プロローグ
“白儿”。
それは、民族として遥か昔に絶滅してしまった人々の他称で、彼ら自身は“白儿”と名乗っていた。
白い肌と髪、そして紅い眼を持っていた彼らは、他の儿種とは異なり、その心臓近くに“白珠”と呼ばれる純白の天然石を年月と共に生成する。
しかも白珠は非常に密度の高い魔力の塊、結晶である為に素材としても非常に優れていたのだ。
原石を心臓付近から取り出して研磨に掛けると大層美しい宝玉や道具になると評判になり、富裕層の多くが垂涎するほどそれを欲した。
『素晴らしい』
『是非とも手に入れたいものだ』
その結果、共通の祖先から進化した儿種の一派であるにも関わらず、他には無い白珠を持って居るからという理由で、人を人とも思わない白儿狩りが細々と、時には大々的に行われた。
それには庸儿だけではなく、その他多くの人種――化儿、靈儿、剛儿からも、一攫千金を狙う者たちが参加したのだった。
『待て、このような行いは野蛮ではないのか?』
『人ではないモノを相手に野蛮も何もあるまい』
『そうだそうだ!』
当然一部からは反対の声が上がった事もあったが、巨万の富を築けるかもしれないという欲の前には、少数意見である事しか出来なかった。
おまけに他儿種の類を見ないほど魔力の沈着した皮膚、血液、骨もまた魔力の伝導性に優れ、工芸品や魔導具、時には日用品として重宝された。
全身、まさに捨てるところが無い彼らの価値は下がるどころか高騰し続け、狩猟熱は更に過熱して行った。
白儿は一方的に、欲の為に何の言葉もなく攻撃され、制圧され、収獲と称して殺され、その尊厳を蹂躙されていたのだ。
遂には国を挙げての遠征や、神の御名の下に宗教組織までが介入。
苦境に立たされた彼らは、各部族・氏族で相互に連絡連携を取り、迎撃した。
彼らの操っていた当時の魔法、“白魔法”は今となっては学術的資料が散逸、もしくは元から取材されていない為に殆どわかっていないが、無属性である事と白色の魔力を持つ事だけは分かっている。
兎にも角にも、汎用性の高かったらしいその魔法と使い手は多勢に無勢の戦闘であったが良く戦った。
『まだ俺達は負けちゃいない。抗うぞ』
優秀な若い指導者ラルス・ウェリムナが立ち、時には多数の敵を巧みな戦術で倍数の敵を翻弄、殲滅した事もあったほどに。
だが、不幸な事にその必死の抵抗は更なる悲劇を生んでしまう。
それは、討伐連合軍の結成。
結果、他地方の部族などまでが大挙して加わり、“白儿”の殆どが討ち死にし、捕縛されかけた者は悉く自害して滅亡へと追い込まれていった。
それ以降“白儿”は何処にも確認されず、先祖にその血が混じっていた者が稀に魔法を発現させ、逃げる間もなく捕らえられ。
民族として遥か昔に滅んでも“白儿”と呼ばれるそれらは、かつてがそうであったように、素材を取り出す為に殺される運命にあった。
人ではなく、素材を産出するモノと見做され、扱われてきたのだ。
その結果としてそもそも少数民族であったそれらの血筋は更に少なくなり、希少なものとなっていった。
だからその戦争後はその記録の数もどんどん少なくなり、時が経てば経つほど彼らについて記された書物は劣化し、或いは散逸してしまった。
前述のように今となっては当時の“白魔法”がどの様なものだったのか、知る由もない。また、筆者の血筋にもそれらしき人物が確認されるのだけれども、やはり確認する術がなかった。
現在では様々な魔法学者が断片的な各時代の著述を基に純粋な白魔法の再構や、民俗について推察しているが、余り芳しくないのが現状だ。
ただこの事実は、昔の人々がどれほど激しく白儿と言うものを迫害して来たのかを、何よりも如実に表しているのだろう。
――レイ・ヒマツリ著 『魔法と儿種』
 




