第一話 Take My Hand②
◆◇◆
未だ、遠くの城壁の向こうから、騒がしい声が聞こえる。
蹄の音まで聞こえ始めた辺り、遂に騎馬隊による捜索隊も出撃したのだろう。
こんな夜中に駆り出されるビュザンティオンの兵は可哀想だなと思いつつ、だからと言って見つかってやる気は毛頭なかった。
「幾ら拓けていても、これだけ暗いなら遠くからじゃ視認も出来ないだろうな。諦めりゃ良いものを」
「無駄口を叩くな! どれだけ有利な状況だろうが一刻も早くこの場から離脱しなければならないのは変わらぬ!」
「へいへい。アンタ、結構怖いな……」
油断しかけた心を引き締める様に、タグウィオスの注意が飛ぶ。その注意を受けた張本人である后羿は、少し茶化す様に肩を竦めていた。
全く懲りる気配のない彼に白けた視線を送るのも程々に、俺はシグに気になっていた事を訊ねる。
「あのマルコスって皇太子、どんな魔法なんだ? 水魔法ぽかったけど……?」
「水変成魔法。体の一部、或いは全体を魔力で一時的に水に造り変える。変成魔法自体が少ないけど、見た事は?」
「無くはない。以前暮らしていた村の傭兵隊長が、その系統の奴だったから」
確か、名前はアルギュロスだったか。グラヌム村から逃げ出す際にも、俺を捕縛する為に出動していた覚えがある。
体をその属性へと一時的に造り変えるので、厄介な事この上ないものであるとも、実際に戦った事は無いが聞いた事はあった。
「一時的でも物理攻撃などが効かなくなるから、戦う時は用心しないといけない。今度またアレと戦う事があれば、迂闊に接近しない事は肝に銘じて置け」
「……分かった」
再会、再戦、する機会が二度と来ない事を祈らずには居られない。まだ殴り返せていないので気が晴れている訳ではないのだが、己の身の安全と一時の感情など秤に掛けるまでもなかった。
一応忘れない様に彼女の忠告を心に留めていると、今度は彼女が質問してくる番であった。
「アンタ、本当に白儿だったのな」
「……だったらどうした?」
既に都市から出てそれなりに時間と距離が過ぎている。光源は少なく、頭部に向けられた彼女の瞳は辛うじて色の判別が出来ているくらいだろう。
しかしそれでも、ジロジロと見られているのが分からない訳ではない。今まで散々周囲の目を警戒して旅をして来たのだ、寧ろ気付けない訳が無かった。
故に彼女の視線を咎める様に睨み返すのだが、返って来たのは「気にし過ぎだ」とでも言うような笑いだった。
「別にアンタを売ったりなんかしない。私達だって追われる身だし、自分から騒ぎを起こしたい訳じゃ無いんだから」
「どうかな? 心の中でどう思ってるかなんて、言葉で幾らでも覆い隠せるし、覆せるんだぜ」
ボニシアカで出会ったアロイシウス達が良い例だ。自分の素性が露見するのも構わず、必死になって救ったのに、彼らは簡単に裏切った。
その前には、こちらを信頼してくれている様な言葉まで吐いておいてそれだ。少しの付き合いで気を許してしまった自分も悪いが、だからと言って人はあそこまで簡単に掌を返せるものだとは思いもしなかった。
「おい……ここまで一緒に行動しておいて、その態度は無いと思うぞ? 少しくらいは信頼してくれても良いと思うんだが」
「この程度で少しでも信頼して油断してたら、簡単に殺されるぞ。ラドルスが警戒してたから良いものの、お前自身が能天気すぎるんだよ」
「んなっ……!?」
「タグウィオスからも話は聞いたぞ。帝国の第三皇女として庶民の事を考えて行動してたってな。けど、今のお前は謀反人として追われる立場だ。認識が甘いんだよ」
「い、言わせておけばッ!!」
「姫様! 落ち着いて下さい! 今は、今はとにかく逃げる事が最優先です!」
暗くとも、シグが激高しているのが分かる。それをすぐさまタグウィオスが制し、宥めていた。
咎める様な視線が今度はラドルスが向けていたけれど、そんなものは知った事では無かった。
ただ、彼らから視線を外して正面を見据える、が。
「何だお前、嫉妬でもしたか?」
「……何の事だか」
視線を逸らした先で、ニヤニヤと嫌な笑みを貼り付けた后羿と目が合った。
その指摘に何故か心が跳ねて、今度は視線を足元へ落とすが、彼は黙らなかった。
「しらばっくれるなって。あのシグって嬢ちゃんが羨ましいんだろ? 何せ、捕らわれていた自分の側近を助ける為に敵地へ乗り込むくらいだ。余程の信頼関係が無ければ無理だしな?」
「……それを言ったらアンタとリュウさんだってそうだろ。俺を助けてくれてる。寧ろ、余り接点が無かった訳だし、友情とかより尚更喜ばしい事じゃねえか」
「そうじゃねえよ。お前は善意を一番望んでる訳じゃ無くて、ああ言った繋がりが欲しいんだろ? 時間を掛けて育まれる信頼、とか」
「……っ」
俺へだけ聞こえる様に小声で突き付けられたその言葉に、咄嗟に反論が出来ず、息も詰まった。
そんな事を考えてすら居なかったけれど、だからこそ気づかされた様な気がして、言葉が出なかった。
それを見透かしてか、最後に彼は含みのある言葉を囁いていた。
「追及するのはこのくらいにしといてやるよ。何、困ったら相談してくれ。前に一度、似たような奴に会った事はある」
「…………」
返事は、しなかった。出来なかったと言った方が正しいだろうか。
心内を見透かされたような気がして恥ずかしくて、自分がどうしようもなく見っとも無い気がして。
実際、自分がどうしようもなく子供っぽい思考に走っていたのは確かなのだろう。
小さく息を吐き出しながら、何となく気が落ち着かなくて頬を掻いた時だった。
一瞬で后羿の表情から笑みが消え、真剣なそれへと様変わりしていた。
「……何か来る。デカいぞ! こっちに一直線、足音に迷いもない事を考えるに、もう見つかってる可能性が高い!」
「まさか追手? あり得ぬ、これ程まで急に!?」
「あり得る、あり得ないは蓋開けるまで分かんねえよ。とにかく来るぞ――!」
既に、足音は誰にでも聞こえる程に大きく、激しく迫っていた。
明らかに只の人間の足音ではない。馬でもない。巨大な何かが、単身で迫っている様な足音。
タグウィオスが驚愕する気配がする中、后羿がいつになく真剣な表情で注意喚起していた。
もはや誰もが足を止め、音のする方向の暗闇に目を凝らす。
そして、それは現れた。
「じグゥゥぅゥぅウッ!?」
異様に発達した、上半身の筋肉。所々筋も浮き上がり、内に秘めたる破壊力を表すかのように痙攣している。
その、人の頭を軽々握り潰せそうな掌は赤黒く濡れ、遅れてやって来た匂いがその塗料の正体を教えてくれた。
「うっ……!?」
「こりゃあ何とも気色悪い……」
「妖魎? だがそれにしては見覚えがない、だと?」
シグもラドルスもタグウィオスも、その姿に目を剥いていた。何故なら、それ(・・)は全身が血に塗れて居るのだ。一体どれだけの命を奪えばこうなると言うのか。
その場の殆ど誰もがその強烈な血腥さや威圧感に顔を顰める中、唯一后羿は冷静だった。
冷静に、それを指差して言った。
「……コイツ、人間だ」
「人? ……これが!?」
それは余りにも非現実的な指摘だった。
あり得ない。辛うじて人の形を保っているけれど、上半身と下半身の比率からしておかしい。そもそも、人が身に着けられる筈の筋肉量を遥かに凌駕している。
これ程までにアンバランスな生物が、人である筈がない。人に似た何かか、もしくは人に擬して造られた何かである方が余程自然であるとすら思えてしまう。
「アデ……ジャまガ、イドゥ? ン、ンン?」
とても真面な自我のある人間とは思えない挙動で、何事かをくぐもった声で呟く、人型の何か。
それを指差して、タグウィオスは后羿に反論していた。
「……仮にこれが人であったとして、一体何処から出て来たと言うのだ!?」
「そんなの知るか! ビュザンティオンの周囲には化け物が住んでるんじゃねえの?」
「馬鹿を言え! ここは聖都だぞ!? 巡回の兵がこんな化け物を見過ごす訳がない!」
「だから何だよ!? それ以上訊かれても俺が知る訳ねえだろ!? 寧ろ何で帝国の人間である筈のお前らが分からねえんだ!?」
幾ら精霊であっても、知らないものは知らないらしい。タグウィオスからの反論の数々に、彼は半ば堪忍袋の緒を切り掛けながら答えていた。
しかし、そんな遣り取りは怪物からしてみれば何の興味もないのか、はたまた理解出来ないのか。それは唐突に口端を吊り上げ、三日月の様な笑みを浮かべていた。
「エへ……へへへへっ。ドッか、イケ」
「――ぬぉッ!」
「ラドルス!?」
気付けば、横に居た筈のラドルスが吹き飛ばされ、すぐ真横に巨大な筋肉の塊が立っていた。
鈍重そうな見た目のくせに、その速度は一級品だったのである。元々は普通の人間であった事を表す様に、腰の周囲には衣服の残骸が見られたけれど、そこから覗く脹脛は下手な子供の胴体ほどの太さを誇っていた。
「こいつ……!」
ラドルスは果たして無事であろうか。
確認に行きたいのは山々だが、こんな危険そうな奴が居ては迂闊な真似は出来ない。
咄嗟に跳び退り、それに合わせて周囲に白弾を展開する。
しかし、その怪物はこちらに目をくれる事は無く、シグへと目を向けていた。薄暗い、光量の少ない時間だと言うのに、正確にその位置を探知していたのである。
「姫様、狙われています! 後退を……」
「無理! 完全に狙われた! それより誰か、ラドルスの――」
シグが必死に氷魔法で怪物を牽制するが、そんなものは効かぬと嘲笑わんとばかりにそれは駆け続ける。
状況は秒を追う毎に悪化の一途を辿って行く、そう思われた時だった。
怪物の脳天を、投げ付けられた一本の槍が直撃した。
「……オ?」
「このデカブツがっ! よくも俺をふっ飛ばしてくれたな!?」
ふっ飛ばされながらも、即座に戻って来たらしい。
腰に佩いていた剣を引き抜きながら、ラドルスが一気に肉薄する。
脚、腰、腕、肩。
まるで棒切れでも振り回す様に剣を使いこなし、次々に切り裂いていく。緩急を持たせたその動きのせいで、俊敏な動きはより映えていた。
それを見ていた后羿ですらも、その姿に感嘆の呟きを漏らす程だった。
「やるな、アイツ」
「当たり前だ。奴は碌に魔法も使えないくせに姫様の親衛隊を務めた程の男だぞ。余り知名度も無いが、手前の弟子でもある……弱い訳が無かろう」
自慢げにタグウィオスが腕を組んでそんな事を言っている間に、その怪物は鈍い音を立てて地面へ仰向けに倒れ伏した。
それを確認して、ラドルスは怪物の頭部に突き刺さった槍を引き抜いた。
「だ、大丈夫か? 結構良いの貰ってたけど」
「あ、お嬢、気になさらず。痛ぇ……クソが、気を抜いたらこれだ。つか、コイツ何なんですか?」
「さあ? ……まだ辛うじて身に付いてる服を確認すれば、それもはっきりするけど」
ラドルスの心配もそこそこに、シグは倒れた怪物へ無警戒に近寄り、そして残っていた衣服を漁る。
タグウィオスとラドルスがその不用心さを咎めようとするが、それよりも先にシグの顔が驚愕の表情に染まる方が早かった。
「この服、総主教……ザカリアス三世?」
「そ、総主教!?」
「ザカリアスだと!? 馬鹿な、あの老人がどうしてこのような……!?」
話の見えない俺と后羿を置き去りに、シグの驚愕は他の二人にも伝播していた。
色々と質問してやりたかったのは山々だったが、今の状況はゆっくりしてなど居られない。
まず間違いなく、先程までの戦闘音を聞きつけてここへと追手が向かって来る筈である。
「話は走りながらだ! 俺らにも分かるように説明してくれ!」
后羿のその言葉に、呆然としていた三人も触発され、再び逃走を開始する。
しかし、追手はそもそもの話、騎馬なのである。
あの怪物を相手にして脚を止めさせられ、手間取らせられた時点で、その結果は目に見えていた。
「居たぞ! 殿下に伝令を! お前達、絶対に見逃すな!」
「お出でなすった、ってか?」
走りながら、器用にも后羿が振り向きざまに一射。
伝令の為に隊列から別れた騎兵が、その正確無比な一撃で馬上から落下していた。
しかし、所詮焼け石に水。
新たな伝令が今度は一度に三騎、隊列からばらばらに別れて行ったのである。
「対策の早い事で……!」
忌々し気に舌打ちをした彼は、その伝令の内二人までを矢で落馬させたところで、それ以上射るのを止めた。
流石に、己の足で走りながら振り返って射るにも、限界があったのだ。
何より今後の戦闘も考えて、矢の残りを無駄には出来ないと思ったのだろう。
伝令を行かせてしまった事は惜しいが、やむを得ないという外なかった。
自分の魔法で攻撃と言う事も考えたけれど、それを使ったら自ら居場所を大声で知らせるも同義である。
打つ手はなく、后羿と同じ様に舌打ちの一つでもしてやろうかと思いながら、何気なくラドルスに視線を向ければ。
「おい、お前顔色悪いぞ?」
「……問題ない。この程度で落伍する訳にはいかないんだ」
「落伍どうこうの話じゃねえ。自分の頭がどうなってるか分かってんのか? 血が出てんだよ、ちゃんと止血しろ」
「そんな事、言われなくても分かって……」
言葉がそこで途切れたと思ったら、彼の体がふらついた。
やはり先程の戦闘のダメージを引き摺っているらしい。それなりに出血もしているが、恐らく吹き飛ばされた際に頭部そのものへもダメージが入っていたのだろう。
しかしそれでも尚、彼は倒れなかった。
「この程度でっ! 最悪、落伍しても俺は置いて行ってください! 足を引っ張る訳にはいかない!」
「……ラドルス。そうは言うが、そもそもお前を置いて行く心配もなさそうだ。前を見ろ」
タグウィオスが指を差したその先には、いつの間にか先回りした騎馬兵の姿。
その先頭で馬に跨っているのは、恐らくあの皇太子だろう。
もはや居場所は露見し、半ば包囲にも似た状況下にまで置かれているのだ。魔法を使う事に躊躇する理由も無かった。
「いつまでもしつこい奴だなッ!?」
一カ所に密集して接近してくるのなら、それこそ白弾で一網打尽にしてやる。足を止めず、あの皇太子共々追手を撃破しようと白弾を撃つのだが。
「ラウレウス、あの数じゃ無駄だ!」
「あ?」
ラドルスの言葉に怪訝そうな顔をするしかなかったが、事実彼の言う通り白弾は結界らしきものに弾かれていた。
正確には傾斜のある結界らしい壁によって攻撃を逸らされた訳だが、防ぎ切られた事には変わりない。
「何が……!?」
「連中は只の騎馬じゃねえ、帝国の最精鋭騎兵のみで編成された重装騎兵って奴だ。鎧そのものにも結界術式が組まれ、多くの者と隊列を組めば組む程に魔法に対する防御力が増す!」
「ふざけんな! 反則だろそんなの!?」
「東界の華胥でも見られるぜ、この程度。まぁ、西も東も考える事は一緒って事だ。けど、維持費とかは嵩むと思うが」
最悪なタイミングで最強戦力が投入された、とラドルスが憎々し気な表情と共に理由を説明してくれる。
その余りの理不尽さで、手に持っていた槍を地面に叩きつけてやりたい気分になるくらいだ。
他方、もう見慣れたと言うように后羿は呟いており、その呑気さに怒鳴り散らしてやりたい気分になったのは内緒である。
しかし、今は怒鳴り散らしている状況でも無い訳で、その苛立ちは尚も勢いをつけて突っ込んで来る重装騎兵にぶつける事とするのだった。
「今度こそ逃がすか! 私の野望を成就させるために!」
「本当に懲りねえなお前! どんな野望だか知らねえが、どうせ大した事もねえのに他人を巻き込むんじゃねえよ!」
「貴様のような下賤の小物に……人の姿をした資源になど理解は出来まい! 所詮貴様は我ら人類に踏み躙られ、狩られるのがお似合いなのだからな!」
重装騎兵は兵士だけでなく馬の正面にまで装甲を施し、正面から相対するだけでもその威容は桁違い。軽騎兵といつぞや戦った事があったけれど、その時とは比べ物にならなかった。
形容するなら、比喩するならどの様なものがあるだろうか。
鉄の塊。戦車。弾丸。
どちらにせよ、生身でどうにか出来るものだとは到底思えなかった。
「ぐっ……!?」
回避は間に合わない。
正面から叩き潰そうと踏み止まって見たが、やはり魔法攻撃が効かないのだ。やむを得ず魔力の盾で馬上槍を受け止めるけれど、その威力は想像を絶するものだった。
幾ら咄嗟に作った魔法の盾であろうと早々破られる筈も無い自信があったのに、槍の穂先が貫通して来たのだから。
「っ……!?」
おまけに、一拍置いて騎馬共々盾を突破して来た。
その結果として砕かれ、霧散して行く魔力。
余りにも非現実的な光景に、それ以上驚く事も出来なかった。
盾を張ったお陰で騎兵突撃を逸らす事は出来たものの、直撃を免れたのも運でしかない。
次にまた突撃を受けたら、今度は盾ごと貫かれないとも言えなかった。
「ラウレウス、無事か!? 馬鹿野郎、騎兵突撃を真正面から受け止めようとするんじゃねえよ!?」
「あ、わりい……」
自分以外は、素早く突撃の軌道から離脱していたのだろう。駆け付けた后羿に頭を叩かれる。
だが、その間にも皇太子に続けと言わんばかりに多くの騎兵や、更には歩兵までもが殺到してくる。
その猛攻の前に、俺達はもはや散り散りに分断されていたのだった。
もはや、シグ達が何処に居るのかも分からない。
「仕方ねえ、もう連中の事は諦めろ! 俺とお前だけでここを離脱するっ!」
「……分かった」
一般的な武装の騎兵を一人、また一人と魔法で撃ち落とし、近付いては繰り出される槍の穂先を躱し、短槍で突き返す。
どろりとした生温かい液体を頭から被るけれど、構いはしない。
「この悪魔が、神による正義の鉄槌を……!」
「うるせえんだよっ、このストーカーが!」
「いやストーカーって何だよ」
狂信的な雰囲気すら感じられる兵士の頬に、槍の石突を叩きつけながら罵倒で返す。それを聞いた后羿が怪訝そうな顔をするけれど、どうやらこの世界にその概念は無いらしい。
一々説明するのも面倒なので「何でもない」と言って血路を拓いて行く。
見れば后羿もその手に剣を持って応戦しており、弓しか使えないと言っておきながら、しっかりと接近戦を熟していた。
思わず、抗議する様に彼を睨み付ける。
「何だよ!? 言っとくけど、今は万全な状態じゃねえから出来れば接近戦を避けたいのは本当だからな!? 下手にこの体を損傷させたくなくて……おいお前信じてないだろ!?」
「いや、別に」
それなりの追手から攻撃を受けているのにも掛かわらず、ここまで言い訳を並べ立てられる当たり、余裕が滲んでいるなと思っただけだ。
そのくせ更に言い訳を重ねようとしていたがそれよりも先に、とある異常に気付く。
『――――――――』
「雄叫びと……悲鳴?」
「ってか、この脳味噌がイカれた様な雄叫び……まさか」
同時に聞こえて来る、ドスドスとした重い足音。
それは猛烈な音を立てて急迫しており、そして。
「ジグぅぅぅぅぅぅうっ!」
先程倒した筈の怪物が、幾人もの兵士を踏み躙り吹き飛ばしながら姿を現したのであった――。




