


「…………一体、何がどうなってんの?」


 思わず、呆気に取られて呟いた。ノエルが『ひとまず入ろう』と言ってきたので、ラビは遅れて部屋の扉を閉め、それから再び室内の様子を見渡した。


「いちおう、ここって住居じゃなくて宿だし、オレらが離れている間に、誰かが勝手に使っているとか……?」

『直近で人間が出入りした匂いはしないな』


 ノエルが鼻先を動かして、慎重に足を進め始め、ラビもそっと後に続いた。


 その時、一つの物音が上がった。警戒して咄嗟に振り返ると、浴室からふわふわと宙を飛んでくる灰色の仔猫の姿があった。


 それは、ザイアース遺跡の地下で出会った、妖獣のトーリだった。彼がこちらに気付いて、大きな金緑の瞳を向けてすぐ『よっ』と片手を上げてきた。


『俺のところを担当していた妖獣師がさ、もし呼び出された後にでも外に行きたくなったら使ってくれって、こっそり出入り口を固定する術を仕掛けていったんだ。俺、あんたのこと気に入ったし、試しにやってみたら上手く行ったから、今日からちょいちょい顔を見に来る事にしたぜ。よろしくな!』


 そう言ったトーリが、腰に手をあてて誇らしげに胸を張った。神殿でも雑用係りをやった経験があったので、ついでに部屋も掃除しておいた、と自信たっぷりに告げてくる。


 褒めてくれても全然構わない。それから、自分は紅茶が大好きなので今すぐ飲みたいのだが、この部屋にはないのか、と自由猫っぷりを発揮して次々に言ってくるトーリを見て、ノエルが煩そうに前足で顔を押さえた。


『また猫かよ。これ、そのまま居座るんじゃねぇだろうな……』

『何度も言っているがッ、俺は猫じゃねぇよ! ボコボコにしてやっから表に出ろ犬野郎め!』


 途端にトーリが毛を逆立てて吠え、犬呼ばわりされたノエルが『俺は犬じゃねぇ狼だ!』と吠え返して、二匹の口喧嘩が始まった。


 もう一度会えたのは嬉しいけれど、これ、どうしよう。


 ラビは、他の人には見えない黒大狼と、浮いた灰色の仔猫の激しく続く言い合いを前に、しばし思考ごと停止してしまって「ええぇぇぇぇ……」と声をこぼした。




 その頃、王都にある第三騎士団の支部にて、隊長のグリセン・ハイマーズが、調査任務からようやく帰還したセドリック一向の報告を受けていた。


 グリセンは、時系列に沿って簡潔に並び立てられた内容を聞くごとに、顔色を悪くしていった。そして、ラビが大蛇の口に突っ込んでいった、という下りで激しい胃痛に襲われて、崩れ落ちた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] キャラが生きてる感じがします! [気になる点] この先が気になる…! [一言] 獣騎士団のほうの執筆でお忙しいことと思いますが、この作品もとても楽しみにしています。ぜひ続きをお願いします!…
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