祝賀の陰に潜むもの
第124話「祝賀の陰に潜むもの」をお届けします。
王都での最終準備が進む中、アルは大聖堂に設置された黒い石に気づきます。
教会が説明する「聖石」の正体とは何なのか。
そして、いよいよ始まる一周年式典。
祝賀の裏側で、何が起ころうとしているのか。
今回も楽しんでいただけましたら幸いです。
レオナルトが王都へ到着した。
表向きの目的は、王都に滞在している弟アルとの再会。
それ以上の理由は、誰にも語られていない。
王宮からの監視が付いている以上、レオナルトも不自然な行動は取れなかった。
それでも、弟と久しぶりに会うこと自体は、何もおかしくない。
「アル!」
「兄さん!」
屋敷の前で、二人は再会した。
レオナルトはアルの肩に手を置き、顔色を確かめる。
「元気そうで何よりだ」
「兄さんも。領地の方はどう?」
「お前がいない間も、何とかやっているよ」
レオナルトは笑った。
「ただ、直接話したいことは山ほどある」
「僕もだよ」
アルも笑みを返す。
少し離れたところでは、エルシアが二人の様子を見守っていた。
「久しぶりに会えてよかったね」
「うん。やっぱり、直接話せるのは違うよ」
アルは頷いた。
レオナルトも、しばらくは弟との再会を楽しんでいるように振る舞っていた。
王宮の護衛たちも、兄弟が久しぶりに顔を合わせているだけだと受け止めている。
しかし、夜になり、周囲の目が届かない場所で、二人は改めて話し合うことになった。
屋敷の一室。
そこにはアルとレオナルト、エルシアがいた。
「式典の準備は、予定どおり進んでいる」
レオナルトが小声で話し始める。
「各地の協力者も、普段どおりに行動している。王都に集まっている者たちも、冒険者や商人として動いているよ」
「ガレスからも連絡が来ている?」
「ああ。領地の防衛体制も整えつつある。何かあれば、すぐに対応できるようにしているそうだ」
アルは頷いた。
「こちらも、王都の仲間たちと連絡を取り続けている。式典当日の役割も、確認済みだよ」
「そうか」
レオナルトは少しだけ表情を和らげた。
「ただ、まだ油断はできない。式典の場で何が起きるかは分からないからな」
「うん。僕もそう思う」
アルは机の上に置かれた書類を見た。
「それに、教会側も何か準備しているようなんだ」
「何か分かったのか?」
「まだ確かなことはない。でも、教皇が式典で大勢の人を集めることに、特別な意味を持たせようとしている気がする」
レオナルトは考え込んだ。
「教会の動きには注意しておこう」
「うん。何か見つけたら、すぐに知らせるよ」
二人は短く頷き合った。
長い時間をかけて準備してきたことが、いよいよ形になろうとしている。
だが、まだ何も始まってはいない。
式典当日まで、普段どおりに振る舞う。
それが、今の彼らにできる最も重要なことだった。
翌日。
アルは、エルシアとともに王都の大聖堂を訪れていた。
ここ数日、教会では式典に向けた準備が進められている。
普段よりも多くの神官が出入りし、祭壇や礼拝堂の装飾も少しずつ整えられていた。
「ずいぶん忙しそうだね」
エルシアが周囲を見渡す。
「年に一度の大きな式典だからね。準備することも多いんだと思う」
アルはそう答えながら、建物の内部を観察していた。
以前訪れたときには気づかなかったが、礼拝堂の壁際に、見慣れない台座がいくつも設置されている。
祭壇へ続く通路の両側。
壁に沿った柱の近く。
そして、参列者が座る長椅子の後方。
それぞれの台座には、黒い石が置かれていた。
「……あれは?」
アルは足を止めた。
台座の上にある石は、手のひらに収まるほどの大きさだった。
黒く、表面は滑らか。
装飾品のようにも見えるが、石の内部には微かな魔力の流れが感じられる。
(黒魔石……?)
アルは目を細めた。
以前、捕虜から回収した黒魔石の破片。
そして、ガレスたちが調査している黒魔石。
それらと似た反応が、目の前の石からも感じられた。
「アル、どうしたの?」
エルシアが小声で尋ねる。
「少し気になるものがある」
アルは台座の一つへ近づいた。
直接触れることは避け、鑑定眼を使って石の状態を確認する。
魔力の反応。
内部に蓄えられた力。
そして、石の構造。
間違いない。
以前に調べた黒魔石と、よく似た性質を持っている。
(どうして、こんな場所に……)
アルは別の台座にも目を向けた。
そこにも同じような石が置かれている。
数は一つや二つではない。
礼拝堂の各所に、一定の間隔で配置されていた。
「何かお探しですか?」
背後から声がした。
振り返ると、一人の司教が立っていた。
「いえ。こちらの石が気になりまして」
アルは自然な笑顔で答える。
「式典に向けて設置されたものですか?」
「ええ。よくお気づきになりましたね」
司教は穏やかに微笑んだ。
「こちらは、教皇猊下の祈りを増幅するための聖石です」
「祈りを増幅する?」
「はい。式典では、多くの信者が一堂に会します。その祈りを聖石に集め、教皇猊下のお言葉とともに、参列者へ神の御加護を届けるのです」
司教は、当然のことを説明するように話した。
「参列される皆様が、より強く神の御心を感じられるようにするためのものです」
「そうなんですね」
アルは頷いた。
表情は変えない。
しかし、頭の中では捕虜の証言がよみがえっていた。
黒魔石を使って魔獣を誘導していたこと。
そして、捕虜自身が、黒魔石に触れなくなってから考え方が変わったように感じたと話していたこと。
精神に作用する力があるのか。
それとも、長期間の教育や命令によって思考が偏っていただけなのか。
まだ、はっきりとは分からない。
だが、これだけの数の黒魔石を礼拝堂に配置する理由が、単に祈りを増幅するためだけなのか。
アルには判断できなかった。
「この石は、すべて同じものなのですか?」
アルは何気ない調子で尋ねた。
「基本的には同じものです。ただ、配置する場所によって調整を施しております」
「調整……」
「ええ。礼拝堂全体に祈りが行き渡るよう、神官たちが準備を進めているのです」
司教は微笑んだ。
「式典当日には、ぜひその効果を感じていただければと思います」
「楽しみにしています」
アルは丁寧に頭を下げた。
それ以上、質問を重ねることはしなかった。
ここで不自然に疑いを示せば、相手に警戒される可能性がある。
今は、見つけたことを記録しておくべきだった。
大聖堂を出た後、アルはエルシアと並んで歩いていた。
「さっきの石……」
エルシアが小声で話しかける。
「うん。黒魔石とよく似た反応だった」
「捕虜が話していたことと関係があるのかな」
「可能性はある。でも、まだ断定はできない」
アルは歩きながら考えた。
もし、あの石が黒魔石なら。
教会は何のために、あれほど大量の石を礼拝堂へ設置しているのか。
司教の説明どおり、祈りを増幅するためなのか。
それとも、別の目的があるのか。
少なくとも、式典が終わるまでは、あの石の配置や反応を注意深く見ておく必要があった。
その夜。
アルはレオナルトとエルシアを屋敷の一室へ呼んだ。
王宮からの護衛が近くにいるため、話の内容には十分に注意する必要がある。
アルは窓の外を確認してから、声を落とした。
「今日、大聖堂で気になるものを見つけた」
「気になるもの?」
レオナルトが尋ねる。
「礼拝堂の中に、黒い石がいくつも設置されていたんだ」
「黒い石……」
「以前、捕虜から回収した黒魔石と、よく似た魔力反応があった」
アルは、石の配置や司教から聞いた説明を伝えた。
「司教は、教皇の祈りを増幅して、参列者へ神の御加護を届けるための聖石だと言っていた」
「それが本当に黒魔石なのか?」
「完全に同じものかは、まだ分からない。でも、反応はかなり似ていた」
アルは続けた。
「それに、捕虜が話していたことも気になる。黒魔石に触れなくなってから、自分の考えを少しずつ取り戻したように感じたと言っていたよね」
「ああ。黒魔石が精神に作用していた可能性がある、という話だったな」
レオナルトが頷く。
「もし、あの石が黒魔石なら……」
エルシアが言葉を続けた。
「式典に集まった人たちへ、何か影響を与えるために置かれているのかもしれないね」
「その可能性はある」
アルは頷いた。
「でも、司教の説明が嘘だと決まったわけじゃない。祈りを増幅するための装置として使われている可能性もある」
「どちらにしても、式典当日は注意が必要だな」
レオナルトの声が低くなる。
「そうだね。石が反応したとき、何が起きるのかを確かめたい」
「危険があれば、すぐに離れること」
エルシアがアルを見る。
「分かってる」
アルは頷いた。
「式典の前に、もう一度だけ大聖堂の様子を確認しておくよ。ただし、目立たないようにする」
「無理はするな」
レオナルトが念を押した。
「うん。兄さんもね」
短い沈黙の後、三人はそれぞれ頷いた。
まだ、黒魔石の目的は分からない。
教皇が何をしようとしているのかも、確かな証拠はない。
だが、式典の場で何かが起こる可能性は高まっていた。
そして、式典当日。
王都の大聖堂には、朝から多くの人々が集まっていた。
貴族たち。
商人たち。
各地から訪れた信者たち。
礼拝堂は、普段とは比べものにならないほどの人で満ちている。
その中央には、教皇が立つための壇が設けられていた。
壁際や通路に配置された黒い石は、静かに沈黙を保っている。
アルはエルシアとともに、参列者の一人として席に着いていた。
少し離れた場所には、イザベラとフィオナもいる。
レオナルトも、貴族の一人として式典に参列していた。
互いに視線を交わすことはない。
それぞれが、普段どおりに振る舞っていた。
大聖堂の奥で、扉が開く。
神官たちが一斉に頭を下げた。
やがて、教皇アルベリク十三世が姿を現す。
白と金の祭服をまとい、穏やかな笑みを浮かべている。
その姿を見た人々が、次々と立ち上がった。
祈りの声が広がる。
教皇はゆっくりと壇へ進み、参列者を見渡した。
「皆さん。本日は、こうして多くの方々と祈りを捧げられることを嬉しく思います」
穏やかな声が、大聖堂に響く。
アルは、教皇の表情を見つめていた。
これから何が起きるのか。
まだ分からない。
だが、あの黒い石が何のために置かれているのか。
その答えは、まもなく明らかになるかもしれない。
教皇が、静かに両手を広げた。
その瞬間。
礼拝堂の壁際に並ぶ黒い石が、かすかに光を帯び始めた。
アルの目が細くなる。
(……始まった)
大聖堂を満たす祈りの声の中で、黒い光が少しずつ強くなっていく。
そして――。
第124話を読んでいただき、ありがとうございました。
今回は、式典を前にしたアルたちの最終確認と、大聖堂で見つけた黒い石について描きました。
これまで積み重ねてきた情報が、いよいよ一つの局面へとつながろうとしています。
次回から始まる式典で何が起きるのか、引き続きお付き合いいただければ嬉しいです。
今後ともよろしくお願いいたします。




