問われる王の意思
第125話「問われる王の意思」をお届けします。
ルシウス王即位一周年記念式典が始まり、教皇アルベリク十三世が説法を行います。
その裏で、アルたちは大聖堂に設置された黒魔石の異変に気づきます。
そして、レオナルトがついにルシウス王へ問いを投げかけます。
今回も楽しんでいただけましたら幸いです。
大聖堂に集まった人々の視線は、祭壇の奥に設けられた壇上へと注がれていた。
ルシウス王の即位一周年を祝う記念式典。
王侯貴族をはじめ、各地から招かれた有力者や市民の代表、そして星環教の聖職者たちが一堂に会している。
華やかな装飾に彩られた大聖堂には、祝賀にふさわしい厳かな空気が満ちていた。
壇上では、教皇アルベリク十三世による説法が続いていた。
「この世界に生きるすべての命は、神の御意思のもとに生まれました。人間も、獣も、草木も、そしてこの大陸に存在するあらゆるものも、神の御意思なくして存在することはないのです」
教皇は穏やかな表情で、参列者たちを見渡した。
「では、私たちは何のために生きるのでしょうか。それは、神のために生きることです。神に尽くし、その御意向に従い、神が望まれる世界を実現するために力を尽くす。それこそが、私たちに与えられた使命なのです」
その声に威圧感はない。
むしろ、迷える人々を優しく導こうとする慈愛に満ちていた。
「王であろうと、貴族であろうと、平民であろうと、その立場に違いはありません。生まれ持った身分や財産、才能によって、神の前での義務が変わることはないのです。誰もが神に仕える者であり、誰もが神の御意思を果たすために生きる者なのです」
教皇はゆっくりと両手を広げた。
「自らの望みを優先するのではなく、神の望まれる世界のために生きなさい。生涯を神に捧げ、やがてその御許へ召されること。それこそが、私たちの生きる意味なのです」
説法を聞く人々の多くは、静かにうなずいていた。
その様子を見ながら、アルは教皇の言葉に違和感を覚えていた。
(神に仕えることが生きる意味、か……)
信仰そのものを否定するつもりはない。
しかし、個人の意思よりも神の意思を優先し、生涯を捧げることこそが生きる意味だという考え方には、どうしても納得できなかった。
(王も貴族も平民も関係ない。すべての人間が同じように神に従うべきだと言っているように聞こえる)
そのとき、アルの視線が大聖堂の壁際へと向いた。
等間隔に配置された灯籠のような装飾品。
その内部には、黒い石が収められている。
アルは目を細めた。
(……やっぱり光っている)
黒い石の表面から、淡い青白い光が滲み出しているように見えた。
単なる照明の反射ではない。
アルは意識を集中させ、鑑定眼を働かせた。
(間違いない。黒魔石だ)
以前に確認したものと同じ、生命力に関係する異常な魔力反応。
しかも、石そのものが反応しているだけではない。周囲へ向けて、何らかの魔力を放出しているように感じられた。
(これは……何かを起動させているのか?)
アルは周囲を見渡した。
大聖堂の壁際だけではない。参列者を囲むように配置された灯籠の中でも、同じように黒魔石が淡い光を放っている。
その間も、教皇の説法は続いていた。
「人は時に、自らの欲望に惑わされます。富を求め、権力を求め、他者より優位に立とうとする。その結果、争いが生まれ、大切なものを失ってしまうこともあるでしょう」
教皇は悲しげに目を伏せた。
「だからこそ、人には導きが必要なのです。神の御意思を知り、その御教えに従うこと。それが、争いのない世界へと至る道なのです」
参列者たちの間から、小さな賛同の声が上がった。
しかし、アルにはその反応が妙に揃っているように感じられた。
(……何だ?)
もちろん、教皇の説法に共感している人もいるだろう。
だが、まるで同じ感情を共有しているかのような、不自然な一体感があった。
アルは隣に立つレオナルトへ、わずかに視線を向けた。
兄もまた、灯籠の方を気にしている。
「アル、あれは……」
「はい。黒魔石です。何らかの魔力を放出しています」
「やはりか。捕虜の証言を思い出すな」
「精神に作用する可能性がある、という話ですね。まだ断定はできませんが、この会場にいる人々へ何かしらの影響を与えている可能性があります」
レオナルトの表情が険しくなった。
「このまま放置するわけにはいかないな」
「はい。ただ、今ここで石を破壊すれば、何が起きるか分かりません」
「分かっている。まずは状況を見極めよう」
アルたちが小声で話している間に、教皇の説法は終わりを迎えた。
「皆さんが神の御意思を胸に刻み、これからも正しき道を歩まれることを願っています」
教皇が深く頭を下げる。
大聖堂に大きな拍手が広がった。
そして、教皇が壇上の脇へ退くと、今度はルシウス王が壇上へと進み出た。
会場が静まり返る。
「皆の者。本日は、私の即位一周年を祝うこの式典に集まってくれたこと、心より感謝する」
王は威厳を保った声で、参列者たちに語りかけた。
「この一年、我が国は新たな時代を歩み始めた。決して平坦な道のりではなかったが、多くの者たちの協力によって、今日という日を迎えることができた」
王は一度、会場を見渡した。
「これからの我が国には、さらなる発展が求められる。そのためには、国民一人ひとりが力を合わせることが必要だ。そして、星環教の教えもまた、この国を導く大きな力となるだろう」
ルシウス王は、壇上の脇に立つ教皇へ視線を向けた。
「我が国は、これからも星環教と手を携えて歩んでいく。教会と共に民を導き、より豊かで安定した国を築き上げる。それが、これからの我が国の目指す道である」
王の言葉に、会場から拍手が起こった。
しかし、アルには先ほどの教皇の説法と、今の王の演説が一つにつながって聞こえた。
(教皇が神の御意思に従うことを説き、王がそれを国の方針として掲げる……)
宗教と国家。
本来、それぞれの役割があるはずだ。
しかし、今の演説からは、国の進むべき道を教会の教えに委ねようとしているようにも受け取れる。
(このままでは、教会の思想が国の方針そのものになってしまう)
そのとき、アルは灯籠の中の黒魔石へ視線を向けた。
青白い光は、先ほどよりもわずかに強くなっているように見えた。
(やっぱり、時間がない)
捕虜の証言が正しければ、黒魔石は人の精神に作用する可能性がある。
そして今、この大聖堂には多くの人々が集まっている。
この場で何が起きているのかを確かめる必要があった。
しかし、最初に問いただすべき相手は教皇ではない。
少なくとも制度上、国の方針を決める責任を負うのは国王である。
教会との協調を国家の方針として掲げた以上、その責任はルシウス王にある。
レオナルトも同じ考えに至ったようだった。
「アル」
「はい、兄さん」
「ここで始めよう」
「分かりました」
レオナルトは一歩前へ進み出た。
「陛下。一つ、お尋ねしたいことがございます」
静まり返った大聖堂に、レオナルトの声が響いた。
壇上のルシウス王が、ゆっくりとこちらを向く。
「ヴァルクレイン辺境伯家のレオナルト殿か。いかがした?」
「先ほど、陛下はこれからの国の発展のため、星環教と手を携えて歩んでいくとおっしゃいました」
「その通りだ。教会との協力は、国の安定と発展に欠かせぬものだからな」
「それは理解しております。しかし、国の行く末を決めるのは、あくまでも国王である陛下ではありませんか?」
会場の空気が変わった。
参列者たちの視線が、レオナルトとルシウス王の間を行き来する。
王はすぐには答えず、レオナルトを見つめていた。
「当然だ。国を治めるのは王である私だ」
「では、陛下にお尋ねしたいことがございます」
レオナルトは一度、教皇へ視線を向けた。
そして再び、ルシウス王を見据える。
「この国の未来を決めるにあたり、教会はどこまで関与しているのでしょうか?」
「何を言いたいのか分からぬな。教会は民を導き、我が国を支えてくれている。互いに協力することに、何の問題がある?」
「協力そのものを問題にしているのではありません。国の方針を決める責任と権限が、どこにあるのかを確認しているのです」
レオナルトの声は落ち着いていた。
だが、その言葉には明確な意志が込められている。
「陛下は、教会の教えを国の方針として取り入れるおつもりなのですか?」
再び、大聖堂に沈黙が広がった。
壇上のルシウス王は、わずかに眉を動かした。
その様子を、アルは見逃さなかった。
そして、レオナルトがさらに言葉を続ける。
「もう一つ、確認させていただきたいことがございます」
レオナルトは、大聖堂の壁際に並ぶ灯籠へ視線を向けた。
「あそこに設置されている黒い石について、陛下はご存じなのでしょうか?」
その瞬間、会場の空気が凍りついた。
灯籠の中では、黒魔石が淡い青白い光を放ち続けていた。
第125話を読んでいただき、ありがとうございました。
今回は、ルシウス王即位一周年記念式典での教皇の説法と、レオナルトによる王への問いかけを描きました。
これまで調べてきた黒魔石の謎が、いよいよ王都の中心で明らかになろうとしています。
果たして、ルシウス王は何と答えるのか。
次回も引き続きお付き合いいただければ嬉しいです。
今後ともよろしくお願いいたします。




