意外と根性はありそうです
「まったく、何故僕がこんな目に……」
お兄様が帰った後。
元気を取り戻したらしいネイサンさんは、開口一番にそう言いました。
薄茶の前髪を不機嫌そうにかきあげて、ぶつぶつと文句を言っているネイサンさん。
それを見かねてリーフさんが、
「自分のせいだろう。他人の騎竜に強引に乗るだなんて、キルシュ様に対しても騎竜に対しても、無礼にもほどがある」
と呆れ顔でそう言いました。
それを聞いたとたんにネイサンさんは、ムッとした顔になります。
「無礼だって? 一体誰に向かってそんな口を利いているんだ?」
「誰にも何も……君しかいないだろう? それに言われなければ分からないだろう」
「ハッ! 必要ないね、あいにくと僕は空気を読むのは得意さ!」
まことに?
思わず出かけたツッコミをぐっと飲み込みました。
「……得意?」
するとリーフさんが呆然とした様子で呟きます。
代わりに言っていただけてありがたい。
まぁ、それはともかくです。
この人、お兄様がいなくなったとたんに、態度が一気に悪くなりましたね。
大方リーフさんの前ではいつもこういう感じだったのでしょう。
確かお歳もリーフさんと同じ十八歳だったはず。
同い年の同じ立場と言う事で、敵視やライバル視をしているのかもしれませんね。
「とにかくセッピア領までの馬車を手配するから、大人しく待っていてくれ」
「…………」
リーフさんの言葉に、ネイサンさんは不快そうに顔を顰めます。
お世話になる相手にもこの態度です。さすにがちょっと注意をした方が良いでしょう。
「ネイサンさん。表情すら取り繕えないようでは、キルシュお兄様に呆れられますよ」
とりあえずそう言ってみると、ネイサンさんは、はっと目を見開いて私の方へ顔を向けました。
「……これは失礼しました、ミモザ様。まったく気付いておりませんでした」
そしてネイサンさんはなかなか嫌な笑みを浮かべます。
あ、これは普通に馬鹿にされていますね。
私の陰口を言っている方々から、時々向けられる表情です!
「…………ネイサン」
その瞬間、リーフさんからとんでもなく低い声が聞こえました。
顔を向けるとリーフさんが、いつぞや見た悪鬼の形相で、腰に提げた剣の柄に手を添えていました。まっずい!
こういう時は注意を引きつつ話題を変えるのが一番です。
「ところでリーフさん! 馬車の手配が終わったら浄化の仕事を再開したいのですが!」
私がそう言うとリーフさんは動きを止め、こちらへ顔を向けました。
「承知いたしました、ミモザ様! 直ぐに準備をいたします!」
「よろしくお願いします」
内心冷や汗をかきつつ、私はにっこりと笑っておきます。
……セーフ。どうやら何とか上手く止められたようです。
お兄様やお姉様でも似たような事があるので、その時の経験が役に立ちましたね。
「…………ひえ」
ネイサンさんが再び青い顔で、悲鳴のような声を小さくあげていました。
これまでにリーフさんから、あのレベルの殺気を向けられた事なんて、一度もなかったからでしょう。
それにしても空気を読むのが得意だなんて、どの口が言えたのか……。
「馬車の手配が済むまでは、また叔父に相手を頼みましょう」
「それが良さそうですね」
ソイルさんには申し訳ないのですが、一番適役だと思います。
そんな話をしていると、
「ま、待ってください!」
ネイサンさんが声を上げました。
「何ですか?」
「じょ、浄化へ行くならば……僕も連れて行っていただけませんか?」
「はい?」
「何故?」
私とリーフさんが同時に首を傾げました。
「み、ミモザ様の頑張りをキルシュ様にご報告すれば、きっと喜んでいただけると思ったからです!」
「…………ネイサンさんは根性がありますね」
呆れ半分感心半分の心の声がうっかり外へ漏れました。
こんな状況になってもお兄様のお兄様の点数を稼ごうとする度胸は、ある意味で褒められるものかもしれません。
ですが、どうしましょうかね。
うーん、と唸って考えていると、
「僕はこのまま……、失態を犯したままで、セッピア領へ帰るわけにはいきません……! お願いいたします!」
ネイサンさんはそこで初めて頭を下げました。
失態を犯したという部分はどうやら理解出来ているようです。
彼の声には「何とか挽回したい」という必死さは感じられました。
「……ミモザ様、構いません。何かあれば私が責任を取ります」
それを見て、リーフさんがそう言いました。
領主代行の彼がそう決めたのならば断るわけにはいきませんね。
私はリーフさんに頷くと、
「……分かりました」
と言います。ネイサンさんがぱっと顔を上げます。安堵した表情を浮かべていますね。
「ありがとうございます!」
「ですが条件があります」
ネイサンさんが二の句を紡ぐより早く、私は人差し指を立てました。
「同行するならば、あなたは領主の子ではなく一般人……んー、そうですね。お手伝いさんという事にしてください」
「一般人でお手伝いさん……ですか?」
ネイサンさんは首を傾げます。
「はい、一般人です。ですので、そのように振舞ってくださいね。決して、ヴェルデ領の人々に居丈高な振る舞いをしない事。私とリーフさんの指示を聞く事。これを約束出来るなら同行していいですよ」
リーフさんへの振る舞いを見ても、彼は恐らく自分よりも下だと判断した人間に対し、ああいう態度を取る可能性が高いです。
それにセッピア領がヴェルデ領にしている仕打ちを考えると、正体を明かす事は危険な事態に繋がりかねない。
揉め事を起こさないためにも、その方が安全だと思ったのです。
「…………」
「約束出来ない場合は、ソイルさんと一緒に待っていてもらうだけなので、私としてはどちらでも構いませんよ」
「……っ、お、お約束します! 出来ます!」
返事を促すと、ほんの少し悩んだ様子はありましたが、ネイサンさんは胸に手を当ててそう言いました。
多少の不安要素はありますが――本人が宣言したならば、それを信じましょう。
安堵と戸惑いの混ざった表情を浮かべるネイサンさんを見ながら、私はそう思ったのでした。




