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キオクノカケラ  作者: 新楽岡高
第五章 ココロトジテモ
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第一話 Take My Hand③

「ジグぅぅぅぅぅぅうっ!」



 先程倒した筈の怪物が、幾人もの兵士を踏み躙り吹き飛ばしながら姿を現した。


 そしてそれに追い掛けられる少女は、シグ。理由は知らないが、やはりあの怪物は彼女に目を付けられているらしい。


 しかし、何より取り上げるべき問題はそこでは無かった。


「何で生きてんだ、アイツ……!?」


 あの人型をした怪物は、間違いなくラドルスが投槍で頭を貫き、その上で体の各所を剣で刻んでいた筈である。


 なのに、間違いなく脳味噌まで破壊された筈なのに、その怪物は凄まじい勢いで動き回っていた。


 今も戦場を荒らし回り、兵士達は混乱し、蹂躙されているのだ。


 不死身だとでも言うのか、あの怪物は。もしも仮にそうだとしたら、余りにも非現実的で、馬鹿げた能力であった。


 逃げ回るシグも今、殺した筈の怪物に自分が追い回されているという現実に、厳しい表情で直面している。


「何で……あんなに動ける!?」


 敏捷性からして、少女のそれと怪物のものでは桁が違う。逃げきれない事を早々に悟った彼女は、振り返って脚を止めると、魔法を行使していた。


 無数の氷柱――軒先(のきさき)で見られるものよりも数段大きなそれが怪物へ殺到するが、直撃しても何一つとして痛痒を感じていないらしい。


 攻撃も、物ともせずその間に居る兵士の体すらものともせず蹂躙し、向かっていく。


 そのまま、あっという間に距離を食らい尽し、怪物はシグへと迫っていたのだった。


「こっ、こんな――っ!?」


「足止めんな! 下がれ!」


 攻撃が何一つとして効かないと言う事実に、彼女は明確に狼狽え、怯えていた。


 幸いな事に、兵士達はあの怪物の乱入で殺されるか負傷、或いはバラバラに逃げ惑っていて、彼女の援護をするのは容易だった。


 三つほど、怪物の背中へ向けて白弾(テルム)を撃つと、そのまま駆け寄って槍を突き立てる。


「ラドルスとタグウィオスのおっさんは!?」


「わ、分かんない……いきなりコイツが出てきたせいで敵も私達も混乱して――」


「嘘だろ……!」


 怪物は白弾を食らっても蹈鞴(たたら)すら踏まず、そもそも突き立てた槍もその筋肉を容易に破る事が出来ない。


 威力も、切れ味も、充分申し分ない筈なのに、少なくともラドルスは痛痒を与えていた筈なのに――。


「ラウレウス、用心しろ! ソイツ多分、さっきより大きくなってる!」


「……そう言う事かよッ!」


 身体強化術(フォルティオル)を全身に掛け、もう一度槍を突き立てる。威力も上がった為、しっかりと突き刺さったのだが。


 槍で穿たれた筈の肉の穴は、瞬時に埋まってしまった。


「自己再生!? ふざけんな、何だそりゃあ!?」


 幾ら何でも反則級の能力に、目を剥きながら後退するしかなかった。


 だが、その能力を目の当たりにした事で、一つの謎が解ける。


「倒したと思っても動ける訳だ……!」


 あの自己再生能力であれば、頭を破壊されても動ける事の説明がつく。多少の時間は掛かったのだろうが、現に今もこうして怪物は動いている。


 ただ馬鹿げた話である事に違いはなく、今も怪物に矛先を変えた兵士達を散々に蹴散らしていた。


「おいシグ! あれ本当に総主教なのかよ!? 天神教の総本山ってのはあんな化け物みたいなのがゴロゴロいる訳!?」


「そんな馬鹿な事あるか! 私の知ってる総主教は人の良さそうな笑顔をした、髭面の老人! 裏では黒い噂も聞いてたけど、少なくともあんな筋骨隆々の武闘派じゃ無かった!」


「どう考えても嘘にしか聞こえないんだが!?」


「じゃあ訊くな!」


 彼女の言う事と、今目の前に立つ怪物との乖離が激し過ぎて、例え本当であろうとも信じられない。


 とても髭面の老人には見えないし、そもそも誰がどう見ても、普通の人間ではない。


 それに、これが天神教の総主教――つまり首領だとするのならば、悪魔が一体どちらなのかと思えてしまう。


「誰かが総主教の振りをしてるとか、最近代が交代したとか!?」


「あの衣装は総主教以外は絶対に着る事を許されないものだ! だから成り済ましはあり得ないし、総主教の交代もあり得ない! そうなったら大人数の前では布告されるからな!」


「そうは言うけど、コイツ……」


 明らかに、悪魔などと呼ばれている自分よりもこの怪物の方が禍々しくて、しかも先程からその辺の兵士達を蹂躙しまくっている。


 最初は追手である皇太子が差し向けたものかと思ったが、この分では無関係なのだろう。


 重装騎兵を率いている皇太子も、蹂躙されていく兵士達を馬上から呆然と眺め、そして忌々し気に叫んでいた。


「何故こうも邪魔が……白儿(エトルスキ)とシグルティアはまだ我が手中に無いと言うのに!!」


「どうやら、想定外なのはお互い様らしいな」


 散り散りになっていた中で、それでも果敢に向かってきた兵士をあっさりと斬り捨てた后羿(コウゲイ)は、したり顔で呟いていた。


 けれど、周囲を見渡せどラドルスとタグウィオスの姿は無い。最悪の事態を想定して少し渋い顔をするが、それだけだ。


 彼らの生き死になど、直接自分には関係が無いのだから当然だろう。損として挙げられるのは、この場で敵を相手にする負担が増える事だろうか。


 しかしそれも、今復活して暴れ回っている怪物のお陰で兵士の多くが散り散りとなり、大した問題ではなくなってしまっている。


「こりゃ好機だ、とっととずらかるぞ」


「おう」


「待って、ラドルスとタグウィオスが……!」


 后羿(コウゲイ)の言葉に同意して、早々にこの場から離脱を図ろうとするが、それを引き留める様に手が伸ばされた。


 折角の逃げる好機だと言うのに、それをみすみす逸しかねないシグの主張。


 けれども、その主張が分かってしまう自分も居た。思い出されるのは、前世で殺された親友たちの姿。生きて居て欲しいと願ってしまう気持ちは、自分も充分に分かっていたから。


 だから、シグの手を振り解こうとしても、どうしても出来なかった。


 しかし后羿からすれば、その主張は煩わしいものだったらしい。彼女を睨みながら、冷たく言い放っていた。


「それで待つ理由が俺達にはねえ。もう少し行けば、ビュザンティオンの周りに出来た村落にも着くんだし、そこで一旦姿を隠せばこっちのもんなんだぞ」


「けど……二人が!」


「お前を逃がす為に戦ってるんだ。寧ろここでお前が踏み止まったらその努力をふいにする事になるともうが?」


 彼の言う通りだと、思った。


 とにかく、今はこの場からの離脱が最優先。今は皇太子の率いる重装騎兵も混乱しているから良いものの、チンタラしている内に態勢を整えられでもしたら最悪だ。


 そうならない為にも、ビュザンティオンの周囲に存在する村落を目指す。大都市周りの農村と言うだけあって人も集落も多く、その付近にまで来てしまえば追手も捜索するのが容易ではない。


 逆に、今居る場所は開けた草原。所々に小さな森などはあるが、見晴らしを良くするために城壁の周囲に余り多くの物がある事を許されていないのだ。


 隠れるには不利極まりない場所に、今は居るのである。今は夜だから良いものの昼になれば、それこそどこもかしこも開けている事だろう。


「それでも尚、あの二人が気になるならお前一人だけ残れば……」


「……分かった。残れば良いんでしょ」


「正気か? まぁ別に止めはしねえけど……」


 人間ってのは良く分かんねえ思考回路してるな、と呆れた様に后羿が呟くが、どうやら彼女の意志は固いらしい。


 思えば彼女は、タグウィオスを救う為に大宮殿(メガ・パラティオン)へラドルスと二人で乗り込んで来たのである。それを鑑みると、彼女が彼ら二人を見捨てないのは当然でもあったのだ。


 何にせよ、これで話は纏まった――と思ったのだが。


「ヴォ、オオオオオオ――ッ!」


 まるで狼の遠吠えの様に、しかし遥かに太く乱暴な声が、夜空に響き渡った。


 その声量に驚かされながらも即座にそこへ目を向ければ、怪物が立っていた。


 それも、夥しい数の死体を踏みつけながら、である。


 血に塗れた大きな手から鮮血を舐め取り、しかしそれでも物足りないのか、拾い上げた死体の一つを食べ始める始末。


 その余りにも衝撃的な光景に、表情筋が引き攣るのをどうにかする事は出来なかった。


 今が夜だから良いものの、明るい日中であればその凄惨さはより細かく目についていた事は想像に難くない。


「……三日月の夜で良かったぜ」


「それでも十分気持ち悪いけどな」


 くちゃくちゃと新鮮な生肉を咀嚼する音には、本当に身の毛がよだつものがあった。横に立つシグに至っては何かを言う余裕は無いらしく、見開かれた目で怪物を凝視していたのだった。


 おまけに、怪物は死体を食べながらその目をこちらに向けたまま離さない。どう見ても次の標準をこちらに定めているらしい。


 まさかここで少しシグと問答している間に、追手の兵士達が壊滅するとは思いもよらなかったと、后羿(コウゲイ)と共に顔を引き攣らせたその時。


 馬蹄の音に、ハッとする。


「私とプトレマイオス主教、それと三騎だけついて来い! 後の者はあの訳の分からない化け物を殺せ!」


「ははっ!」


 (ようや)くと言うべきか、皇太子に率いられた重装騎兵(カタフラクト)が動き出していたのだった。


 しかし、それを見ていた怪物は、それまで食べていた死体を放り出して突然動き出す。


「アれ、は、おマエラの、チガう! チガうぅぅぅぅぅぅうっ!」


「おいおい、何だありゃ!?」


「錯乱してる……いやあれは元からか。それよりこっちに来るぞ!?」


 狙いは変わらず、シグだろう。視線は彼女に固定され、外れる気配はない。皇太子と言い、あの怪物と言い、今日は俺以上に彼女の方が人気かも知れない。


 何にせよ、重装騎兵も迫っている以上、ここで戦力としてカウント出来る彼女を置いてけ堀に出来る筈もなく。


「……仕方ねえ、シグ! あの怪物の足を止めてまずは斃す! 援護を! (コウ)は皇太子連中を上手く足止めしてくれ!」


「了解」


「勝手に仕切る上に俺へ無理言いやがって……分かったよ」


 幾ら規格外の速さを持つ怪物とはいえ、地面を動き回るのだ。彼女の魔法属性から考えてもやりようはあった。


 シグが片手を地面に付けた瞬間、一気に地面が凍り付き、そしてスケートリンクの様につるつるとなったのだ。


 そしてそれはつまり、怪物の機動力を奪った訳であり。


 ついでに言うと重装騎兵もこれで接近が不可能になった訳であるが、その効果は副次的なものでしかない。


 今は、何よりもこの怪物を倒す事が最優先だった。


「オ!?」


 勢いよく転倒したそれは、全く見当違いの方向へと滑って行き、そして凍結していない地面へと投げ出されていた。


 見っとも無い、無様な様子だったが、それを嘲笑う暇はない。それは攻撃をする為に作って貰った隙なのだから。


「行けぇッ!」


「オ、オオ――」


 白弾(テルム)。有りっ丈の魔力を全て空にしてしまう覚悟で、幾つも生成し、それをマシンガンの様にとにかく撃つ、撃つ、撃つ。


 怪物はどうにか立ち上がった所でそれを受け、腕をボクサーみたく立てて防御している。


 しかも、その状態のままその太い足で地面を蹴り、飛び込んで来たのだ。


 氷の上では滑ってしまうから、だから凍り付いた地面の外側から、一足跳びに向かって来る。


 そして怪物は、実際にそれを可能にするだけの身体能力と筋力を有していた。


 けれど、そうなる事も先程までの怪物の戦いぶりを見て居れば分かっていた訳で。


「……貰った!」


「――――ッ!?」


 凍り付いた地面から幾つもの氷の杭が飛び出し、怪物を刺し貫いたのである。


 跳躍して空中に居たそれには、最早回避をする事など不可能だった。


 足や腰、腹、胸、腕、頭。


 至る所を串刺しにされ、怪物はその身動きが碌に取れなくなっていた。


 ……だが。


「ア? ア? ォ?」


「まだ動く!?」


 抜きやすい箇所から、例えば腕などと言ったところから順に、串刺しから脱出を始めたのである。


 慌ててシグは更に追加で杭を生やすが、それを自由になった腕が片端から破壊していく。


「このままだと……!」


「大丈夫。俺の方も準備出来た」


 厳しそうな表情を浮かべる彼女だったが、実際それによって稼げた時間は充分だった。


 ボニシアカ近郊で出会った奇妙な獣や、ビュザンティオンに向かう途中の船で遭遇した腕蛸魚(スキュラ)。それを撃破した時の様な白弾(テルム)を生成する上で、充分な時間であったのだ。


「ここで仕留めるッ!!」


 そうして撃ち出した白弾は、一瞬のうちに怪物へと直撃する進路を辿り、そして。


 派手な爆発を起こして、その腰から上を消し飛ばしていた。


 威力で言えば、下手をすると今までの中でも相当高かったかもしれない。魔力も、感覚的に結構使わされ、まだ余裕はあるものの、この攻撃にどれだけの力を使ったのか強く実感させられる。


 それ程の魔力を使ったのだ、ここで仕留められなければ――。


 そう思って怪物の下肢を注視していると、動きがあった。


「嘘だろッ!?」


「そんな!?」


 見る見るうちに下半身から再生が始まり、腹などを形作り始めたのである。


 その驚倒ものの生命力としぶとさを、背筋の凍る思いで眺めつつ、それでも次の手を考える。


 これで駄目なら、また魔法をぶつけてやれば良いのだ。意地でも殺してやる。


 シグも同様の決意を抱いたのか、怪物の再生を注視しながら新たに魔力を練り、攻撃の準備を始めていた。


 その間にも、怪物の再生は続く――が。


「……ヲ!? ギ、ギギ!? ハ!?」


 頭部まで再生された辺りで、怪物が途端に苦しみ出し、異変が起きた。


 そもそも、まだ完全には再生も終わっていなかったのだが、いきなり怪物の体が崩壊を始めたのである。


 腐り落ちる様に筋肉や臓物がまず体から溢れ、破裂し、凍り付いた地面へと落ちて行く。


 それが余りにも耐えがたい苦痛なのか、怪物は再生しかけた腕で全身を掻きむしるが、その腕もとうとう崩れ落ちる。


 信じられない光景に、先程まで后羿(コウゲイ)を相手にしていた皇太子や重装騎兵も、距離を取って遠巻きに眺めて居た。


「何が起きている……? プトレマイオス主教、分かるか?」


「いえ、僕にも分かりませぬ」


 そのグロテスクな光景に無反応で居られる者はそうそう居ないだろう。多くの者が最低でも表情のどこかしらを歪ませ、その一部始終を見守っていた。


「……死んだ?」


「多分」


 以前倒した際には、頭部を破壊して動かなくなったと思ったのに復活した。それを考えると、本当に死んだのか簡単に信じる事も出来なかった。


 しかし。


 いつまで経ってもぴくりとも動き出さず、遂には悪臭まで放ち始めたこれが、もはや生きているとは到底思えなかった。


 それを確認して一息……と吐きたいところだが。


 まだ問題が解決した訳ではない。


「良く分からん邪魔者が消えてくれたわけだな。喜ばしい事だ、しかも貴様らで勝手に決着をつけてくれた。手間が省けたぞ」


「全くですな」


 帝国皇太子、マルコス。そしてそれに追従するように兵士二人と神官の恰好をした男が下馬していた。


「シグルティア……貴様の魔法がある状態では、補助兵力も無い重装騎兵(カタフラクト)は役に立たん。中々面倒なものを作ってくれたな?」


「自慢の重装騎兵(カタフラクト)は下げる訳? 兄上が手塩にかけたくせに大した事もないね」


「この状況で騎馬に何が出来ると言うのだ!? 忌々しい!」


 苛立ちをぶつける様に、彼は凍った地面を蹴り付ける。


 それもその筈。重装騎兵が特に優秀とされるのは、突撃と言う一点が大きい。ただでさえ武具が重い為、人馬共に余り小回りが効かない。


 戦場であれば厚い装甲があるので矢を射かけられようと凌げなくもないが、程良く近寄れなければ意味がない。


 彼が苛立っているのはそう言う事なのだろう。少なくとも、氷上では馬は運用出来ないという訳だ。弓も無い訳ではないが、こちらを捕縛しようと言うのであれば、暗さもあって運用には向かない。


「……まぁいい。プトレマイオス主教、貴殿にも期待しているぞ」


「ええ、お任せください。シグルティアは僕のものとなるべき娘ですから……」


 マルコスの言葉に対し恭しい礼を取る肥え太った男の名は、プトレマイオス・ザカリアス。シグに聞いた話では、あの総主教ザカリアス三世の息子らしい。


 先程、どうやらその総主教様とやらは怪物の姿でご臨終為さったらしいが、恐らく彼らは皆誰もがあの怪物が総主教だとは気付いていないのだろう。


 多くの尊敬と尊崇を集めている事が想像出来る、総教徒の頂点に立つ者の、悲しい最後であると言える事も出来そうだ。別に同情もしなければ悲しくもないが。


「父親の地位を笠に着て結構好き勝手な事をしてるのが、あの男。私の事もつけ狙ってるらしくて、政変が起こる前に何度か求婚もされた。愛人になれってね。父が父なら子も子、何処にも同情の余地はないよ」


「あんな見た目で愛人作るとか……恐ろしいな」


 金と地位があれば可能なのだろう。多分、無理矢理にでも。


 おまけに碌に自己管理も出来て居ないのか、見苦しいほど太った体に乗っかる顔には幾つもの噴き出し物が出来ていた。


 それがさながらイボガエルの様で、何度見てもそれを連想してしまって、嫌悪感が抜けなかった。


「シグルティア……今日こそ、君は僕のモノになって貰うよ!? 逃がさないからな!」


「何度も言ったけど、お断り。貴方気持ち悪すぎて生理的に無理なんだ。諦めて」


「ふふふ……そう言う強気な所、堪らないねえ。屈服させるのが楽しみだ。何か、まだ抵抗する気みたいだけど、謀反人である今の君を助ける者なんて居ないって事、忘れないでね?」


 プトレマイオスから向けられた全身を舐め尽くすような視線に、シグは堪らず自分の体を腕で隠すような仕草をしていた。


 それを見ていた俺と后羿としても、その視線の気持ち悪さにはシグへ同情の念を禁じ得なかったほどだ。


「お前も大変だな……」


「ちょっと、嬢ちゃんが可哀想になって来たぜ」


「私としても、今すぐここから逃げ出したい気持ちで一杯なんだけど」


 そう言いながらチラリと見遣るのは、周囲の暗闇。


 この中のどこかに、ラドルスとタグウィオスが居る筈なのだ。彼女としては彼らが心配なのだろう。


 そんな彼女の気持ちが分かってしまう身として何か言葉を掛けてやりたいものだが、その事について言ってやれる言葉が見つからない。


「まぁ、そんな俺達に朗報だ。来たぞ」


「「……え?」」


 不意に主語を飛ばして言われた后羿(コウゲイ)の言葉に、キョトンとした顔を仲良く浮かべていた……その時だった。


 誰かが、外套を靡かせながら上空から降りて来たのである。


 かなりの高さから落ちて来たようにも感じられたが足音も小さく、そして着地しても脚を痛めた気配もない。


 その時点で明らかに、常人の区分から激しく逸脱していると言って良いだろう。


「どうしたの、(コウ)が居るのにこんな所で手間取っちゃって?」


「すまん、想定外が起こっちまってなぁ」


 気まずそうに愛想笑いを浮かべながら后羿が話す相手は、仮面を着けた人物。


 口元以外を覆い隠してしまってその表情は窺い知れないが、少しばかり期待外れと言った口調が滲んでいた。


「君なら多少なりは想定外が起きても大丈夫かなあって思っていたのに、当てが外れたよ」


「限度があるわ! 万全な状態ならいざ知らず、今はまだ力も戻り切ってないんだからな!? おいリュウ、お前幾ら何でも精霊の扱い雑すぎんぞ!?」


 リュウ、と呼ばれたその人物はその指摘に対し、しかし白を切る様に肩を竦めていた。


「まぁ、それはさて置き。細かい話はこの状況を切り抜けてから、としておこうか」


 微かな月光に照らされる白い髪。着物の様な袖から伸びる白い腕。仮面の下から覗く紅い眼。


 俺と同じ特徴を持ったその人物は、マルコスらを見つめながら、悠々とそう言っていたのだった。





◆◇◆




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