騎竜にも好みがある
キルシュお兄様のお見送りをするために、途中でネイサンさんを拾って屋敷の外へ出た私達。
すると庭でのんびり日向ぼっこをしていたお兄様の白い騎竜――名前をノイちゃんと言います――がひょいと身体を起こして私達の方を見ました。
「ノイちゃーん!」
「キュー!」
私が駆け寄ると、ノイちゃんはかわいらしく鳴いて、お顔をすり寄せてくれました。
相性の良い騎竜とはまだ出会えませんが、乗り手の家族という事で仲良くさせてもらっているんですよ。
「ノイは本当にミモザの事が好きだね」
「クルル!」
そうだよ、と言うようにノイちゃんは鳴きます。
役得です。嬉しくなって、にやけた顔をしつつ撫でていると、
「……キュ?」
不意に、ノイちゃんの声が若干不機嫌そうなものになりました。
おや、と思って見上げると、ノイちゃんの青い目が真っ直ぐに、ネイサンさんに向けられている事に気が付きました。
好意的な眼差しではないですね。警戒、嫌悪、そんな感じ。
しかしネイサンさんはそれに気付いていないようで、気を良くしたように笑ってこちらへ近付いて来ようとします。
その、とたん。
「ギャオウッ!」
ノイちゃんがネイサンさんに向かって激しく吼えました。
穏やかな性質のノイちゃんにしては珍しい事です。
私が目を丸くしてると、
「ひっ!?」
吼えられたネイサンさんは腰を抜かし、地面に尻もちをつきました。
「ノイちゃん、ノイちゃん、大丈夫ですよ」
「ノイ、さっきは無理をさせてごめんね」
私とお兄様は、興奮気味のノイちゃんを落ち着かせるように、その身体を撫でながら話しかけます。
そんな私達を見てネイサンさんは青褪めた顔で、
「ど、どうして……!?」
と後ずさりして、ノイちゃんから距離を取りながらそう言いました。
「どうしても何も、この子の背に君が強引に乗ったからだよ。セッピア領を出発した時の事は覚えているでしょう?」
お兄様は淡々とそう返します。
「で、ですが、私を認めてくださったのでは……?」
「違うよ。君は騎竜の騎乗訓練を受けた事がないのかい?」
縋るような目を向けるネイサンさんに、お兄様は呆れたように返しました。
「いや、それは……多少……」
「では勉強不足だね。これからも騎竜に乗ろうと考えているのなら、学び直した方が良い」
さらに厳しい口調でお兄様は言いました。
うーん。ノイちゃんがこの様子ですし、キルシュお兄様も怒っているので、これはネイサンさんをノイちゃんの背に乗せて帰るのは無理ですね。近付く事すら拒まれているのが現状ですから。
何とか宥めて乗せても、ノイちゃんが途中で嫌になって振り落とそうとする可能性があります。
そうなると同乗しているキルシュお兄様も危ない。
「お兄様、どうします?」
「置いて行くしかないけど……どうしたものかな……うーん」
お兄様は顎に手を当てて唸ります。
さすがに放置とはいきませんし、放って置いてヴェルデ領で良からぬ事をされても困る。そんな感じでしょうか。
「紐で括りつけて引き摺ってく……?」
「ひっ」
とんでもない輸送案が出ました。拷問でありそう。
「お兄様、お兄様。たぶん振り回されて大怪我しますよ」
「ひっ!」
ネイサンさんの顔色が悪くなったのを見て、ひとまずはお兄様を止めます。しかし悪化しました。
ま、ですがこれは冗談です。
次にこういう事をしたらそうするよ、という脅しですね。
ネイサンさんにはだいぶ効いたようで、すっかり元気がなくなってしまいました。
「さて、冗談はこの辺りにして。……リーフ君、すまないがネイサン君用に馬車を手配してもらえないだろうか?」
「はい、もちろんです」
お兄様がそう頼むと、リーフさんは胸に手を当てて直ぐに頷いてくれました。
「え、あ……騎竜では……? その方が直ぐに戻れる……」
ネイサンさんが小声でそう質問します。
するとリーフさんが首を横に振りました。
「キルシュ様の騎竜の鳴き声が、うちの騎竜達にも聞こえたはずだ。騎竜達は賢い。恐らく警戒されて乗せてはくれないだろう」
「そ、そんな……」
ネイサンさんが絶望的な顔をしました。
騎竜に乗ろうとした時のお兄様の忠告を、軽く考えていたんでしょうねぇ。
お兄様はそんなネイサンさんへちらりと目を遣った後、
「……面倒を押し付ける形になってしまってすまないね」
リーフさんに申し訳なさそうに言いました。
心情的には離れられて良かったと思っているのでしょうが、ヴェルデ領に迷惑をかけてしまうのが心苦しいのだと思います。
「いえ、お気になさらないでください。セッピア領の瘴気の浄化が最優先ですから」
「リーフ君……」
お兄様が感動した顔になりました。
……そう言えばお兄様の中のリーフさんの評価って、精霊の年を迎えるにあたってのパーティーの時からずっと、上がりっぱなしじゃないですかね?
「今度ミモザと三人でお茶会しようね」
あっお茶のお誘いまでしています!
すごいですね、リーフさん。この短い時間にお兄様の好感度をここまで稼ぐとは。
それを見てネイサンさんがショックを受けた顔をしています。
「さて、それでは私は先に戻るよ」
そんなネイサンさんをよそに、お兄様はスッとノイちゃんの背に乗りました。
「ミモザ、頑張ってね。リーフ君、よろしく頼むよ」
「はい。キルシュお兄様もお気を付けて」
「この度はありがとうございました!」
私とリーフさんがそう言うと、お兄様はにこっと笑い、ノイちゃんの手綱を握って空へと飛び上がりました。
ノイちゃんの白い鱗が、まるで私達の使う浄化の光のようにキラキラと煌めきます。
「綺麗ですね」
「ええ!」
リーフさんとそんな話をしながら、私はお兄様の姿が小さくなるまで手を振りました。
「…………最悪だ」
ネイサンさんのぼそりとした呟きを、背中で聞きながら。




