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キオクノカケラ  作者: 新楽岡高
第五章 ココロトジテモ
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第三話 Day To Remember⑤




「――結構来ます! 俺の左手側!」


 素早い。まるでそれは猿のように身軽で。


 そして真っ直ぐこちらを目指していた。


 リュウとシグへ即座に警戒を促しながら立ち上がるが、その際に誤ってレメディアの腹を踏みつけてしまった。


 途端に彼女から潰れた蛙の様な息が漏れ、慌てて足を退けたが、憎らしい事にまだ目を覚まさない。このまま盾代わりに前へ出して、永遠の眠りにつかせてやろうかと言う冗談はさて置き。


 右手に持っていた短槍を構えながら、気絶したままの二人を庇う為に前へ出る。


「ラウ君、交渉出来そう?」


「……やって見ます」


 背後からリュウの指示が飛んで来て、一応その事を心に留めておく。だが、最初から交渉する気なら地面を歩いてこちらに近付いて来る筈で。


 実際、皮鎧を着こんだそれらは、やはり人間。しかしその目には殺意しかなかった。


「――ッ!」


 目にも留まらぬ速さで木々の枝を飛び渡り、そして突っ込んで来る。抜き手も見えなかった短剣が鈍色に煌めき、俺へと襲い掛かっていた。


 その余りの速さに短槍出の対応が間に合わず、既に短剣の間合いとなってしまう。即座に片手で短剣を引き抜き、逆手に持ったそれで受け太刀。


 その斬撃は想像以上に重く、身体強化術(フォルティオル)を施して居なければ体勢を崩していてもおかしくなかった。


「このヤロー……」


 鋭いし、強い。同じような戦闘スタイルとして知っているのはタリアだが、ビュザンティオンで戦った彼女よりも尚強い。


 遠慮も加減もしている暇はなかった。


 即座に白弾(テルム)を生成し、斬りかかって来た男だけでなく、今まさに飛び掛かろうとしていた者達にも浴びせ掛ける。


 だが幾らかは命中しつつも一人として戦闘不能に追い込む事は(あた)わず、散開して行く。


 その素早い動きを見ていたリュウが、真剣な口調で告げた。


「……手練れだね。ラウ君、早くそこの二人を起こしてくれ。流石に三人も気絶しているんじゃあ負担が皆に掛かり過ぎる」


「あ、はい」


 言われるがまま、槍の石突で二人を何度も小突けば、そこで(ようや)く二人が目を覚ました。


 しかし、いきなりリュウに気絶させられた事で直前の記憶が曖昧であったらしい。揃って脳天を摩りながら眉を(ひそ)め、周囲を不思議そうに見渡していた。


「あれ?」


「さっきまで何が……」


「ぼさっとしてないで早く立て! 襲撃だ!」


 仕方がないとは言えその様子が焦っている心には何とも腹立たしく見えて、きつい言葉を放つ。


 それに驚いたらしい二人は肩を跳ねさせながら慌てて起き上がり、訊ねて来る。


「敵襲……ってコイツら?」


「私達が気絶してる間に何があったの!?」


「起きてた俺らも良く分からん。いきなり襲って来たんだ。リュウさん、この後どうします!?」


「どうもこうも無いね、迎撃だ。僕も多少手伝うから、出来る限り君達の力で戦って見て欲しい」


 返って来た彼からの答えは、やはりいつも通り。


 この戦闘ですら、俺達を鍛える為に利用しようと言うのだろう。


 最近合流したばかりでそれを知らないレメディアとスヴェンは困った様にリュウを見ていたが、それでも態度は変わらない。


「君達二人も、ラウ君やシグ君と一緒に戦ってごらん。大丈夫、死ぬ直前くらいになったら僕が助けてあげるから。修行だよ」


「えーっと、俺は頼んでないんですけど」


「わ、私も……って言うかリュウさんなら、手っ取り早く退治出来ますよね?」


「だからって戦わなくて良い理由にはならないだろう? それに、僕一人で戦ったら君達の為にならない。ほら、やるだけやって見な」


 尚も二人は抗議の声を上げていたが、リュウは訊く耳を持たない。確かに効率的な話をするなら、恐らくレメディアの言う通り彼一人が片付ければ良い。


 だが、彼の視点は残念ながらそこに置かれていなかった。


「ラウ君達には何度も言っているけれど、強くなれる内に強くなるんだよ。あ、それと手を抜いているって分かったら後で直々に叩きのめすから、そのつもりで」


「お、横暴だ! 独裁だ! ジャイアニズムだ!」


「私も反対です! そんなの、幾ら何でも酷過ぎますって!」


「僕はこの少女の護衛をやっておくから、心置き無く戦ってくれ。ほら、敵はもうすぐそこまで来ているよ?」


 果たしてリュウの言う通り、隙を窺っていたらしい一団は連携する素振りを見せながら俺やシグ、レメディア、スヴェンに飛び掛かって来る。


 当然それ以上文句をべらべらと言って居られる筈もなく、全員が戦う事を余儀なくされてしまうのだった。


「頑張ってねー」


「ゆ、許さねえ……あの人絶対許さねえ!」


「後で寝込みを襲ってでも懲らしめてやるっ!?」


 ヒラヒラと手を振るリュウの姿が、チラリと見えた。恐らく仮面の下でも満面の笑みを浮かべている事だろう。


 余りの憎たらしさにレメディアとスヴェンが呪詛を吐いていたが、それだけだ。目にも留まらぬ速さで接近してくる敵に対して、皆それぞれの魔法で応戦する。


「しぶといガキどもが……あの娘の護衛か!?」


「さあ、どうだかね?」


 やはり森の中の対人戦では、幾ら短槍であっても取り回しが難しい。仕方なくリュウの方へ嫌がらせも混みで槍を放ると、今度は腰に下げていた剣を抜く。


 短剣ほど相手に近付かずに済む上、森の中でも取り回しが利くこの武器は、間合いを考えると非常に有利だ。


 右手に剣、左手には逆手に持った短剣。


 それで以って何度も敵と切り結ぶが、中々決定打を打ち込めない。寧ろ単純な剣術の技量では相手の方が一日どころではない程度に長けている様だ。


「その歳でここまで戦える事は褒めてやろう」


「どうもありがと」


 剣での斬撃が上手く居なされ、上体が崩れる。


 それを見極めたかのように、敵の短剣が喉へ迫る、が。


 それが届く前に、敵へと白弾(テルム)が殺到していた。


 慌てて回避しようにも、防御しようにも間に合わず、無数のそれの直撃を受けて、彼は木の幹に叩き付けられていた。


「……一人目!」


「遅い。私は二人目」


「何をぉ!?」


 どこか得意気に向けられた言葉に、そして本人の自慢気な表情が浮かんで、腹が立つ。


 負けて居られないとばかりに、白兵戦重視は諦めて俺もまた惜しまず魔法を行使していく。


 それを見ていたスヴェンが、土人形を幾つも行使しながら驚いたように声を上げていた。


「……ラウ、お前そんな強かったっけか!?」


「リュウさんから散々鍛えられたんだよ! 赤竜(ドラコ・ルベル)の相手させられた時は死ぬかと思ったけどな!」


「あー……それがあの時の」


 レメディアも色々と合点が言ったのか、何かを思い出したかのように呟いていたが、それは剣戟の音に掻き消された。


 それにしても、スヴェンとレメディアもまた、その腕を上げているように見受けられる。


 現在交戦している敵達は明らかに手練れで、魔法を使ってくる気配は殆どないが決して弱くないのだ。


 それを、彼ら二人も次々蹴散らすとまでは行かずとも、明らかに敵を苦しめていた。暗い色の装備を纏い、覆面をしている襲撃者たちも、その目には確かに焦りが見えていたのだった。


「そこの仮面、娘を引き渡せ。そうすれば大人しく引き下がってやるが……拒否するなら抹殺する」


「よく言うよ。いきなり警告も無しに斬りかかって来ておいて、今更それ? 旗色が怪しいからって恥ずかしくないのかな?」


「……調子に乗るな!」


 彼らの内の一人が、我慢ならなくなったかのように突出した。その速さに、俺達は虚を衝かれたせいもあって対応できず、リュウと今も気絶している少女への肉薄を許してしまうのだった。


 しかし。


「駄目じゃあないか、そんな短気だと。交渉って言うのは気長に行って互いに落としどころを探り、見付けるものなんだよ?」


「――な!?」


 男が突き出した短剣を持つ手をあっさりと掴み、その勢いもそのままにリュウは彼を放り投げていた。


 流石にどれだけ身体能力が高かろうと空中で動き回る事は叶わないのか、男は勢いよく木の幹に激突して動かなくなった。


 たったそれだけの動きで、リュウは敵を一人戦闘不能にしたのである。


「化け物が……その仮面、貴様がリュウだな?」


「僕を知っているのかい? だとすると、君らは神饗(デウス)の関係者かな?」


「…………」


 沈黙。途端に無言となって、男は俺達と切り結ぶ。


 中央で悠々と立っているのはリュウだが、その一見隙だらけに見える彼に襲い掛かる者は、誰一人として居なかった。


 当然、彼らの一番の目的である筈の少女もリュウが近くにいるせいで近寄れていない。


「僕も有名になったものだ。これで無駄な戦いも少しは避けられたら良いのだけれど……現実はそうも行かないね」


 泰然自若として一切余裕な態度が崩れない彼は、まるで場違いな口調でそんな事を言っていた。


 尚も戦闘を行う男達は一斉に色めき立つ気配が察せられたものの、それが挑発である事を見抜いてかもう突出してくる様子はない。


 精々、俺達と切り結ぶ際の動きが若干荒くなった程度である。だが、彼らも身体強化術(フォルティオル)を行っているのか、その膂力は侮れない。


 下手に挑発をしてくれたばかりに、相手が少しばかり面倒臭さが増したとも言えるのである。


「余計な事を……」


「何か言った?」


「何でも無いですよ!」


 苛立ちをぶつける様に、白弾(テルム)で一人を木々の向こうへと吹き飛ばす。


 これで相手の数は大体十人を切ったくらいだろうか。襲撃を掛けて来た当初よりも明らかにその数は目減りしていた。


「このガキも……やはり白儿(エトルスキ)!?」


「それじゃ、コイツが最近噂のビュザンティオンを荒らしたって言う“悪魔(ダイモン)”か?」


「コイツら……何でこんな所に!? 噂じゃハットゥシャへ逃げ込むだろって言われてたぞ!」


「そんな事は知るかよ!」


 明らかに風向きが変わった様に、男達はこちらと距離を取り始める。


 そこへ追い打ちをかける様にシグと俺が魔法を撃ち込むが、流石に反応されて当たらない。レメディアとスヴェンは疲弊した様子で、彼らの荒い呼吸が聞こえるのみ。


 幸い、二人に対した怪我は無いらしい。


「……後退だ!」


「しかし!」


「リュウが居る。連中の話だと俺らでは奴一人だけでも勝負になるまい。今はそれよりすべき事がある」


 隊長らしい男の言葉で、波が引くように襲撃者たちが引き揚げて行く。気付けば戦闘不能となって倒れていた男の姿も殆ど見受けられず、姿を晦ましている。


 このまま、俺達と遭遇し交戦した事を、戻って報告するつもりなのだろう。


「逃がすか!」


「止めておきな。無駄だから」


 尚も追撃を諦めずに居ると、背後から制止が掛けられたが、結果はやってみるまで分からない筈である。


 シグ共々何度も木々の向こうへと魔法を撃ち込むが、しかし手応えは無かった。


 著しく森の一部が破壊され、あちこちに氷の杭が突き刺さり、木が根元から吹き飛ばされて倒れている。短時間で造り出したとして見れば冗談の様な光景の中には、襲撃者の姿は影も形も無かったのである。


「逃がした……!」


「だから言ったじゃあないか、無駄だって。彼らは手練れだ。後退時の手並みも鮮やかだった。仮に一人二人仕留めたところで、殲滅には程遠い。結局は連中の本拠地へ情報が持ち帰られちゃうよ」


 言った通りだったでしょ、とリュウが言う。


 彼が後ろからゆっくりと近付いて来る気配を察しながら、襲撃者の姿が消えた方向を凝視し、反論する。


「でも、リュウさんが手伝えば或いは……!」


「僕が手伝っても一緒さ。全知全能の神か何かじゃあないんだから。多分、一斉に散開されて追い切れなくなるのは分かり切っているよ」


 同時に、頭に彼の手が乗せられる。


 その温かみのある大きな手は、横に並び立っていたシグにも乗せられていて、それはまるで駄々を捏ねる子供を宥めかしている様だった。


 だが自分の年齢は十四歳。前世を含めれば更に上である。子供扱いは腹に据えかね、体を捻って彼の手から脱出した。


「あれ、嫌だったの?」


「当たり前です。もうそんな事を進んでやられたい歳じゃないんですから」


「そう? 君達、追撃したいって子供っぽい我儘を言っていたから、こうでもすれば取り止めるかなと思ったんだけど」


「……追撃したいって思うのは子供っぽい考えなんですかね?」


 寧ろ子供っぽさとは対極にある、殺伐としたものであるようにしか思えない。


 だが彼の言う通り、自分の主張に固執していては子供っぽいと言われてしまうのも分からなくはない。まだ文句を言おうものなら、また頭を撫でられるか、或いは更に子供扱いをされてしまいそうだった。


 流石に今の歳でそれは是非とも勘弁願いたいので、大人しく引き下がるしかない。


 踵を返し、話題を切り替えようとスヴェンとレメディアに水を向けるのだった。


「二人共、大変だったろ?」


「まぁな。お前ら、よくあれだけ戦った後で追撃戦に移行しようと思えるよな。さっきの戦いだけでも十分過ぎるくらい体が重いぞ」


「流石にあれだけ沢山の人を相手にした事は無いし、あそこまで本気で殺しに来られるのは、きつかったよ」


 彼らは、その言葉通り呼吸が荒い。膝に手を突き、或いは木の幹に寄り掛かり、今にも地面へと手をついてしまいそうだった。


 しかし、そうなってしまうのも無理はない。


 幾ら体を頻繁に動かす戦い方ではないにしろ、その分魔法を使う為に集中力を使うのだ。おまけに先程までの状況は、明確な殺意を持った者達に襲われていた。


 精神的に()し掛かる負担はその辺の妖魎(モンストラ)やチンピラを相手にした時とは比べ物にならず、嫌でも緊張する。


 特に二人は、まだ人を殺す事にも、殺意を向けられる事にもそこまで慣れている様には見えない。そんな心構えで良くここまで来られたものだと思わなくもなかった。


 ただ、自分も初めて人を殺した際には嘔吐する程に負担が掛かっていた事を考えると、彼らの様子も納得出来る。


「そんなに怖かったか?」


「まぁ……俺はあちこち旅した事もあるし、誰かを殺した事もあったが、今回は中々きついぞ」


「……私も。旅の途中で賊に襲われた事はあったけど、あんな殺意しかない攻撃を受けたのは初めてで」


「これからの旅が多分、あんなのばっかりと遭遇するぞ。やっぱり俺らと別れて帰った方が良いんじゃねえの?」


 少し冗談も入っていたが、本心では丁度良いと思っていたのも事実だ。このまま帰ってくれれば、これ以上今の自分を見られなくて済むから。


 人を殺しても、何とも思わなくなってしまった自分を見て、彼らがどんな顔をするのか。もしかすれば怯えて顔をして、軽蔑して、強く嫌われてしまうかも知れない。


 それを考えるのが嫌で、考えたくもなくて、怖くて、だから当初彼らの同行を拒絶した側面もある。


 しかし彼ら二人の答えは変わらなかった。


「この程度で帰る訳ねえだろ」


「……この先もこんな事に遭遇するかもしれないって言う覚悟は出来てるよ。そうじゃ無きゃ、ラウ君を追い掛けても足手纏いになっちゃうし」


「ああ、そうかい。……勝手にしろ」


 強い意志と覚悟の窺える金色と緑色の瞳が、俺の顔を映していた。


 だけどその覚悟が、他人の言葉が、どうにも信じられなくなってしまっていて、そしてそんな自分が情けなくて、素っ気ない返事と共に顔を逸らす事しか出来なかった。


 そして偶々視線を逸らした先に居たリュウへ、話題を変える為にこれ幸いと訊ねる。


「リュウさん、何してるんですか?」


「捕虜の尋問を……って思っていたのだけれど、どうやらそれも叶わないらしくてね。色々訊きたかっただけに、残念だ」


「捕虜……?」


 彼が屈んでいるのは、仰向けに倒れている男の近くであった。どうやら顔を覗き込んでいる様だが、恐らくその男はリュウ自身が直々に戦闘不能に追い込んだ襲撃者であろう。


 その男の顔を覗き込みながらのリュウの言葉に引っ掛かりを覚えてそちらに足を向ければ。


「……死んでる?」


「毒を服用したらしい。動けないと判断したら自害するなんて……何とも忠実と言うか、何と言うか」


「他の人は?」


「駄目だね。残りの二人も、最後の力を振り絞って自殺していた。絶対に捕虜にはならないって言う強い意志を感じるよ」


 離れた場所でも他に二人、斃れている襲撃者の姿を確認できる。リュウ以外の誰かが倒したのだろうが、乱戦の最中だったので明確に誰が戦闘不能にしたのかは分からない。少なくとも自分が戦闘不能に追い込んだ襲撃者は、離脱を許してしまったらしい。


「ぜ、全員死んでいるんですか?」


「まぁね。全員と言っても離脱出来ないくらいの怪我を負った人がたった三人だし、大した数でも無いけど」


「治療とか、解毒は……私、得意ですよ」


「ああ、無理だよ。そこの一人は毒の効き目が悪くて生きて居たけれど、ついさっき死んだ。流石に蘇生は出来ないでしょ?」


 目が開いたまま固まった男の死体を凝視しながら、レメディアはその動きを止めていた。その体は微かに震えていて、怯えている様にも見えなくはない。


 だがそんな彼女の心情など無視する様に、リュウは指示を飛ばしていた。


「そんな事よりもレメディア君、そこで気絶したままの少女を診てくれるかい? さっきの戦闘でも目を覚まさなかったって言う事は、只の気絶じゃあないかもしれないし」


「……はい」


「宜しくね」


 同性の子が診た方が色々とやり易いだろうし、とリュウは踵を返すレメディアの背中を見送っていた。


 それに対し、スヴェンが抗議の声を上げた。


「リュウさん、幾ら何でも今のレメディアに仕事を振るのは酷じゃないですか? アイツ、目の前で人が死ぬのとか、自殺するのって馴染み無いんですよ? 元々穏やかな性格だし」


「うだうだ煩いなぁ。君達、さっきラウ君の質問に答えていたじゃあないか。あの子も、覚悟は出来ているって言っていたし。それとも、あれは出任せだったのかな?」


「……いえ、それは」


 視線を一切上げず、死体の服を漁るリュウの言葉に、スヴェンは睨まれた訳でも無いのに固まっていた。


 そしてそれは、直接言葉を向けられていない俺も例外ではなく、そのいつになく鋭く感じられる言葉に息を呑んでいたのである。


「この世界は甘くない。いや、何処の世界でもそれはそうかもしれない。何処へ行ってもやらなくてはならない事は存在して、そこに個人の意思が介在する余地はないんだ。我儘や文句が通る程、道理って言うのは緩いものじゃあ無いんだよ」


 そこで一旦言葉を切ったリュウは、作業の手も止める。そしてスヴェンに視線を向けると、言って聞かせるように話を続けた。


「僕は君達に対して善意で動いている訳じゃあ無いし、自覚しているくらいには善人でもない。だから誰彼構わず手を差し伸べる様な真似はしないし、する気もないよ。これが何を意味するか、分かるかな?」


「…………」


「付いて来られない、付いて来る気のない人は置いていくって事さ。そこまで世話を焼いてやる筋合いも無いしね。それとも君は、僕が進んで世話を焼いてくれるとでも思ったのかな?」


 声音は変わっていない。相変わらず穏やかなリュウの喋り方。だがそこには突き放すようなものが感じ取れて、寒々したものを胸に湧き起らせるに十分なものだった。


 スヴェンも反論する言葉が出て来ないのか、無言のまま静かに視線を逸らしていた。


「……と、まあここまで言ったけれど、何だかんだ言ってあの子は大丈夫だと思うよ。芯は強そうだ、君が心配している程、簡単には根を上げる事はしないんじゃあないかな」


 ほら見て見な、と彼は顎で示す先には、シグと一緒になって靈儿(アルヴ)の少女の容態を確認するレメディアの姿があった。


 そこには先程まで死体を目前にして、怯えの様な感情を見せていた彼女の姿は微塵もなく、真剣な雰囲気すら纏っていた。


「レメディア君、どうだい? その子の容態は?」


「……悪くは無いです。けど、かなり疲労が蓄積しているみたいで……簡単には目を覚まさないのも納得です。魔力も大きく使い果たしているみたいで」


「そっか。それじゃあもう少ししたら場所を移そう。出来れば洞窟とかあれば丁度良いけど……ラウ君、スヴェン君、周囲をちょっと探索してくれるかい? なるべく凹凸の少ない開けた場所か、洞窟とか川の近くでも良い」


 顎に手を当て、ほんの数瞬考える素振りを見せたリュウは、すぐに考えを纏めて指示を下す。それに異議を唱える余地もなく、揃って返事をすると二手に分かれるのだった。








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