穴の中で
上から見た時、穴は瘴気で覆われていて中の様子は見えませんでしたが、こうして入ってみれば、なかなか深さがある事が分かりました。
浄化をしながら、ずずっと滑るようにゆっくりと下へ降りて行きます。
今更ではありますが、ロープとかあったら良かったですね。
次から浄化の仕事へ向かう際には用意しましょう。
……それにしても、やはり浄化の効きが悪い。
一度、ぎゅっと固められて、見えない血管などが混ざり合い複雑になったこのタイプの瘴気には、強い浄化の力が必要ですから。
私の浄化の力が、もっと強かったらな……。
『もしも』を考えたところでどうにもならないんですけどね。
先ほどのパメラさんの言葉が、今も耳の奥で響いているからかもしれません。
――そんな事を考えていた時、かすかな呻き声が聞こえました。
はっとして声がした場所を探します。
するとリーフさんがパメラさんの下敷きになる形で倒れているのを発見しました。恐らく落下の際にパメラさんを庇ったのでしょう。
「リーフさん、パメラさん!」
駆け寄って二人の様子を確認します。
パメラさんは手の甲や膝に擦り傷が出来ていますが、大きな外傷は見られませんでした。
けれどリーフさんは、左側の肩から腕にかけて服が酷く割け、べっとりと赤色に染まっています。見れば流れた血が地面に染みて変色していました。
恐らく瘴気も吸っているのではないでしょうか。
ひくっと、私の身体があまりよろしくない意味で震えました。
「……落ち着きましょう」
バクバクと鳴る胸に手を当てて、私は自分自身に言い聞かせます。
まずするべき事は周辺の瘴気を浄化して安全圏を確保。
それから助けが来るまでそれを維持しつつ可能な限りの応急処置。
リーフさんとパメラさんの身体を移動させつつ優先順序を組みたて、私は瘴気の浄化を再開しました。
「……ん?」
そうしていると頭にポタンと水が落ちました。
――雨です。
まだパラパラと降っているくらいですが、酷くなる前に持って来た魔術具を使った方が良いかもしれません。
そう考えて、私は鞄から雨と風を防ぐ魔術具を取り出しました。
手のひらに乗るくらいの魔術具の小箱——名称を『レーゲンシルム』と言います。
これを地面に置いて操作すると、魔術具を中心に半透明な四角形の魔術障壁が展開されました。
大きさ的には大人が三人寝転ぶと少し狭いくらい。
とりあえず周囲の土砂が崩れたりしなければ、これでしばらくは何とかなるでしょう。
そうしていると、リーフさんの身体が少し動きました。
「……っ」
「っ、リーフさん!」
呼びかけると、リーフさんの目が薄っすらと開きます。
そのまま彼の目がぼんやりと目が動き、ややあって視線が合いました。
彼はぼうっと「ミモザ様……?」と呟き、僅かな間の後ではっと目を見開きました。
「ミモザ様、何故ここに……」
リーフさんがそう言いました。その声にはあまり力が感じられませんが、一応、話は出来るようです。その事にホッとしつつ、
「助けに来たからですよ」
と答えると、
「危ない、ですよ……」
なんて返ってきました。
「来てしまいましたし。それにあなたに死なれると困るんですよ」
「ご自分もですよ……」
「んっふふ。それはどうも! でもね、直ぐにヴェルデの皆さんが救助に来てくれると思いますので大丈夫ですよ」
困った様子のリーフさんに、私は出来るだけ明るくそう言います。
暗い表情や声をしていると不安になりますからね。
そんな話をしている間に、魔術障壁に当たる雨の量が増え始めました。
穴の底にいるので土砂降りになるとまずいな、と思いつつ私は浄化を続けます。
「雨……」
ぽつりとリーフさんが呟きました。
「……ミモザ様は、どうして天候が悪くなるとお分かりになったのですか?」
「瘴気の抜け道の時と同じですよ。天候が荒れる前に空を漂う瘴気が動くので、それで予想したんです。瘴気がないと出来ないんですけどね」
「…………」
私がそう答えるとリーフさんは目を丸くしました。
「ミモザ様……すごいですね」
「私よりもリーフさんの方がすごいですよ。パメラさん、よくあのくらいの怪我で済んだと思いました」
「いえ、咄嗟だったので。自分はこのざまですが……」
「かっこいいですね。怪我はだいぶ心配ですけれど」
「か、からかわないでください」
リーフさんは少しだけ顔を赤くして、視線を彷徨わせました。
「からかってはいませんよ。本心です」
「うう……」
さらに顔が赤くなって顔を逸らされてしまいました。
……ちょっとは気分転換出来ましたかね?
そんな事を思いながら私は指を動かしました。指先から浄化の光がキラキラと空中を舞います。
ひとまず魔術障壁周りの瘴気は減って来ましたね。
発生地点を浄化しなければ瘴気の噴出は止まりませんが、呼吸はしやすくなっていると思います。
「さて、リーフさんの応急処置をしましょう。多少は心得があるんですよ、これでもね!」
「ミモザ様は色々出来るのですね」
「意外でしょう? 学ぶ時間はたくさんありましたからね! 何事も勉強してみるものです」
ふふ、と笑って見せると、
「あなたはいつも前向きでらっしゃる」
リーフさんはそう言ってふわっと微笑みました。




