お口の悪い兄妹
それから私は淹れていただいた香茶を飲みながら、ヴェルデ領を取り巻く状況について、お兄様に報告をしました。
途中までは相槌を打ちながら聞いていたお兄様でしたが、話が進むにつれて露骨に嫌そうな顔になって、
「なるほどね~。カスじゃん」
と言いました。
実に的を射たお言葉!
……なのですが、それはそれとしてとんでもない悪口です。
聞いていたリーフさんが思わず香茶を噴きそうになっていました。
「キルシュお兄様。さすがにお口が悪過ぎますよ?」
「おっと、いけないいけない」
お兄様は口に手をあて、上品に笑って誤魔化しました。
若干の手遅れ感は否めません。
しかし、お兄様がぽろっとそう漏らした気持ちは良く分かります。
だって……。
「でも私もうっかり言いたかったです」
「あっはっは」
「み、ミモザ様……?」
笑うお兄様と困惑するリーフさん。
私も先ほどのお兄様と同じようににこっと笑っておきます。
いえね、うちの兄弟って元々、私も含めて割と口が悪いんですよ。
もちろん家族以外の前では、なるべく出さないように気を付けてはいるんですけどね。
「それにしてもジャッロ領とセッピア領ねぇ。ミモザへの悪口を言った奴リストに入っているし、ちょうど良いからダリアと分担したんだけど……違う方向のちょうど良さが出たね。ふーん?」
お兄様は目を細くしてそう言います。
ちなみに今出たダリアというのは、コローレ王家の長女です。
上から数えて二番目のお姉様で、キルシュお兄様に負けず劣らず血の気の多い人だったりします。
「それにしてもお兄様、その物騒なリスト、捨てません?」
「捨てないねぇ。他の兄弟の分もあるから大丈夫だよ」
何が大丈夫なんでしょうか、それは。
怖いもの見たさで一度読ませてもらいたい気持ちはあるんですが、お兄様からは「ダーメ」と言われてしまっておりまして。そう言われると逆に気になってしますよね。
「ま、それはともかく、事情は分かったよ。ダリアにも声をかけて調べておくね」
「ありがとうございます、キルシュお兄様。助かります!」
「いいよいいよ、かわいい妹の頼みだからね。それに……」
「それに?」
「ミモザが楽しそうにしているから、お手伝いしたくなっちゃった」
お兄様はにこっと笑ってそう言いました。
私は思わず目をぱちぱちと瞬きます。
確かにヴェルデ領での浄化の仕事は楽しいですけれど、そんなに顔に出ていたでしょうか?
「私、楽しそうです?」
「うん、楽しそう。ここが好きなんだろうな~って気持ちが伝わってくるよ。きっとヴェルデの人達がミモザに好意的だったんだろうね。だから私も好きだよ、ここ」
お兄様はそこまで言うと、今度はリーフさんの方へ顔を向けます。
「ありがとうね、リーフ君。ミモザの兄として感謝するよ」
「……っ、いえ」
するとリーフさんは少し慌てて、照れた様子になって首を軽く横に振りました。
お兄様が家族以外をこんな風に褒める事って、あまりなくて珍しい。
そう思っていたら、
「珍しいって思った?」
とたんに見透かされてしまいました。
私が「うっ」と軽く仰け反ると、お兄様はにんまりと笑います。
「……はい」
「ふふふ。ま、王族だって人間だからね。公平さを保つ事は基本だけれど、その必要がない時は好き嫌いが出てしまうよ」
そう言いつつお兄様は顔の前で手を組むと、そこへ顎を乗せました。
やや低くなった視線。そこからほんの少しだけ上目遣いに、私とリーフさんを見ます。
「私は私の家族を愛している。その家族を侮辱された時、何でもない顔をして聞き流すなんて事は、本当はしたくない」
「お兄様はわりと出ていますよ、オーラで」
あとたまに手も出ますよね。
「顔は取り繕っているでしょ~?」
お兄様はちょっとだけ口を尖らせます。
二十二歳の大人にしては子供っぽい振る舞いですが、これ、だいぶリラックスしている時にしか出さないものなんですよね。
なのでお兄様はヴェルデ領の雰囲気を本当に気に入っているのだと思います。
……ですが。
それが家族以外がいる前で出たという事は、同時にストレスが相当溜まっているのだろうなという事も分かりました。
「セッピア領、大変です?」
そう訊いてみると、お兄様は両手を解いて肩をすくめました。
「接待が過剰」
「あらま」
短い返事にお兄様の疲労度合いが窺えます。
「普通でいいんですけどねぇ」
「そうなんだよ……。私を持ち上げたところで、別に優遇なんてしないんだけどね」
お兄様がため息混じりにそう言いました。
まぁ、接待に力を入れたくなる気持ちは、一応は分からないでもないですね。
ネイサンさんの様子を見る限りでは、自分の領地はお兄様に選ばれたと思い込んでいるようでしたから。
キルシュお兄様は次期国王――王太子です。
派遣される領地の前提条件を知らないならば、親しくしておいて損はない。
お兄様からの印象が良くなれば、今後の自分達の立場は安泰だと思ってしまうのは当然の事でしょう。
ちなみに上のお兄様達が要注意領地へ行く理由の一つに、そういう思惑の接待を上手く躱せるから、というのがあったりします。
私を含めた他の兄弟が分担出来ないのは、その部分が未熟だからなんですよね。
とはいえ、いくらお兄様達が上手く躱せるとしても、疲れはするんですよ。
私もその辺りを早く上達してお兄様達の負担を減らせるようになりたい。
「……さて、名残惜しいけど戻らないとな」
そうしてひと通り話をし終え、香茶を飲み干すと、お兄様は立ち上がりました。
私とリーフさんも続いて立ち上がります。
諸々の話は、ソイルさんを呼ぶのは難しそうだったので、私達だけで話してしまいましたので、用事が終わったお兄様は再びセッピア領へと戻るのです。
……ちょっと足が重そうですけれど。
「そうだ、ミモザ。上からヴェルデ領を見たよ。瘴気の浄化、順調そうだね」
「はい。リーフさん達が協力してくれますので!」
「そっか、ふふ」
小さく笑ってお兄様は優し気に目を細めます。
「それはまた今月の終わりが楽しみだ。頑張ろうね、二人共」
そしてにこっと笑ってそう言ったのでした。




