心像放映②
そこは、レモウィケルム村と言った。
人口はグラヌム村よりも大分少なく、大体四分の一である二百人ほど。
領主はこの村だけを支配している小領主で、爵位は騎士。グラヌム村の領主がその周辺村落をも支配していた事を考えると、随分な差であると言えた。
そしてそんな村の中の、とある一軒家に俺は居る。
「水、飲む?」
「ありがとう、貰う。丁度袋の水も切れたところだから助かる」
「そう言えばそんな事も言ってたね。でも、どうしてあんな森の中に居たの? 幾ら旅人だとして、あそこを数日も歩き回るなんて危険極まりないと思うんだけど。って言うか、旅人は道の無い場所を通らないし」
甕から水を汲みながら何気なく口にされた、少女の問い。
ここへ運ぶ道中にタリアと名乗っていた少女のその言葉に、俺は自然と体を強張らせる。
それと同時に彼女とは目も合わせず、無言のまま目深に被ったフードを更に強く引き、この容貌が知られないようにと殊更警戒を高めていたのだ。
するとそれを見て困った様に眉を顰めたタリアは、こちらへ水を差しだしながら呟いた。
「別に、私を助けてくれたわけだし悪い人じゃ無いとは思うけど……そこまで頑なに喋らないって、何か犯罪でもしたの?」
「いやっ、それは……」
彼女のその言葉にすぐさま否定の言葉を入れようとしたのだが、しかし口を衝いて出る筈のそれは唐突に止まってしまった。
本当に俺は罪を犯していないのか、と。
あの時、ルキウスを殺した事は幾ら仕方ないとは言え犯罪では無いのか、と。
その思考のせいで頭が止まり、口も動いてはくれない。おまけにようやく動いてくれたと思った時には、口から発せられる声に力など籠って居なかった。
ただ分かり易い程、それは酷く震えていたのだ。
「俺は……して、ない」
「そっか。出身は? 勿論、答えたくないなら答えなくて良いけど」
年下ながらもこちらの心理を見透かしてか、明らかに配慮した訊き方をして来るタリアの言葉に、俺は甘えた。
無言で首を振れば彼女は「ふーん」とだけ合槌を打つと更に質問を重ねて来る。
「じゃ、さっき名乗ったラウレウスって言うのも偽名か何か?」
「いや、それは本名だよ」
本当なら名前も嘘吐くのが正解だろうが、彼女を運んでいる際に自然な流れでつい答えてしまっていた。
幾ら疲れていたとしても迂闊すぎる自分にホトホト嫌気が差すものの、やってしまったものは仕方ない。
心の内で溜息を吐きつつ、それでも質問されっぱなしでは居られない為に今度はこちらから話を振る。
「そう言うタリアは、誰か一緒に暮らしてる人って……あの人は?」
「お母さんだよ。ただ、最近は体調崩しがちなんだけど」
そう言いながら彼女も俺に倣い、家の奥にある藁の敷かれた寝床に目を遣る。
「医者は?」
「そんなの居る訳ないじゃん。治療を受けようにも隣村に教会堂があるくらいだし、それなのに領主様が税を持ってかれるから余裕もないの。でも、どうしようもなくなったら神様が助けてくれるって司祭様が」
そう言う彼女の顔は頭痛の種を思い出したのか、けれど希望を見出す様に笑っていた。
ここでもまた、天神教だ。
信じる者は救われる、と分かり易い教義を前面に出して人々に精神的安定を与える。
別にそれ自体が悪いとは思わないけれど、ここの司祭もグラヌム村のパピリウスみたいな人間なのかもしれないと考えると、思わず唾棄の一つでもしてやりたくなる。
同時に、何処の村でも考える事や起こる事は一緒なのかと、グラヌム村での日々を思い出さずには居られないが、それも程々に彼女へ合槌を打ちながら話題を変えていた。
「そっかそっか。でも、見た感じそこまで貧乏な様には見えないぜ?」
「そう? これがそんな貧乏じゃ無いって……ラウレウスは一体どんな生活送ってたの?」
「んー……ほんの少しでも不作があれば誰かが飢え死ぬような、結構ギリギリな生活。少なくとも病人はそんなに長くは生きられないな」
今思えば本当に綱渡りな生活だったと思わずには居られないが、それを聞いた彼女は信じられないと言ったように目を見開いていた。
あの村で暮らして居た時から貧乏である事は自覚していたけれど、どうやらここの税率はあの村に比べて遥かに低いらしい。
所違えばここまで税が変わってくるものかと今度はこちらが驚かされる番になったが、それにしても税が自分達に課されていたものの半分以下と言うのは些か不公平を感じずには居られない。
「税率が、ここまで違うなんてなあ」
それもこれも暴利を貪っていたらしい村長やパピリウス、そしてあの日に事実を暴露してくれたルキウスのせいだ。
あんな身勝手な連中がいたせいで、何の罪もない小さな子が飢えや病で死んだ。
この件について領主が関わっていたかは知らないが、その様な横暴を許している時点で農民から見れば同罪だった。
「そっか……ラウレウスのところは大変だったんだね」
自分がどの様な村で、どう過ごしたかを具体的な名前などを避けて話し終えてみれば、彼女は深刻そうな顔をしてそう言っていた。
次いで窓から差し込む光を見て時間を計ったのか、「昼食を用意するよ」と言ってこちらに背を向けると家の中心にある竈へと向かっていたのだった。
◆◇◆
「……御馳走様。久し振りに真面な飯を食ったよ」
「そう、それは良かった。でもこんな量しか無くてごめんね?」
空っぽになった鍋や容器を見遣りながら、タリアは申し訳なさそうな表情を見せる。
しかしこちらからすれば数日振りに食べる事の出来た、人為的な味付けの為された食べ物である。
人里と言う安心できる場所にあって、家屋の中で腹いっぱいと行かずとも料理を食べる事が出来たと言うのは、特に精神的な疲労を回復させてくれていた。
「そっちが謝る必要はないでしょ。寧ろ、俺が食いモン恵んで貰ったんだから」
それよりも、と視線を向けた先に居るのは敷かれた藁の上で古びた布切れを掛けられて寝ている、一人の女性。
彼女の名はロティア。ここで俺と一緒に食器などの後片付けをしているタリアの母親である。
彼女に似た茶色の後頭部がこちらに向けられ、魘されているのか時折苦しそうな声が聞こえて来ていた。
農家であればどこの家も個人の部屋など無いようで、ここもやはり玄関から寝床まで全てが一つの部屋として完結している。それゆえにタリアと話している時や昼飯を食べている時でも彼女の事は目に入っていたが、その体調は頗る悪そうであった。
「いつぐらいからああなってんの?」
「一か月くらい前から。でもこれから貢納の季節になっちゃうし、麦の世話をするにも私一人じゃ限界があるのに、租税は二人分……」
「免税措置は?」
グラヌム村だとそんなものは在っても無かったものだと回想しつつ、彼女へ訊いてみる。
すると、曰く貢納は免除されなかったものの母親分の賦役は領主が免除してくれたらしい。もっとも、一人で二人分の収穫物を貢納をしなくてはならないと言うのは相当に大変であるのだが。
何より、ただ納めれば良いのではなく、税を納めて尚且つ自分達が今後も生活し続けられるだけの食料が必要なのだ。
「頼れる人は居ない?」
「兄が一人いたけど、お母さんの治療費を稼いで来るって言ったきり領主様に無断で逃散しちゃったの。他の皆は五年前に死んじゃった」
何でも無いようにさらりと言ってのけた彼女の顔には、村に居た頃の俺と同様、大して悲しそうな色が滲んでいなかった。
五年前と言えばグラヌム村でも流行った疫病と飢饉による多くの人死にを見て、彼女もその辺が麻痺してしまったのだろう。
いや、慣れてしまって一々感情を露わにしている事に疲れたのか。流石に何も思わない訳では無いようだが、その姿は村に居た頃の自分やクィントゥスを思い出させた。
「……あら、お客さんでも来たの?」
そんな中でふと気が付いたのか、タリアの母親であるロティアが上体を起こす。
だが、見た目通り体調が芳しくないのか、上体を支える両手も、そして上体そのものも、小刻みに震えていた。
「来てるけど……ってお母さん! 起き上がって大丈夫?」
「大丈夫、でもないけど、水を頂戴。それとこの状況の説明も」
そう言った彼女は茶色の眼を俺に向けると、怪しげな者でも見るような色を乗せていた。
彼女からすれば見ず知らずだし、何より俺はブカブカの外套を纏って室内でもフードを目深に被っている。流石に不審がらずには居られないだろうし仕方ないと思いつつ、それでも居心地の悪さを感じずには居られなかった。
そうこうしている内に水に入った碗をタリアが渡し、そして彼女の口からロティアへとここに至るまでの経緯を説明してくれていた。
自らの娘が説明してくれている間にもロティアは警戒の目を俺に向けていたのだが、段々とそこから険は抜けて行き、最後には申し訳なさそうな色すらも浮かべていた。
「態々有り難うございます……」
「いえ、お気になさらず。既にこうして娘さんからお礼の昼食を頂いたわけですし、そろそろお暇しますよ」
何より余り人目に付くような場所に居ては、自分の素性が知られてしまうかも分からないのだ。
面倒事を避ける為にこれ以上は居られないと思って出て行く姿勢を見せれば、彼女もそれ以上引き留める気は無いのか、大人しく引き下がってくれていた。
「そうですか……大した御持て成しも出来ず申し訳ないです。では、お気を付けて」
見送りをしてあげてとタリアに告げた後、彼女は再びその身を布団に横たえる。
一方、母親から言いつけられたタリアは元からそのつもりだったのかこくりと頷くと、既に少ない荷物を纏め終えた俺の方へ目を向けていた。
「旅してるって言ってたけど、その……ハッティ王国ってところに行って何するの?」
「いや、別に。ただ、人に言われたから、かな」
強いて言えばあの村より遠くへ。誰も俺を知らない、俺を知る人が居る場所よりも更に離れた場所へ。
例えばミヌキウスが言ってくれた、ハッティ王国の王都。
自分をモノや悪魔としてではなく、一人の人間として扱ってくれる場所があれば、一番いい。
そうでなくとも、生まれて初めて村の外へ出る機会を得たのだ。伝聞では無く己のこの目で見る外の景色が如何に新鮮な事か。
只々、目的もなくひたすら旅を続けるのも良いかも知れないと、そう思えた。
「急に黙り込んで、どうしたの?」
「大した事じゃない。ちょっと考え事をね」
「ふーん。けど、どこへ行くにしても私から言える事は無いかな。村から出た事無いし、王都近くに行けばそこそこ稼げるって話を聞いたくらい。因みにお金は持ってる?」
そう言われて始めて、俺はミヌキウスが譲渡してくれた革袋に入っているそれへ注意を向けた。
何せ森の中では金など何の役にも立たないし、興味を向ける必要も余裕も無かったのだから。
無くなってからでは遅いので今ここで取り出して確認してみる。ずっしりとした包みの中には小振りな銀貨が二枚と、その他に大中小の銅貨が入っており、その余りの金額に少し目眩を覚えずには居られなかった。
「え、それって銀貨? 銀貨だよね? 初めて見た。お金の価値とか分からないけど、それどれくらいの価値があるの?」
「んー。あぁっと……幾らだったかな」
別に、今世では特別計算を教わった訳でもないけれど、それでも足し算引き算などはまだまだ余裕で覚えている。
伊達に前世で男子高校生をやってはいないのだ。もっとも、高校課程は修了していないが。
そんな益体も無い事を思い、片手間で計算していく。
「えーと、確かこいつは」
けれど、この硬貨がどれほどの値なのか、それを一々思い出すのに結構手間取ってしまう。
この世界では文字の読み書きだけじゃなくて、碌に貨幣を使った事が無いからしかたないだろ、と誰にでも無く言い訳をしつつ、ここに導き出す答えは。
「大体十万T、だと思う」
「……高いの?」
「高い。農奴じゃあ一年二年働いても手の届く額じゃない、らしい」
とは言ったものの、実際に貨幣のみを使って生活して来た訳では無いので、自分で言っておきながら半信半疑ではある。
村落での生活は現物と貨幣の併用で、村人同士であればその殆どが物々交換であった。村長の家などは貢納や賦役を全て代わりの貨幣で賄っていたらしいが、そんなものは例外と言って何ら差支えが無いくらいだ。
「じゃ、じゃあ、それくらいあれば旅も大丈夫って事かな?」
「多分。宿を選んだりしなければ当分持つんじゃないかな」
適当に返事をしているものの、宿が一泊幾らなのかも全く分からない。
ただ、いつまでもこの家の中に居座って話し続ける訳にも行かず、寝心地が悪いのかそわそわし出したロティアの姿が目に映った事もあって、俺は家の出口へと足を向けていた。
――向けていたのだが、そこで背後から軽く外套を引っ張られる。
「タリア?」
「ねえラウレウス。提案なんだけどさ、今日うちに泊まって行かない?」
「……急に何? 申し出は有難いけど、これ以上の長居はロティアさんにも迷惑だろうし」
「でも、結構疲れが溜まってるとか言ってなかった? 私を村まで運んでる時もちょっとふらついてたし」
そう言いながら、彼女は俺の目を覗き込んで来ようとする。彼女のその動きに対し、慌てて眼の色を隠そうと顔を背けていた。
するとこの態度が気に入らなかったのか、タリアは顔を背けた方向へと回り込んで来る。
「そんな大金を持ってて、疲れも癒せてない状態で旅を続けるのは危険だよ。盗賊とかに襲われたらどうするの?」
「あ、ああ……まぁ何とかする。これ以上ここには迷惑かけられないからさ」
尚も食い下がって来るので、あくまでそちらの為であると言ってみるのだが、それでも彼女は頑として主張を曲げてくれない。
せめて一泊して疲れを癒すべきだと、そう言って引き下がらなかったのだ。
こちらとしては自分の髪と眼の色が人目に触れる危険があるので、謹んで辞退させて欲しい。だが、もはや彼女は玄関に立ち塞がって、ここから出す気が無いようだった。
「……悪いけど、遠慮させて貰う。こっちも先を急いでるんでな」
「でも、さっきここが何処かすら分かって無かったよね? 先を急ぐって言ってもどうやってハッティ王国に行くつもり? 道、分かんないんでしょ?」
「い、いや取り敢えずこの国の王都にでも……」
自分より二、三歳は年下である筈の少女に詰問されて見っとも無くたじろいでしまうが、それでも辛うじて行き先を告げる。
ただし、その行き先は出任せであり、それが何処にあるのかも知らない。
するとそれを聞いた彼女の茶色い眼は、僅かに細められていた。
「じゃあ、その王都の名前知ってる? 道のりは? どれくらいの日数が掛かるか分かるの?」
「えっ、え……と」
「はい、時間切れ。“スエッシオ”のスの字も出せないで、この先どうやって旅するっていうの? その様子じゃ、王都までの距離だって全く分からないでしょ? そもそも、本当に旅人なの?」
どうなの? と、彼女は真剣な表情で見つめて来る。
事実、彼女の言う通り王都スエッシオまでどのようにして行けば良いのかなど知る訳もなく、ただ俯いたまま無言で佇む事しか出来なかった。
「私も実際に行った訳じゃ無いからよく知らないけど、時々来る行商人から話は聞いてる。その人だってここに来るかもしれないし、暫く泊って行った方が良いと思うよ」
「うっ……」
彼女の言う事は尤もであった。
だからだろう、結局判断を押し切られてしまったのだ。
つまり判断を、間違えてしまった。
◆◇◆
「村長、こちらが暫くウチに泊まる事になる旅人のラウレウスです」
「ふむ……室内だというのに外套を脱がぬか、怪しい奴だな。まぁいい、面倒事は起こさんでくれよ」
「ええ、気を付けます」
次に行商人が来るまで、という条件で半ば強引に村へ留まる事を決められ、流れる様に村長へと挨拶に向かわされていた。
周囲の中で比較的整っている村長の家の中では、グラヌム村とは異なる、ひげを蓄えた中肉中背の中年男性が座っている。
余り活発な性格では無いのか、それとも余所者への警戒心か、かなり素っ気ない言葉だけを交わすと、それっきり目を合わさない。
そんな態度に内心では苛つきを抱えるけれども、泊めて貰う立場である以上強くは言えないので、ぐっとこらえて胸に仕舞う。
「...........」
代わりに、案内をしてくれたタリアが取りなす様に村長へと耳打ちをし、するとほんの少し彼の目が見開かれた。
そして、村長の態度が一変したのだ。
「……いやいや、失礼した。困った事があったら儂を頼ってくれ。いつまででも居てくれて構わんからな」
「え? はぁ、まぁ、ありがとうございます?」
一体何を耳打ちしたのか、先程までとは打って変わった姿勢に面食らうが、それでも動揺を極力抑えて応じる。
途端に上機嫌となった村長から、彼の家を辞去するまで笑顔で見送られ、思わず不気味だとすら思ってしまったくらいだ。
「タリア、お前何をした?」
「ん? 秘密」
どういう訳なのかと彼女を問い質しても、しかしそう言うだけで具体的な事は何も教えてくれない。
全く以って状況が読めない事にモヤモヤを抱えながら、タリアの家へと戻るのだった。
「……泊めて貰ってばかりじゃ悪いから、何か手伝うよ。薪とか集めて来ようか?」
「大丈夫! ラウレウスはお客さんなんだから、そこでじっとしてなよ。命も助けて貰ったし、何より旅人なんだから旅の疲れを癒さなきゃ」
そうは言われても、何もする事が無いし、何より対面にはタリアが座っていて居心地が悪い事この上なかった。
特に、今の己は自分の容姿を見られる訳には行かないのだ。
だから室内だというのにフードは目深に被り、多少は眼が見えてしまう事は仕方ないとしても、目立たないように頭髪を極力隠す。
ここがどこであろうとも、外套その他を外すなど出来る訳が無いのだ。
「あ、そうだ! 湯浴みとかする? 旅人なら体だって結構汚れてるんじゃないかな? 服も、私が洗うよ?」
「いや、大丈夫。本当に気にしなくていい」
「遠慮しないで!」
「本当に大丈夫だから」
グイグイと、彼女は俺に疲れを取る様に勧めて来る。
だが、その提案に乗る訳には絶対に行かない。
会ったばかりの人間をこうして泊めてくれるのだ。少なくとも全く信用できない人間であるとは言えないし、善意で動いてくれている様に見えるけれど、それでも俺は己の素性は明かせない。
流石にそこまで簡単に他人を信頼できる程、自分の脳内はお花畑じゃないのだ。
「悪いなタリア、気遣いはありがたいんだが」
折角の提案だとは思い、申し訳なさも覚えつつ、それでも丁重に断らせて貰えば、「頑なだなぁ」と少し不満気に頬を膨らませていた。
そんな彼女に苦笑を浮かべながら再度謝罪していると、そこへ思い出したようにロティアが口を開く。
「タリア、そろそろ夕食の準備を始めてくれる? ラウレウスさんの相手は私がするわ」
「え、いやでも、ロティアさんは寝てた方が良いのでは……?」
タリアを含め、この村で出会った人たちの態度に戸惑いながら、夕食にありつくのだった。
だが、この家の住人二人と表面上はにこやかな食事をしながらも、俺は明日にでもこの村を出る事に決めていた。
――やはりずっと隠し通すなんて、無理だ。
自分の頭髪が見えていないかを常に注意し、それでいて相手に言葉にしっかりと合槌を打ち、そして不自然にならない程度に食事も摂らなくてはいけない。
こんなもの精神的に大変以上の何物でもなかったのだから、今この瞬間にでもこの家を、そしてこの村から辞去した方が良いのだ。
けれど、間断なく話しかけ、尚且つ楽しそうな彼女たちの姿を目にしては、それを言えない。
二人の会話の流れを切ってまで告げるのがどうしても憚られて、結局就寝するまで言い出す事は叶わなかったのだった。




