北の異変
第68話「北の異変」です。
魔人族領へ近づくにつれ、アルたちは少しずつ、この地域に広がる異変を目にすることになります。
まだ原因は分かりません。
ですが、確かに何かが起こり始めています。
ぜひお楽しみください。
巨大な山脈は、日を追うごとに大きく見えるようになっていた。
北へ進むにつれて、道幅も少しずつ広くなっていた。
魔人族領へ向かう商人や旅人が利用する街道なのだろう。
「思ったより、人が多いね」
アルが周囲を見渡す。
「魔人族領との交易路だからな」
ガレスが答える。
「北の地域からは、魔人族が作る武器や道具も入ってくる。逆にこちらからは食料や薬なんかが運ばれている」
「なるほど」
アルは頷きながら、行き交う人々を観察した。
商人。
旅人。
冒険者。
荷物を運ぶ馬車。
これまでの旅と比べても、それほど珍しい光景ではない。
だが。
「……少し変じゃない?」
アルが呟いた。
「何がだ?」
ガレスが振り返る。
「馬車の数」
アルは街道の先を見る。
「北へ向かう馬車より、戻ってくる馬車のほうが多い」
「……」
ガレスも目を細めた。
言われてみれば、確かにそうだった。
しかも。
戻ってくる馬車の中には、荷物がほとんど積まれていないものもある。
それだけではない。
乗っている人間の表情も明るくなかった。
「少し話を聞いてみよう」
アルたちは街道脇で休んでいた商人へ近づいた。
「すみません」
「ん?」
声をかけると、商人が顔を上げた。
「魔人族領から戻ってきたんですか?」
「ああ」
商人は短く答えた。
「何かあったんですか?」
「……知らないのか?」
商人の顔に驚きが浮かぶ。
「最近、北のほうで魔物が増えてる」
「魔物が?」
アルの表情が変わった。
「どのくらいです?」
「数が多すぎる」
商人は首を振る。
「昔から魔人族領の近くは魔物が多い。だが、今回は違う」
「どう違うんですか?」
「群れが大きいんだ」
商人は北を見た。
「森の奥から、何かに追われるみたいに魔物が出てくる」
「追われている?」
「ああ」
商人は苦い顔をする。
「魔物同士で争ってる様子もない。ただ、ひたすら南へ逃げてくる」
アルは黙って考えた。
「魔物の種類は?」
「バラバラだ」
「大きさは?」
「小さいのもいる。大型の魔獣もいる」
「時間帯は?」
「昼夜を問わずだ」
アルは次々と質問する。
商人は少し戸惑いながらも答えていく。
「……それで、魔人族領ではどうなっているんです?」
最後の質問に。
商人はしばらく黙った。
「向こうも混乱してる」
「集落によっては、街道を閉じてるところもあるらしい」
「商売どころじゃないってことですね」
「そういうことだ」
商人はため息をついた。
「俺たちも、しばらく北へ行くのはやめることにした」
アルは礼を言い、その場を離れた。
「どう思う?」
ガレスが尋ねる。
「まだ何とも言えない」
アルは答えた。
「魔物が増えた理由も、南へ逃げている理由も分からない」
「だが、普通じゃないと思う」
「やっぱりそうか」
アルは北を見る。
巨大な山脈が、遠くにそびえている。
その向こう側に。
魔人族領がある。
「魔物って、何かに追われて逃げることがあるの?」
アルが尋ねた。
「あるよ」
エルシアは頷く。
「もっと強い魔物が現れた場合とか、縄張りを追われた場合とか」
「じゃあ、今回も?」
「可能性はある」
エルシアは少し考える。
「でも、それなら普通は逃げる方向にばらつきが出るはず」
「一方向に大量に移動しているなら、何か共通する原因があるのかもしれない」
「……何かが、魔物たちを南へ追い出している?」
「そう考えるのが自然だと思う」
アルは周囲を見渡した。
道を行く人々。
戻っていく商人。
遠くで鳴く鳥。
いつもと変わらないように見える景色。
それなのに。
少しずつ。
北から流れてくる空気だけが、変わり始めている。
「……急ごう」
アルが言った。
「魔人族領で何が起きているのか、急いで確かめよう」
その言葉に、ガレスが頷いた。
「そうだな」
エルシアも頷く。
「うん」
再び一行は歩き始めた。
しばらくすると。
北の空から。
鳥の群れがこちらへ向かって飛んできた。
次々と。
森から鳥たちが飛び立ってくる。
「……」
アルは足を止めた。
鳥たちは、まるで何かから逃げるように南へ飛んでいる。
そして。
遠く。
山脈の麓に。
黒い煙が、細く立ち上っていた。
「……あれは?」
エルシアが呟く。
アルは目を細める。
「分からない」
だが。
その煙を見つめるアルの胸には。
はっきりとした予感があった。
北で。
何かが起きている。
そして。
それは。
自分たちが想像しているよりも、ずっと大きな異変なのかもしれない。
アルは再び歩き出した。
目指す先は――魔人族領。
第68話を読んでいただき、ありがとうございました。
今回は、魔人族領へ向かう途中で、北の地域に起きている異変が少しずつ見えてくる回でした。
魔物たちの不可解な行動。
そして、山脈の麓に立ち上る黒い煙。
アルたちを待っているものが何なのか。
ここから少しずつ、その謎に近づいていきます。
次回もよろしくお願いいたします。




