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キオクノカケラ  作者: 新楽岡高
第五章 ココロトジテモ
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第三話 Day To Remember③




「……お前の知ってる事について、有りっ(たけ)吐いて貰うぞ」


「勿論。商人は信用が命。裏切る様な真似は早々出来ないし、したくないからな」


「随分胡散臭くなった気がするのは俺だけか?」


 元々、目の前にいる彼は飄々としていたが、以前はここまでとはいかなかった。


 久し振りに再会した彼は、ともすればタルクイニ市で出会った商人のメルクリウスを彷彿とさせる様な雰囲気を纏っているのである。


「胡散臭いとか言わないでくれよ。こっちの世界で生まれ変わってから、メルクリウスさんには色々と世話になって来たんでね」


「だからお前、商人みたいな喋り方を?」


「否定はしない。いや、中々商売ってのも面白くてな。お陰で今世では商人見習いやってんのさ」


 何度も練習をして来たのだろう。ニコリと微笑む靈儿の少年――スヴェンは、そこに親しみ易そうな気配を見せる。


 だが、それから一転して笑みを消すと、周囲を見渡した。


「ここなら他の連中にも聞かれないよな?」


「まぁ大丈夫だろ。仮に聞かれたとしても、アイツらが理解出来るとは思わないし」


 周囲を見渡しても、他に人影はない。木々が生い茂っているので隠れられてしまえば見分けも付かないが、問題はない筈だ。


 レメディアとシグはもう打ち解けて来たのか、二人で何事か話し込んでおり、リュウもふらっと散歩に出も行ったきり姿は見えない。


 その隙を衝いて俺はスヴェンを伴い、人気のない場所へと向かったのだから。


 これから彼より聞き出そうとする内容は言うまでもない。


 彼がこの旅路に加わる条件として提示されていた、神饗(デウス)などについての情報を聞くためである。


「慶司、お前があの遺跡から居なくなってから、俺も結構考える事があってな。果たしてお前の言っていた事は何処までが本当なのかって」


「何処までも何もない。あれは全部本当だ。俺は見たんだぞ? あの時、前世で俺達を殺した奴の素顔を」


「……それが、あの遺跡から出て来たティン……ユピテルさんだと?」


「そうだ。間違いない。仮面を剥いだ時に見えたあの眼、顔、俺は絶対に忘れない」


 金髪金眼のがっしりした男性だった。顔立ちは精悍であり、一目見ただけでも相当な実力がある様に感じられる。


 思えばあの時の彼の動きは、能力は、異常だった。常軌を逸していた。まず間違いなく、地球で人間が持つ身体能力を遥かに凌駕していたのである。


 まさかこの世界で再び(まみ)える事が出来るとは思わなかったが、そもそも彼が地球の人間でなかったとすれば寧ろ納得すらいってしまうくらいだ。


興佑(きょうすけ)、お前も見ただろ? アイツの化け物みたいな強さを」


「見たけどなぁ……記憶ではもう十四年経ってるんだぞ? 割とアイツの細かい所とかは朧気になってるんだよ。お前だってそうだろ? 事の経過を全部、一切の間違いなく口頭で描写出来るかって言ったら無理じゃね?」


「……けど、あれは間違いなくあの時の!」


 尚も疑わしい視線を向けて来るスヴェンに対し、思わず感情が昂る。また自分を信じてくれないのかと、苛立ちが募って来たのだ。


 しかし詰め寄られたにも関わらず、スヴェンは冷静だった。


「俺としては、あの人……いや精霊か。どっちにしろユピテルさんが俺らを殺したとは考え(にく)いと思ってる」


「じゃあ他に誰が!? お前は納得の行く答えを見付けられたって言うのかよ!?」


「答えはまだ分かんねえけど、考えても見ろ。ユピテルさんはつい最近まで封印されていたんだぞ? メルクリウスさんの話だとああやって封印された精霊は身動きも取れなくなると聞いた」


 彼は色々と封印などについて調べたらしい。文献自体が少なく苦労したようだが、ユピテルが動き回るのは不可能だと判断したようだ。


 けれど、その程度で納得出来る筈もない。


「ならそのメルクリウスが嘘を吐いている可能性は?」


「それは有り得無いと睨んでる。そうじゃ無ければ、あの人が俺らを敵から助けてくれる訳が無い」


「信頼を得る為の演技である可能性もあるんだぞ!」


「そこまで言うなら逆に訊くぞ。そうやって演技までして何が目的だと思う?」


「それは……!」


 そっくり同じやり口で切り返され、言葉に詰まる。


 伴って昂っていた感情も沈静化へ向かい、頭に登っていた血が下りて行くような感覚に見舞われていた。


 それを確認したスヴェンは、尚も穏やかな口調で言葉を続ける。


「結局俺もお前も、確かな事は分かってないんだ。現状見つかってるのはパズルで言う欠片(ピース)だけ。彼らの行動とかがどんな意味を持つのかは断定出来ないのが正直なところって訳だ」


「じゃあお前、知ってる事なんで碌にないじゃねえか」


「分かってる事が碌に無いだけだぞ。欠片(ピース)なら幾らでも集まった。だが繋がりが見えない」


「繋がり?」


「前世でどうして、俺達が殺されたのか。どうしてこの世界で前世の記憶を保持したまま転生しているのか。どうして俺達を殺した奴のそっくりさんがこの世界に居るのか……ほら、分からない事だらけだろ?」


 改めて並べ立てられたそれらに、思わず首肯していた。


 確かに彼の言う通り分からない事だらけなのだ。今までの自分は生きて行く事だけで精一杯で、碌に考える事も少なかったが、いざ疑問が湧けば止まらない。


神饗(デウス)とか言うヤバい組織もいるらしいが、もしかすると何か知ってるかもな。あの時、タルクイニの遺跡で俺らに攻撃してきたのもその一員らしいし」


「……かもな。そう言えばアイツら、やけに俺を狙ってくる。シグも追われてたな」


「へぇ、あの皇女様も手配書以上に訳アリか」


「どうやら東帝国の人間と神饗(デウス)は繋がってたらしい。俺が地下牢にぶち込まれた時、組織の連中がほんの少しだけだが語ってくれた」


 思えば、あの時はペイラスとエクバソス、それに初めて見た人物――タナトスとやらが居た。


 子供っぽい見た目だったなと思った時、脳裏で蘇る一つの言葉。




『お前、この世界の魂(・・・・・・)じゃないだろ』




 あれの意味するところはつまり――。


「……俺、そう言えば神饗(デウス)の奴に前世の記憶がある事を見抜かれたわ」


「はぁ!? 何だそりゃ!? どういう事だ!?」


「そんなの俺が知りたいくらいだよ! いきなり出て来たと思ったら、俺を見るなりどこの世界から来た魂なんだって訊かれて……!」


 そうだ、そうだった。色々と事態が目まぐるしく動いていたせいで、記憶の海に沈んでしまっていた。


 けれど印象には強く残っていて、途端に海馬が噴火する様にあの時の克明な記憶が溢れ出す。





『肉体はこの世界のものだ。間違いない。けど、中身が違う。色も、組み合わせも、違う。魂が尊いとかでも無くて、異質だ。明らかにこの世界に由来するものじゃない』


『多分、あれと一緒だ。奴が向こうから引っ張って(・・・・・)来た(・・)のと同じ。連れて来られた魂(・・・・・・・・)だと思う』


『こちらの目的の為に、必須なものがあったのだ。お前、それが何だか分かるか?』


『正解だ。ここの世界だけでずっと調達するのも骨が折れる。余り取り過ぎると目立つ上に様々な均衡も崩れかねない。だから出てみたのだ、外に』


『結果は上々だった。ここの世界の理とは違う場所から結構な数が収獲(・・)できたらしい。こことは比べ物にならない程、人が沢山居たと聞いたな』





 そうだ、そうだった。あの時、タナトスと名乗った少年は、淡々と語っていたのだ。


 何があったのか。どうしてそうなったのか。何をやったのか――。


 幾ら考えている暇も無かったとは言え、どうしてあの時の遣り取りを記憶の中に埋めてしまっていたのだろう。


 どうしてあの言葉を。





『あの時、お前らを殺して魂を奪ったのは神饗(デウス)の首魁。本名ではないが、主人(ドミヌス)と呼ばれている』





 忘れもしない。忘れやしない。タナトスの言葉の数々。


 今でも一字一句、一文字も違えず頭の中で再生出来る。その時、彼がどんな顔をしていて、周りに立っていたエクバソスとペイラスがどんな顔をしていたのかまで、鮮やかに思い浮かぶのだ。


主人(ドミヌス)……そうだ、奴だ! 奴が俺達を殺した!」


「ド、主人(ドミヌス)って! お前も知ってたのか! 神饗(デウス)のボスだろ!?」


 スヴェンもまた何処かでその情報を掴んでいたらしい。驚いた様子で今度は彼の方が問い詰めて来るが、それを肯定すらしてやる余裕も無かった。


 湧き上がる憎悪が、瞋恚(しんい)が、この体から溢れ出しそうで。自分の心がどうにかなってしまいそうで。


 何度も蘇る、前世の記憶とあの地下牢での会話。


 その度に心が焼かれるような感情が湧き起り、握り締めた拳には更に力が籠る。


 だがその意識へ割って入る、穏やかな声が一つ。


「随分と興味深い話をしているみたいじゃあないか。その話、ちょっと僕にも教えてくれないかな?」


 その声が聞こえた途端、あれだけ荒れ狂っていた心が一気に沈静化した。我に返ったと言ってもいい。


 何はともあれ、その声がした方へと弾かれる様に顔を向けていたのである。


「リュウさん? いつから、どうしてここに?」


「偶々散歩していたら君達に……と言いたいところだけれど、何か面白そうな事を話すんだろうなって思ったから姿を晦ましていたんだよね」


「……つまり俺達が話をするように仕向けたと?」


「そう受け取って貰って構わないよ。僕と関係無さそうなら黙っているつもりだったけれど、神饗(デウス)主人(ドミヌス)まで出てくるんじゃあ、流石に僕も黙って居られなくて」


 ごめんね、と思っても居なそうな気配ながら形だけでも謝罪の言葉を口にする、仮面の彼。


 仮面のせいで表情は窺えず、中性的な声のせいで初見時の性別は不明だが、仮面を取っても男女の見分けを付けるのは困難である。


 一応男性である事は分かっているが、どうやらその辺についてはコンプレックスがあるらしい。


 ほんの数時間前に彼が見せた笑顔を伴った圧力がどれだけの迫力だったかは、もはや思い出したくもないくらいだ。


「リュウさん、貴方に話す事はありませんよ。すぐに野営地の方へ戻って下さい」


「連れない事を言わないでよ。まだ日没までには時間があるじゃあないか」


「そう言う問題ではありません。これは俺とラウの問題なんです」


 にべにも無く、ぴしゃりと強い言葉で言い切るスヴェンだが、それでもリュウは食い下がる。


 自分はここに居座るぞとでも言わんばかりに近くの木の幹に凭れ掛かり、視線はこちらに固定しているのだ。


「これは俺とラウの間で、旅に同行する際の条件として提示した事を履行して居るんです。貴方には関係ないでしょ?」


「確かに、その理屈の通りだと関係は無いけれど、じゃあ僕からも神饗(デウス)主人(ドミヌス)について情報を提供すると言ったら? お互いに情報を共有しようと言ったら、どうかな?」


「貴方の情報が価値あるものか、分かりませんので……」


 遠慮します、と言葉を続けようとしたらしいが、俺はその前に彼へ手を出してそれ以上の発言を制した。


 不満そうな視線が斜め後ろから注がれるけれど、それには気付かない振りをして、リュウに応じる。


「リュウさんの情報が役に立つかは分かりませんが、その辺は聞いてみないと分かりませんからね。良いですよ」


「そうかい、ありがとう」


「どういたしまして」


 謝意に返事をしながら背後に目を向ければ、そこには苦笑しているスヴェンの姿があった。


 数時間前、旅に同行するか否かの交渉時に彼自身が言った事を、今度俺が使ってやったのだ。


「戯言かどうかは、聞いてみてから判断しても遅くない。そうだろスヴェン?」


「……ああ、そうだったな」


 少し煽る様に言ってやれば彼も相好を崩し、やれやれ問わんばかりに肩を竦めていたのだった。







神饗(デウス)。彼らの目的は僕としてもまだ分からない事が多くてね。取り敢えず主人(ドミヌス)をその名前の通り首魁に置いているのは間違いないらしいんだけれど」


 組織の規律は厳しく、情報の漏洩を防ぐ為に粛清や例え無関係であっても深くを知った者の抹消も厭わない。


 裏の社会の間では実態はともかく噂が独り歩きしており、中には極度に恐れる者も居るという。


「僕が実際に見た彼らの所業としては、“魂喰(プラエダ)”がある」


「……プラエダ?」


「要するに魂を刈り取るのさ。特殊な武器を使って殺し、魂を吸い取る。半年以上前にも、ある洞窟でその現場を手遅れながらも見付けてね。十五歳にもならない男女が皆殺されていたんだ」


 偶々その場にいた神饗(デウス)の構成員を撃破したが口を割らない為、情報は得られなかったようだ。


「あ、そう言えば君達、前世があるとか言っていたね?」


「…………」


「警戒しなくても良い。取って食おうって訳じゃあ無いんだから。ただもしもそうだとするなら、僕も話せる事がある」


 青空は次第に赤みを持ち始める中、そこを鳥たちが飛んでいく。空を舞うのも止め、そろそろねぐらへ戻ろうと言うのだろう。


 日没までもう少し時間はあるが、せっかちな事だ。


「黙秘を貫くならそれで良いけど、じゃあ勝手に呟かせて貰うね。……今から二十年くらい前の事かな、実はその時から僕は神饗(デウス)について知っていてね。西界(オクキデンス)全体でもちょっと荒れていた時勢だったからか、連中も少し活発に動いていたんだ」


 戦争も起きるので多くの人が死ぬ。当然それは兵士だけでなく、非戦闘員である農民や市民も例外ではなった。


 下手をすれば集落そのものが塵殺される場合すらあったのである。そしてそれを良い事に、神饗(デウス)もまた大規模に、しかし露見しない範囲で魂喰(プラエダ)を行っていた。


 国境沿いの集落の一つや二つが壊滅した程度なら、賊や敵国が襲撃を掛けたと見られるだけなので、神饗はやりたい放題だった。


「余りにも不自然だから調べて居たら、神饗(デウス)に行き着いたんだ。で、見て居られなくて止めに入った。それから事あるごとに止めに入って、そしたらよっぽど僕の事が目座りだったんだろうね。彼らと癒着した貴族によって討伐隊が作られちゃって」


 しかしながら、リュウがそれを難なく撃退してしまった事によって、神饗(デウス)は邪魔者の抹殺を一旦棚上げにした。


 だがこのままでは思う様に魂喰(プラエダ)も実施できず、そんな中で組織が思い付いたのが。


「彼ら、厄介な事に異なる世界へ移動し、そこで魂を狩り始めたんだ。それが十五年くらい前の事で」


 何かおかしいと気付き始めた時には凶行がとっくに実施され、異なる世界の命が多く刈り取られていた。


「空間魔法、次元魔法とでもいうのかな? 異なる世界線を彼らは移動していたんだ。勿論、いつでも好きなようにって訳じゃあ無いけれど、丁度その時期は時空と時空を隔てるものが弱かったみたい」


 原因は不明だが、ある程度の技術があれば世界線の移動が可能であったという。


 そこから一体どれだけの命が刈り取られたのかは想像も付かないが、その頃になって(ようや)くリュウは神饗のその動きを察知した。


「慌てたよね。だって、異なる世界が並行的に存在しているってだけでも驚きなのに、その間を自由に行き来する技術を一体どうやって開発したのかって」


 リュウ一人ではどうする事も出来ず、方々を駆け回って伝手を幾らも使って、どうにか手段を確立した頃には、神饗(デウス)は更に多くの命を刈り取っていた。


「でも、折角世界線を移動する術を発見したは良いけれど、彼らがいつ何処に現れるのか、何処に向かうのかなんて分かる訳無いし」


 お手上げ状態になってしまったが、彼はそれでも諦めず、そしてとある一つの世界線へと入って行く影を見つけたのである。


 それを追跡し、辿り着いたまでは良かったのだが。


「……ハッキリ言って、あそこは地獄だった。魔力も感じられなかったし、僕達とは住む世界線が違うって言うのは良く分かったけれど、人間の住む場所だったんだ。そして皆、惨たらしく殺されていた」


 老若男女問わず、皆斃れ伏し、血を流して死んでいた。何処へ行っても血腥(ちなまぐさ)さは消えず、血の汚れが付いていない場所はなかった。


「あの世界は不思議だったね。魔力も無いのに物が独りでに動いているし、建物内がびっくりするほど明るい。死体と血の汚れが無ければ、本当に綺麗な場所だった」


 これが異なる世界線なのかと驚きもそこそこに、その建物の中を回っていると、一つの影を見つけた。


 それは剣を持ち、外套を纏い、暗い色の仮面を着け、そして人を殺して回っていたのだった。


「僕が見つけたその時も、一人の少年を今まさに殺そうとしていたんだ。寸前で間に合ったけれど、相当怖かったんだろうね。目には涙が浮かんでいたよ」


 その胸中が痛いほど伝わって来て、リュウ自身も重苦しい気持ちになってしまったという。


「異なる世界線って言うけれど、どうやら違ってくるのはほんの少しずつみたいで、寧ろ似ているところも多いらしくてね。不思議な事にその少年が使う言葉が、僕の故郷のそれに似ていたんだ」


「……パラレルワールド」


 俺もスヴェンも、顔を上げてリュウを見る事はしない。何より彼が勝手に語っている事を聞いているに過ぎず、俺の呟きに誰かが反応する事は無かった。


「取り敢えず目の前の凶行を止めるべく、僕はその殺戮者と戦ったのだけれど、驚く程に強かった。それこそ、このまま戦ったら周囲を巻き込みかねないくらいだったんだ」


 敵は、その正体は、神饗(デウス)が首魁の主人(ドミヌス)だった。


 だから彼は予め懐に準備していた呪札で、まずその主人(ドミヌス)を元の世界へと強制的に押し戻し、後にはリュウと泣いている少年が残された。


「彼の言葉と、僕の故郷の言葉とは所々で違いがあったけれど、それが何かを思い出した様子なのは間違いなかったんだ」


 自分が助かった事に気付いた少年は、フラフラと何処かへ歩き去って行く。その幽鬼の様な姿に危うさと憐みを覚えたリュウはその後を追った。


 もしかしたら自殺でもするのではないかとも思ったそうだが、その少年が向かった先にあったのは、四人の少年少女の死体だった。


「酷いものだった。あの場所は特に。取り分け一人の少年の死体には殺されてからも痛め付けられた痕が見えてね。惨たらしいと言ったらありはしなかった」


 それらの死体を見て、少年は崩れ落ちた。


 彼らの名前と思しきものを連呼し、泣き叫んでいた。その慟哭は広い建物内にあって響き渡り、それでもリュウは目も耳を塞ぐような真似は出来なかった。


「目を逸らしてはいけない様な気がしてね。死体に縋りついて泣きじゃくる彼のその背中が、僕の不覚を鋭く突き付けているみたいだったよ」


「…………」


「今でも克明に覚えている。あの少年が叫んでいた背中を。あの悲痛な叫びを、僕は一度たりとも忘れやしない」


 その覚悟を胸に刻み込みながら、彼はその世界線から去った。そして、元の世界へ戻って再び主人(ドミヌス)との戦いを行った。


「その時に、彼の隙を衝いてとある容器を斬り捨てたんだ。その中身は、僕がこの世界へと強制的に送還する直前まで刈り取っていた、異なる世界線の命」


「……それって」


「容器が壊れたら中身がどうなるかなんて、分かり切って居るよね。当然、閉じ込められていたその魂は拡散し、この世界のどこかへと散って行った」


 怒り狂う主人(ドミヌス)と、更には増援が来そうな気配を察知したリュウはそれから撤退した。


 そして今は、それから約十五年。


 彼の目の前には十四歳の少年が二人、つまり俺達が立っていた。


「……以上がここに至るまでの僕の話だね。もしも君達に前世があるって言うのならば、少しは役に立てたんじゃあないかな?」


「…………」


 返事は、する事が出来なかった。


 何と言えば良いのか、分からなかった。


 いっその事、リュウが去るまでこのまま黙って居ようかと思っていたのだが、横に立っていたスヴェンは違ったらしい。


「つまり俺達がそうかもしれないと、そう言う事ですね?」


「ああ、そう言う事だとも。もしも君達がそう(・・)ならば、君達が今こうしてこの世界で生きて居るのもそう言う事なんだと、僕は思う」


 神様じゃあないからはっきりした事は言えないけれど、と最後の最後で彼は予防線を張っていた。しかし、予防線を張られようとも彼の説明には辻褄が合う。


 タナトスから聞いていた話とも符合するのだ。


 疑問の余地がない訳ではないが、概ね事の推移はこの通りなのだろう。


「さて、そろそろ暗くなりそうだ。途中から割り込んだのに僕が喋り倒してしまって悪かったね。続きはまた今度といこう。僕も君達には訊きたい事が沢山あるしね」


 いつになく重い空気になっていたが、考え込みそうになる思考を遮る様にリュウが言い出す。


 見れば空は少し前までよりも更に赤くなり、そして木々の生い茂る森はより一層暗さを増していた。


 まだほんの少しの余裕はあるが、それでも本当にほんの少しである。


 野営地に戻る頃には暗くなっていてもおかしくなかった。余計な道草を食う暇などある筈もなく、俺達は足早に野営地へ戻るのだった。





◆◇◆



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