第1話 目覚めたら知らない森だった
――午前二時半。
今日も今日とて俺は大好きなゲーム、DRAGON'S REQUIEM (通称:ドラレク) をやっていた。
「今日中にこいつの素材集めきって防具だけは作っとかないと...」
睡魔で重くなった瞼が降りてこようとするのを必死に堪えながら呟く。
目の前のPCのモニターの中では、巨大な黒龍が唸り声を上げていた。
俺は椅子の背もたれに体を預けながら、PCに繋げたコントローラーを握り直す。
「これで終わりだッ…!」
画面の中のキャラクターが黒龍の頭に剣を突き刺す。その瞬間、黒龍が倒れクエストクリアの演出が画面いっぱいに広がった。
「ふぅ、さすがにこれで素材も揃うだろ」
黒龍の素材から作れる防具を作るため、この黒龍討伐クエストを何周もしていた。
時計を見ると、もう深夜だった。
明日も仕事がある。そろそろ寝なければ。
そう思いながらも、俺はクエストの報酬画面から目を離せなかった。
報酬画面には求めていた希少素材の黒龍の宝玉がドロップしていたからだ。
「よっしゃ!これで安心して眠りにつけるってもんだ」
何日もかけて集めた素材がやっと揃った、これでやっと最強装備が作れると思うと達成感が半端なかった。
「とりあえず装備一式だけ作って寝るかな」
鍛冶屋に行き手に入れたばかりの黒龍の素材で防具を作る。
その一式装備をした自身のキャラクターを見て思わず声が漏れる。
「うおぉ、黒龍装備かっけぇ」
とりあえずこれで手動セーブっと。
装備を作り安心したのか重たい瞼を抑えきれなくなった。
ベッドに行く気力もないな。
椅子の背もたれに体重を預け、ゆっくりと瞼を閉じる。
ハハ、ぶっ通しでやってたから数秒で夢の中にいけそうだ。
こういう時の眠りに落ちる感覚って気持ちいいよなぁ...。
そんなどうでもいいことを考えながら眠りに落ちるのだった。
――――――――――――――――――――――――――
頬に触れるに秋風のような気持ちいい感触と木の葉が揺れる音で意識が浮かび上がった。
「...ふあぁ」
欠伸をしながら目を開ける。
そして目の前に広がっていたのは、見覚えのない木々と、その隙間から差し込む日の光だった。
「...森?」
状況が把握できず思わず見れば分かるようなことを呟く。
どういうことだ?俺は昨日ゲームをした後いつものように眠りについたはずだ。
うん、記憶はそこまでだな。
そこで記憶が途切れて、気が付けばこの状況...。
つまりこれはアレか?
「転生ってやつか?」
いやいや、まさかそんな漫画やアニメじゃあるまいし。
そんなことが起こるわけ...。
夢だと思いたいが肌に触れるこの気持ちのいい風も、温かい日の光も鳥のさえずりもどれも現実のものとしか思えない感触だ。
だとすると、考えられる可能性は...。
「夢遊でもしてここまで来て眠っちまったか?」
いやそれはないな。今まで一度もそんなことは無いし。
となるとやっぱり...。
いや、あれこれ考えても仕方ないな。
今はとりあえずこの森から抜け出さないと。
幸いにも近くに川が流れる音がする。
手始めにそっちに行ってみるべきだろうな。
「そうと決まればとりあえず行くか」
川の音を頼りに、木々の間を歩いていく。
幸い、足場はそこまで悪くない。時折、地面から伸びた木の根に躓きそうになりながらも、俺は川の水の音のする方へと進んでいった。
それにしても、随分と自然豊かな場所だな。
周囲を見渡せば、見上げるほどに大きな木々が立ち並び、頭上では鳥たちが気持ちよさそうに鳴いている。
まるで俺がやっていたゲームのステージの一つの古代林だな。
こんな場所、近所の山どころか日本のどこかにだってあるのか怪しい。
ここが本当に異世界だってんなら納得できるが。
そんなことを考えながら歩いていると、やがて木々の向こうに川が見えてきた。
「とりあえず川には着いたな」
川幅はそこまで広くなく、水深も浅そうだ。底にある石まで見えるほど水が澄んでいる。
こんな綺麗な川見たことないぞ。
とりあえず顔でも洗って落ち着くか。
俺はひとまず川辺にしゃがみ込み、水面を覗き込んだ。
「...は?」
そこには、見知らぬ男の顔が映っていた。
いや、正確には俺はこの男の顔を知っている。
ウルフカットのような短いブロンドの髪に青い瞳、整った顔立ち。年齢は二十代半ばくらいか。かなりのイケメンである。
そう、この男の顔は俺がよくやっていたゲームで作った自分のキャラであり長年共に歩んで来た相棒だ。
...いやいやいや。
ちょっと待てーい。
「誰このイケメン」
頭では自分だと分かってはいるがこの状況に思わず漏れる声。
俺はお世辞にもイケメンとは言えない顔だったはずだ。
それが今は自分で作ったイケメンキャラの顔?
くそっ、どうなってる。
思わず顔を上げる。
当然、目の前には誰もいない。
もう一度、水面を覗き込む。
そこには、先ほどと同じ顔が映っていた。
頬に触れる。水面の男も頬に手を当てる。
手を振ってみる。水面の男も同じように手を振った。
...うん。間違いなく俺の動きと連動している。
ということは、これが今の俺の顔ってことか?
「マジかよ、転生説が濃厚になってきたな...。」
混乱する頭を落ち着かせようと、付けている籠手を外し川の水で顔を洗う。
俺が何時間もかけて顔のパーツを調整し、納得がいくまで作り込んだキャラクター。
その顔が、目の前の水面に映っている。
次に自分の体を確認してみる。
着ている服は、寝落ちする前に着ていた部屋着ではない。
下には生成り色のシャツに前腕には黒褐色の革製の籠手、肩から胸のあたりまでは革製の胴鎧にそこから下は灰色の厚手の布が膝下あたりまで伸びている。
そして、背中には上等な見た目の一本の剣が鞘に収まっていた。
...剣?
いやいや、なんで剣なんて持ってんすか俺。捕まっちゃうよ。
恐る恐る鞘から抜いてみる。背中にある剣を抜く動作やりづらいな。
抜くとキーンという音からして上等な剣だと分かるいい音がした。
刀身には文字が彫られており、その文字が青く光っていた。
「っ...」
思わず言葉を失う。
そう、この剣も装備の見た目も見覚えもあったからだ。
――これは、別のゲームの装備のはずだ。
これは別ゲー、Revivalの装備だ。間違いない。こんな装備ドラレクの世界には無かった。
そしてこの剣の文字が光っているのはおそらくルーン石だ。
鍛冶屋に頼みはめ込むことで各ルーン石が対応する効果を発揮するというものだ。
「めちゃくちゃ綺麗だな...」
そんなことを言っている場合ではないのは分かっているが剣があまりにも綺麗すぎて俺はしばらく剣を見つめていた。
そしてふと我に返り、思いつく。
この装備のゲームの主人公は身体能力も剣の腕も相当なものだったはずだ。
そして簡単なものではあるがいくつかの魔法も使えたはずだ。
なら今ここで試してみるべきだな。
外していた籠手を装備しなおし立ち上がる。
鞘から抜いて持っていた剣をしっかり握りなおしリバイバルの主人公の姿を思い出しそれっぽく構えてみる。
なんだか、初めてじゃないみたいにしっくりくる。
リバイバルの主人公が振っていたように剣を振ってみる。
ブンッ、ブンッ、ブンッ
これは... やばいッ!なんだこれは...!
体が自分の物じゃないみたいに軽々と動く。しかも速い。
しかも空気を切るだけで微かにキーンという音がするぞこの剣。
これは楽しいぞ!
よし、じゃあ次は魔法だ。体がここまで動かせるなら魔法も使えるはずだ。
まずは周りに被害が出ないものにしてみよう。
左手を前に出し口に出すのは恥ずかしいので心の中で唱えてみる。
――《オルビス》 自分の周りを丸いバリアが覆う防御魔法だ。
が、何も起こらない。
ん?何か間違ってるのか。リバイバルの主人公と同じようにやってみたんだけど。
口に出して唱える必要があるのか?
――《オルビス》今度は口に出して唱えてみた。
が、何も起こらない。なんでだ。
魔法で思い当たることといえば、あとはイメージか?
こういうのはイメージが大事ってよくいうしな。
今度は自分の周りに丸い球体状のバリアが出来る様をイメージする。
すると体の中心から何かアツイものが流れ出てくるのを感じた。
そして次の瞬間―――
ブォンッ
聞いたことのない重たい音とともに自分の周りに球体状のバリアが出来ていた。
やった。成功だ。
やっぱり魔法はイメージが大事なのか。少なくとも、俺の場合はそうみたいだ。
そしてさっき感じたアツイもの。あれはたぶん魔力ってやつだ。
俺にも魔法が使える。ゲーマー心がくすぐられる!最高じゃないか!
よし、他の4つの魔法も試すか
次は《イグニス》だ。火魔法だから生活にも使えるか確認したいしな。さっきと同じように左手を前に出し炎が出る様をイメージする。
するとまた体の中心から魔力が溢れてくるのを感じ、その魔力が突き出した左手に流れていくのを感じた。
ブゥオアァッ
左手からとてつもない火力の火柱が前方に向けて放たれる。
「うおあぁっ!?」
なんだこの火力は!?
しかもかなりの火力なのに左手は不思議と熱くないのがまたなんとも...。
「これは普段使いするにはちょっと訓練が必要だな...。」
次は《フロスト》だ。《イグニス》の時と同じようにイメージすると左手から氷... ではなく、寒波が放たれた。川の水が見る見るうちに凍っていく。
「《フロスト》も大概だな...。」
凍った川の氷を足で割ってみる。
バリッ
なかなかの威力だったがさすがに下までは凍ってないようだ。
けどこの威力なら充分使えるな。
最後は《インパクト》だ。
イメージ、そして放出。
ブフゥオォンッ
心臓に響くような音とともに左手から突風が吹きだす。
川の表面の凍ってた氷がバリバリと割れ打ち上げられた。
《インパクト》の威力もやばいな...。
油断してたから反動で自分が後ろに倒れそうになったくらいだ。
―――残り一つの魔法、人の精神を操りある程度行動を操れる《ドミナス》は一人だと出来ないので保留。これはまぁ、面倒な奴に絡まれたときにでも使うとしよう。
こんなことをしている場合ではなかった。
いや、自身の戦闘能力や魔法のことが分かったし無駄ではなかったんだけどさ。
まずは村か街を見つけるために歩かないと。
そして川に沿って歩き始める。
俺は歩きながら考えた。信じがたいが認めるしかないみたいだ。
この顔、体、そして背中にある剣も。
ゲームの中で俺が使っていたキャラクター、そのものだ。
そして
「転生させるなら説明ぐらいしてくれよおぉー!!!」
ずっと思っていた気持ちを空に向かって叫んだ。
まぁ、俺を転生させた神的な存在が居るのかさえ分かんないけど。
こういう場合は大抵いるから勝手にいると思ってるだけだけど。
いやもしほんとにいるなら文句の一つでも言ってやりたい。
なんの説明もなしに森の中に放り出して丸投げって... ないわ~。
その代わりのこの能力なのかもしれないけど。
ぶつくさと独り言を言いながらひたすら川に沿って歩いていると視界が開けてきた。
そこは一面が平野な緑が綺麗な景色だった。森を抜けたようだ。
そして、まだ遠いが街らしきものが見える。
よかった。この近くにも街はあったみたいだ。
とりあえずは安心だ。これで一面荒野だったらどうしようかと思ったわ。
けど異世界ものだとよくあるのが、街に入る時に身分証や通行証、もしくは通行料を払わなきゃいけないってのがお決まりのパターンだよな...。
この身一つで森に投げ出された俺は身分証どころかお金すら持ってないぞ...。
上等な鎧に剣を背負った大男って既に見た目が怪しいのにそんなやつがお金持ってないって分かったら街に入る前に面倒ごとに巻き込まれるんじゃ...。
せめて多少のお金ぐらいは持たせてくれよなぁ。
まぁここで色々と想定してても仕方ないか。
とりあえず、目指すべき街は見つかった。
問題は、街に入れるかどうかだ。
...頼むから門番に追い返されるような展開だけは勘弁してくれよ。
――重い足取りで遠くに見える街に向かう俺であった。




