37話 阿瑠賀放至を求めて3
《陽炎》
神奈川湊の民家に一日泊めていただき、北条氏康が居城・小田原城へと向かう。謀将として名高い男である、一筋縄ではいくまい。南風原の持っている琉球王国との通商権を何とか使い、味方にする。それが出来なければ道半ばで死ぬというとこか。我が君の願う、小田氏による天下統一のためにもそれは避けなければならないのだ。
「なあなあ」
「どうした?」
出立してから数刻、南風原が疑問の声を上げた。
「俺たちが合いに行くっていう北条殿っていうんはどういう人かわかる?」
「少なくとも、相当度胸のある知恵を兼ね備えた曲者だろうよ」
北条相模守氏康。国盗りの伊勢宗瑞(北条早雲(1432~1519年)のこと。)の孫であることからわかるように頭が切れる。先の河越城攻略や国府台の戦いでも格上を破り勢力を拡大する正しく群雄割拠のこの時代においても頭一つ抜きんでた人物であることがうかがえる。
「頭がいいっていうと不利になるさー…。俺もそこまで頭がいいわけじゃあないし、謀とかには弱いし」
「安心しろ、俺が付いている。ただ、問題があるとすればこの策が土壇場で思いついたその場しのぎにしかならないかもしれない物であるということか。」
「えー、余計心配になること言うなよー…。」
軽口をたたきながら俺たちは指令を果たすため1歩、また1歩と歩を進める。
《天羽源》
陽炎達が旅立って2週間、不安の気持ちが波になって押し寄せ始めた。1ヶ月くらいしか一緒にいなかったのに、この時代で出会った人のことを大切に思ってたんだなと気づかされる。
そこでたまたま庭先で槍の鍛錬をしていたとんぼを呼ぶ。
「なあ、とんぼ?」
槍を振る鍛錬をやめ、こちらに駆け寄ってくる。その息は全然乱れていない。
「なんだい、源」
「思い出したんだけど陽炎って甲賀の抜け忍って言ってたよな?」
今しがた思い出したと言わんばかリに間を作りながら、
「あーーーー、、、、そうだったかもしんないねぇ」
と返事をする。とんぼは智将というべき者というよりも、もともと農民の出ということもあり、学が無い側の人間だ。この質問をする相手には向かなかったかもな、と思いつつも
源自身、先ほど思い出したのだが、甲賀ではないものの伊賀の里には里抜けの忍は追って処罰するという風習があると聞く。それがもし甲賀の里にもあったとするならば、彼を西国方面に送ったのは間違いではなかったのだろうか、と考えてしまったのであった。
「我が君!」
ふと、今待ち望んでいた者の声が聞こえた気がした。
「源―!」
また聞こえた。今度は先ほどの声ではないものの確かに聞き覚えのある声。そして、もっと近くからだ。間違いない、2週間近く前に送り出した2人の声だ。
「2人とも、大丈夫だったか!」
泥まみれになりながらも、館に走り込んできた2人を迎える。2人とも息が荒い。相当長い時間走ってきたのだろう。
「とんぼ、水を持ってきてやれ!」
「了解!」
とんぼが持ってきた水を飲み、息を整えた陽炎が帰ってっ来た理由を述べる。その内容は、これからの小田家の命運を分ける一世一代の好機ともとれる内容であった。




