第三話 Day To Remember④
◆◇◆
日に日に、寒さは増す。
それが季節の移ろいによるものであるか、もしくは寒冷な南の地に向かっているからであるのかは、恐らくその両方を含んでいるのだろう。
森の中でチラホラみられた背の低い雑草も段々と姿を消し、苔か或いは枯草が目立つ。
色付く枝葉も少なくなり始め、針のように尖った葉を持つ樹木の割合いが多くなっていくのが良く分かった。
「追手の気配は?」
「なさそうですね。この辺までは流石に捜索の目が及んでいないんでしょう。って言うか、俺達と合流してから追手らしい人間に遭遇してませんけど」
「運が良いよねえ、もしかして君たち二人、幸運でも運んでくれたのかい?」
「茶化さないで下さい」
ここ暫くの旅の間にスヴェンもレメディアもすっかり相好を崩す事が多くなり、旅の仲間として溶け込んで来た気がする。
もっとも、それでも俺からすれば蟠りが無くなった訳では無いのだが、全く口を利かない仲で居る事は出来なかった。
特に、今も目の前で姦しく話している内の、緑髪の少女が原因で。
彼女は先程からチラチラとこちらに視線を寄越しながら、並んで歩いている天色の髪を持つ少女と話しているのだ。
「シグちゃんは良いなあ。最初からラウ君と一緒に旅出来た訳でしょ?」
「そ、そんな羨ましがられるようなものじゃないぞ? 私からすれば元々関わり合いになるつもりはなかった訳だし、成り行きだな」
「成り行きでもさあ、見ず知らずの他人と行動出来て、でも私とは条件付きじゃないと認めないって……ラウ君って酷いよね」
「おい待て何でそうなる?」
ここぞとばかりに貶してくれる二歳上の彼女に、文句の一つでも言いたくなるのは仕方ない事だろう。
こちらだって別に好きでシグと行動している訳ではない。彼女の言う通り成り行きでしかないのだ。
「レメディア、お前には帰れる場所も、受け入れてくれる家族もいるだろ? 何でそこまで俺に拘る?」
「帰れる場所があるからって同行拒否される意味が分かりませんっ! ちゃんと説明して!」
「いや、今説明したんだけどな……」
どうしてもこれでは納得してくれない。
何度目かの遣り取りにはいい加減ウンザリもして来るものだが、他の誰もが彼女を窘める事をしてくれなかった。
「良かったラウ君。君を心配してくれる人も居た訳だし。ビュザンティオンで再会した時に比べたら、多少は顔つきもマシになって来たんじゃあないかな?」
「淀んだ顔で悪かったですね。散々色んな目に遭わされればこうもなりますよ」
リュウを筆頭に、レメディアの口撃を受けている俺を見て楽しんでいる有様だ。この場に味方はおらず、シグでさえ日和見をしていてどちらにも加担しない。
四面楚歌とまではいわないが、孤立無援であった。
「大体、結局はお前の同行認めてやったんだから文句言うなよ」
「渋々でしょっ!? そんなの認めたって言えません!」
「あーそうかいそうかい。じゃあ満面の笑みで抱き締めて承諾してやれば良かった訳?」
「そ、そこまでやれとも言ってない! 私の方が年上なんだから、年下扱いしないで!」
「……今のは例え話だったんだけど」
旅の一行は、レメディアとスヴェンの二人が合流する前に比べたら遥かに騒がしい。堅い表情の目立ったシグも笑顔――と言うか苦笑が目立つようになり、それでも幾らか雰囲気が柔らかくなった。
リュウは元々他者の遣り取りを見るのが好きなのか、それをまるで老人の様に眺めて居る。見た目の割に爺臭いと思ったのはここだけの話だ。
「僕に何か用?」
「いえっ、別に?」
以前、神饗などについて情報交換した際に「二十年前」などと平然と言っていた辺り、見た目通りの年齢では無いのは確かだろう。
仮面の下にある素顔はどう見ても二十歳に届くか否かと言った程度だが、海千山千の様な鋭さは見た目通りの年齢で身に着けられるとは到底思えなかった。
「しかしまぁ、ラウも隅に置けねえな。前世は高田さん一筋だったのに、もうこんな可愛い娘を誑し込むとは」
「誑し込んで無いし麗奈も関係ないだろ。別に一筋でも何でもねえよ」
「そうかな? けど只の親愛の情だけじゃ、レメディアがお前をそこまで追う理由も説明出来ない気もするぜ。なぁ、レメディア?」
「え、私!?」
馴れ馴れしく、前世がそうであったようにスヴェンは俺の肩に手を回してくる。その上で唐突に前を歩く少女に水を向ければ、彼女は驚いて肩を跳ねさせていた。
「ぶっちゃけどうよ? かなり色薄いけど、見てくれ自体はそんなに悪くないし? レメディアから見てどんな感じ?」
「そりゃまあ私より年下なのに落ち着いてるなあって前々から思ってたけど……ってそうじゃなくて! 私がラウ君を追い掛けてたのは、あのまま放っておいたら壊れちゃいそうな気がしただけだって! 旅の途中で何度も話したよね!?」
「ああ、そう言えば言ってたなぁ。何度も何度も、訊いても居ないのにべらべらと。ラウと昔こんな事があったんだよって嬉しそうに語ってたし?」
「ちょっとそれ以上は黙ってくれるかな!?」
顔を真っ赤にして大声を出すレメディア。
全く茶化す気配を止めないスヴェンの態度が腹に据えかねたらしい。羞恥心も相俟って耳まで赤くなっていた。
「大体スヴェンだって、私の事で好き勝手言ってくれるけど、ラウ君とどんな繋がりな訳!? タルクイニ市で知り合ったって言うけど、それだけじゃ私以上に根拠が弱くない!?」
「いや、そりゃあだって……」
「だって何!? 言葉に出来ないの!? じゃあスヴェンの理論で言ったら、そこあるのは親愛の情だけじゃないよね!?」
「……そう来たか」
そっくりそのまま跳ね返って来た己の理論に、彼は顔を引き攣らせていた。だが彼もそうだが、俺自身もスヴェンが追い掛けて来てくれた理由は察している。
要するに前世での繋がりがあるからだ。届けたい情報もあったのだろう。結果的に彼の同行を許したのも、悪くない判断だったと今では思うくらいだ。
もしかしたらそれ以外にも隠れた理由はあるかもしれないが、隠したいのならそれを表の理由として使える筈もなく。
そして口籠る彼を見て、驚きも露わにレメディアが言うのだ。
「もしかしてスヴェン、冗談抜きでラウ君の事が……」
「んな訳あるかボケぇ!!? 冗談も大概にせえ!」
驚き慄くレメディアの横で、シグもまた驚きで目を見開いていた。それに対してそんな誤解をされたら堪ったものではないと、今度はスヴェンが絶叫する。
そこへ追撃を掛けるように、しかしシグ本人としては気遣いのつもりと思しき様子で、口を開いた。
「べ、別に私は良いと思うぞ? 天神教では同性で……そう言うのは嫌悪されるが、私は個人の自由を尊重するからな」
「だ・か・ら! 誤解だぁぁぁぁぁぁあっ!!」
彼の弁明は空しく、少女二人には効果が無かったらしい。頭を抱えている彼の姿に、ほんの少しだけ同情の念を禁じ得なかった。
しかし、スヴェンとて馬鹿ではない。メルクリウスの下で商人見習いとして培って来た話術を総動員でもしたのか、反撃を試みていた。
てっきり趨勢が決まったかと思ったのだが、彼はここに至って思い切った手を打って来たのだ。
「じゃあレメディア、俺のその理論を逆手に取ったって事は、お前はラウの事が……」
「だ、だから違うってば! 私はスヴェンの理論に誤りがあるって主張したかっただけで! だってそうでしょ? 君の理論の通りなら、君はラウ君の事が好きって事になるし」
「じゃあ、その誰も幸せにならない答えを消す為に、俺が理論を撤回すれば良い訳だな?」
「そう言う事。やっとわかった?」
段々と口論はトーンダウンし、レメディアとしても安堵した様に息を吐き出した、その時。
スヴェンの金色の眼が鋭く光った。
「――だが認めぬ!!」
「は?」
彼からの斜め上の返答にレメディアだけでなく、その場の誰もが目を剥いた。
その判断が理解出来なかったのだから、当然であろう。彼の正気を疑う様に俺もレメディアもシグも、靈儿の少年へと視線を集中させていた。
「す、スヴェン? 本当にそれで良いの? 撤回しなかったら君はラウの事が……」
「そうは言うが、同時にレメディアも同じだろ? このまま論破されるのも癪なんでな、死なば諸共よ」
「そんな馬鹿な!? 明らかに私よりもスヴェンの方が色々なダメージ大きくない!?」
レメディアの指摘も尤もだ。常識的に考えて、今スヴェンが採った選択肢は悪手中の悪手。頭のおかしい人しか選ばない筈で。
「俺は自分一人だけが弄られるのは一番嫌いなんでね」
「……なるほど、やけっぱちになった訳だ」
滅茶苦茶どうでも良い彼自身のプライドか何かが、理性的な判断を妨げる結果となったようである。
恰好付けるみたいに言っているが、今に至るまでの話の流れを考えるとかなり格好悪い。
そして余りにも馬鹿げた状況だった。
「誰が好きかどうかで何故ここまで騒げる……?」
「同感だ。私にも理解が及ばん。ここで認めようが撤回しようが、別にどっちでも良いと思わないのか」
混沌としてきた目の前の光景に、シグ共々苦笑いするしかなかった。
だがその間にも、状況は動いていて。
「は、早く撤回しなよ! ラウ君だって流石に引き攣った笑い浮かべてるし!」
「嫌だね! レメディアはラウの事が好きって事にして、俺はお前らを弄り倒す事に決めたんだ!」
「最低! ホント最低!」
毅然とした態度で、何もやましい事は無いと言わんばかりに言い切るスヴェンに対し、レメディアが悲鳴を上げていた。
しかしスヴェンよ、この遣り取りを見ていた外野なら間違いなく先にお前の方を弄るぞ。そっちの方がネタとして盛り上がるだろうから。
その理由として、本人が別にその気も無いのに自滅したからである。現にこの馬鹿馬鹿しい遣り取りを見ているリュウも楽しそうにそれを眺めて居る。
恐らく、この遣り取りが一段落着いた後でスヴェンを弄り倒す腹積もりだと見た。可哀想だが、自業自得だ。
「事の真相はどうであれ、今の遣り取りは一人の少年を巡って、二人の少年少女が争っている様に見えなくもない……中々凄い絵面だね。僕、君みたいな逸材を生まれて初めて見たよ。どうだいラウ君、争奪戦の対象になった感想は?」
「……脳が破壊されそうです」
阿呆らし過ぎて理解が追い付かない。
とっとと両者引き下がれば良いものを、意地やら何やらが邪魔をして話が動かない。
余りにも愚か極まりない二人を前に、乾いた笑いが漏れるだけだった。前世世界の歴史でも、意味の分からない出来事が引き起こされた時はこんな下らない事が原因だったのかもしれない。
そう考えると世界が変わっても人間と言う存在が考える事は何一つとして変わっていないのだろう。
「一応訊くけど、あの二人ってアンタの知り合いなんだよね?」
「……いいえ他人ですって言いたいところだけどな。残念ながら二人共よく知ってる人なんだわ」
「し、心中、お察しする」
「シグ、お前からそんな事を言われる日が来るとは思わなかったぞ……」
皆がこれくらい馬鹿だったら、白儿に対する迫害なども多少は改善されるかもしれない。いや、寧ろ余計面倒臭い世界になりそうだ。
頭痛が酷くなりそうな光景を前にしてそんな益体も無い事を考え、俺は現実逃避に走らざるを得ないのだった。
閑話休題。
発情期の雄猫同士の様に睨み合って動かないレメディアとスヴェンを引き剥がし、旅路は再開された。
しかしそれは問題を先送りした事にしかならず、相変わらず両者の睨み合いは続いている。
それが何とも居心地の悪い事で、俺とシグは何もして居ないにもかかわらず気まずさを抱える羽目になっていた。
「…………」
お前、何としてくれよ。
「…………」
アンタこそ何とかしろ。知り合いだろ?
「…………」
無理だ。俺の手には負えない。
「…………」
なら私も無理に決まってる。馬鹿か?
「…………」
はあ? 使えねえ奴だな。
「…………」
身内の後始末も出来ない奴がそれを言うのか?
「…………」
戦んのか、クソ女? 叩きのめすぞ。
「…………」
上等だ、掛かって来い。氷漬けにしてやる。
「「…………」」
互いにチラチラと視線を交わしながら事態をどう打開するかについて、相談する。ただし実態は貧乏くじをどちらが引くかと言う事でしかなく、押し付け合いに近かった。
ともすれば、レメディアとスヴェンの紛争が遠因となって新たな紛争が起こりかけていたが、遠因二人は気付く素振りも無い。
それどころか周りはそっちのけで口論が再燃していた。
「スヴェンって男の子が好きだったんだねえ。わあ、意外だなぁ」
「でもレメディアってラウの事大好きだよな。裸まで見せてたし」
「あ、あれは事故みたいなもので! ってか君も見たよね、私の裸! 許さないからね!?」
「騒がしいから何事かって見物してただけだよ。中々良い体してたよな」
「最低! 冗談抜きで人間のクズ!」
最終的には論理的な批判も何もかもが無くなり、幼い子供がそうであるように罵倒の言葉だけが並んで行く。
「うっせえメンヘラ! 乳でけえ女は色々馬鹿だって証明してんじゃねえよ!」
「なっ!? 私の胸は関係ないでしょ!? 靈儿のくせにそんな事も分からないの!? 君、今幾つだっけ? とても年が近いようには見えないね!」
それはもう、さながら小さな子供同士の喧嘩の様だったが、罵倒言葉の語彙の多さでは遥かに上位。
つまり何が言いたいのかといえば。
「君達、馬鹿だねえ」
リュウがしみじみと呟くくらいには、頭の悪い光景が広がっていたのである。
しかし、ストレートな罵倒を剛速球として投げ放った彼本人は、やはりどこか楽しそう。しかも楽しむだけ楽しんで、消火活動は一切しないであろう事は容易に想像できた。
ただ、彼のその発言で俺とシグは冷静さを取り戻す事には成功する。
展開しかけていた魔力を慌てて霧散させ、互いに見合って一息。それでも未だに口論が続く二名を見遣って、苦笑を漏らすのだった。
季節も段々と冬に近付いて来ているというのに、元気な事である。寒さの方が気になって、あそこまで怒鳴り合おうとする気概など普通は持てない。
「あの二人って、普段からあんな感じだった訳?」
「まさか、あんなの初めてだ。アイツら、そこまで子供っぽくなかったと思うんだけどな……」
「人の本質を見抜くのが難しい事は、私も良く分かる。散々宮廷で見て来たが、腹の底が見えないヤツなどごまんといたからな」
息が詰まるかと思った、と彼女は以前の生活を回顧していた。もしかしなくとも、その宮廷生活が窮屈だったからこそ市民との関係に傾注していたのかもしれないが、今となっては訊くだけ意味のない事だろう。
適当に合槌を打って木々の隙間を抜ける――そんな時だった。
微かに見えたものを認識して、先導する足を止めた。
「……どうした、ラウ?」
「後ろの馬鹿二人を黙らせろ。この先で人影が見える」
途端に真剣な表情で訊ねて来る彼女にそれだけ命じると、少し先行。事の次第をもう少し確認すべく、木の幹に隠れながらその先を窺った。
「…………」
息を潜めてその人影を凝視するが、一向に動き出す気配がない。どうやら気絶して倒れている様だ。
力無く、仰向けになって露わとなっている顔から推察するに歳の頃は十五以上、二十未満。背は俺よりも高く、リュウよりは低い。
性別は女。少女と言うべきか。
そして特筆すべきは、その上質な服装だった。
駆け寄って確認してみれば、暗い赤色のスカートや、上体を覆う黒めの服は厚く、またきめ細かい。幾らか汚れているとは言え滑らかな手触りであり、貧民や市民は勿論、少し裕福な程度では手に入りそうもない代物であった。
貴族事情に疎くても分かる。明らかにこの少女はやんごと無い身分にあるのだろう。
おまけに耳も長く尖っている。
スヴェンの様に、つまり靈儿の様に。
「それで、何があったの……って!?」
「この通りだ。一応息はしてるけど、気絶してるっぽい」
「靈儿? 何でこんな所に? まだスカーディナウィアまで距離もある筈でしょ?」
スヴェンとレメディアを黙らせに言ったシグがすぐ駆けつけて来た所を見るに、両者を黙らせる事に成功したらしい。
だが、一応どうやったのかと聞いてみれば、真剣な空気を察してくれたリュウの拳骨によって強制的に黙らされた様だ。
今は少し離れた場所で二人仲良く気絶しているとの事だった。リュウが面倒を見てくれているので滅多な事は起きないと思うが、だったら最初から止めて欲しかった。
彼にそれを言うだけ無駄なのは知っているが。
「貴族……いや、王族? 取り敢えず手当てを」
「あいよ。俺は何をすればいい?」
「癒傷薬をくれ。後は何もするな。その辺の警戒を」
「……雑な指示だな」
思わず舌打ちの一つでもくれてやりたい気分だが、そんな事をしている時間は無い。そもそも、他者に対する怪我の手当てなど碌にやった事もないのだ。知識がありそうなシグに任せるのが正解だろう。
手持ちの薬を渡すと、周囲を警戒しつつリュウの居る方へ声を掛けた。
「倒れている靈儿の少女一人を発見しました。気絶してますけど、服装からして多分王侯貴族の類ですね。今はシグが応急処置をしてます」
「分かった。今から二人抱えてそっち行くよ。僕としても興味深いからね。まだ一応東帝国の勢力圏内なのに、どうしてこんな場所に靈儿の貴族が居るのやら」
本当に不思議に思って居そうな返事の後、すぐに木の影からリュウが姿を見せる。勿論両脇に気絶した二人を抱えており、だというのに木の枝でも持っているかのように軽々としたものだった。
「あ、ラウ君、周囲の警戒ついでに二人が目を覚ますまで見てあげて」
「いや良いですけど……って」
それから雑に二人を地面へと放り出し、リュウはシグの下へと近付いて行く。
その足音を背後から聞きながら、乱暴に放り出された二人の少年少女へと視線を落とす。二人は未だ呑気に気絶し、あれだけ粗雑に扱われたにもかかわらず目を覚ます様子もない。
少しくらいは悪戯をしてやりたい気分だが、生憎この世界にはいつでも気軽に書ける筆記用具は存在しない。
仕方なくスヴェンの腹を椅子代わりにして周囲の警戒に当たるのだった。
「リュウさんどうです? 何か分かりました?」
「そうだね、結構可愛い女の子だと思うよ。流石は靈儿、ってところかな?」
「真面目にやって下さい」
「はいはい、けど大体はこの子は目を覚ましてくれない事にはどうしようもないと思うよ?」
お道化た態度を取る彼には俺とシグから冷たい視線が向けられ、彼は肩を竦めながら作業を再開していた。
だが彼の言う通り得られるものは少なく、シグが幾ら服を探っても目ぼしいものは見つからなかった。
彼女自身は至って真面目に探しているが、悲しい事に旅装が板について来た彼女はハイエナの様に死体を漁っている盗賊のようにしか見えなかった。
仮にも一国の皇女だった彼女の、何とも惨めな一コマであろうか。
「何? 私に文句でもある?」
「気にするな。早く服を漁れよ」
「……気分は盗賊だな」
シグもまた自覚はあったらしい。ぶつくさと不平不満を漏らしながら、尚も少女の服を漁っていた。
しかし何も見つからない事に苛立ってか、彼女は服の色々な所に手を突っ込んでいて、中々見どころがある。
結構きわどい場面も見られ、時々重力でもあるかのように視線が吸い寄せられてしまう自分が居た。
それでも自制心で目をそこから引き剥がし、周囲を見渡す。尻に敷いたスヴェンが苦しそうに呻いていたが、目を覚ました訳では無さそうなので敢えて無視。
そもそも、余り気が抜ける状況ではない。
何故ならこの人っ子一人見当たらない様な秋の森の中で、靈儿の少女がたった一人で倒れていたのだ。しかも貴族で、上質な外出用でない服を身に纏って、である。明らかに只事ではない気配が漂っていた。
「シグ、靈儿の国と東帝国は仲悪いんだっけ?」
「そうだな。そして戦史を紐解くと大体帝国側が悪い。領土拡張の野心であったり、奴隷確保であったり……そのせいで未だに国交断絶状態だ」
「そんな敵国の森の中で、何でたった一人で気絶してんだ?」
「はっきりした事など私が知るか。考えられるのは政争か、その類だろうな。だとしても供の者も居なければ武装も無いのは少し不自然ではあるが」
その辺りはリュウも同様に頭を悩ませているらしく、彼も顎に手を当てて黙考して居た。
俺としては難しくややこしい事を考えるのは苦手なので、早々にドツボに嵌りそうな思考を放棄して周囲の警戒に勤しむ。
けれど、自分達以外には他の誰も居ないであろう森の中で警戒すると言っても、中々に難しい。木々の生い茂る森では、何かを見付けるだけでも大変なのだ。
妖魎でも出て来るのなら別だが、今のところその気配もない。少女が一人だけで倒れている時点で不自然且つ不気味極まりないが、このまま何も起こらない事を祈るばかりだ――が。
「……?」
こう言う時ばかり悪い予感が良く当たるのは、もはや呪いか何かだろうか。
気のせいか、遠くの木の枝が不自然に揺れ、そしてそれが段々と近付いて来る。枝葉が邪魔でその姿は良く分からないが、数は一つではない。そして二つ三つでもない。
十は越えている。
「結構来ます! 俺の左手側!」
素早い。まるでそれは猿のように身軽で。
そして真っ直ぐこちらを目指していた。




