一周年式典への布石
第122話「一周年式典への布石」をお届けします。
ヴァルクレイン領に集まった貴族や各種族の代表者たち。
それぞれが抱える事情や思惑を越え、ルシウス王と教会に対抗するための話し合いが始まります。
目指すのは、力による衝突ではなく、証拠をもって真実を明らかにすること。
二か月後の一周年式典に向けて、少しずつ動き始めます。
今回も楽しんでいただければ幸いです。
ヴァルクレイン領。
領主館の奥にある会議室には、数人の貴族と各種族の代表者が集まっていた。
窓には厚いカーテンが引かれ、入口には信用できる者だけが配置されている。
ここで話し合われる内容が外部へ漏れれば、集まった者たち全員が危険にさらされる可能性があった。
そのため、会議はごく限られた人数で行われていた。
長いテーブルの中央には、王国の地図と各地から集められた報告書が広げられている。
「皆様、お集まりいただきありがとうございます」
レオナルトが静かに口を開いた。
「本日は、今後の王国について、皆様と話し合いたいことがあります」
向かいに座る貴族の一人が頷いた。
「先王陛下の件については、我々も話を聞いております。ルシウス王が自ら剣を振るったという証言が得られたとか」
「はい。アルが、当時王宮に仕えていた人物から直接話を聞きました」
レオナルトは報告書を一枚取り出した。
「証言者は、クーデター当時、王宮内にいた者です。ルシウスが先王陛下のもとへ向かい、自ら刃を振るうところを目撃したと話しています」
「それは重大な証言ですな」
「ただし、証言だけで公に断定するのは危険です。証言者の安全を確保するとともに、ほかの証拠との照合も必要でしょう」
レオナルトは慎重に言葉を続けた。
「それでも、今回の証言によって、ルシウスが先王陛下の死に直接関わっていた可能性は、これまで以上に高まりました」
会議室に緊張が走る。
先王レオポルドの治世を支持していた貴族たちにとって、その話は決して他人事ではなかった。
「しかし、証言だけでは王都を動かすことはできません」
別の貴族が口を開いた。
「ルシウス王を退けるのであれば、誰もが納得できる証拠が必要です」
「その通りです」
レオナルトは頷いた。
「そして、そのための手掛かりが、少しずつ集まり始めています」
ガレスが机の上に数枚の資料を置いた。
「各地で起きている行方不明事件と魔獣襲撃。それに関係している可能性がある黒ローブの目撃情報です」
資料には、発生した地域や時期、目撃者の証言がまとめられていた。
「これらの事件は、まだすべてが同じ組織によるものだと証明されたわけではありません。しかし、複数の地域で似たような報告が上がっています」
「黒ローブですか……」
エルフ族の代表が資料へ目を落とす。
「魔人族領で起きた襲撃については、我々も聞いています。黒魔石を使い、魔獣を誘導していたという話も」
「その件については、捕虜の証言も得られています」
ガレスが続けた。
「今回の近郊都市への襲撃でも、黒ローブの男を一人捕らえました。尋問の結果、襲撃の指示を出したのは教会の大司教だったと証言しています」
「大司教が?」
ドワーフ族の代表が眉を寄せた。
「さらに、その大司教の上にも指示を出す者がいるようです。ただし、捕虜自身は名前も立場も知らされていませんでした」
レオナルトは、全員の顔を見渡した。
「教会の上層部が関わっている可能性は高い。しかし、教皇本人がどこまで関与しているのか、ルシウス王がどこまで把握しているのかは、まだ分かっていません」
「ですが、王宮と教会の結びつきが強まっているのは事実です」
ガレスが別の資料を指した。
「新王朝の政策には、教会との連携を強めるものが増えています。各地での布教活動や施療院への支援、地方行政への関与などです」
「それ自体は、人族の間ではよくあることだろう?」
獣人族の代表が言った。
「教会が人々を助けることまで否定するつもりはありません」
レオナルトは頷いた。
「問題は、その裏で何が行われているかです」
ガレスが報告を続ける。
「黒魔石の生成に関係すると思われる施設も見つかっています。そこでは、生成だけでなく、精製や出荷、輸送に関する記録も確認されました」
「黒魔石を大量に作り、各地へ運んでいるということか?」
「その可能性があります。実際に、記録には複数の輸送先が残されていました」
会議室に沈黙が落ちた。
魔人族領で起きた襲撃。
各地での失踪。
魔獣の統率。
そして、黒魔石の生成と輸送。
それぞれの情報が、少しずつ一つの流れを示し始めている。
「……このまま放置するわけにはいきませんな」
貴族の一人が重い声で言った。
「しかし、我々が今すぐ軍を動かせば、ルシウス王に反乱と見なされるでしょう」
「だからこそ、まずは証拠を公にする必要があります」
レオナルトは、地図の上に置かれた一通の書簡を手に取った。
「二か月後、王都でルシウス王の即位一周年式典が開かれることが正式に発表されました」
「一周年式典……」
「各地の貴族や有力者が招かれる、大きな行事になるでしょう」
レオナルトは頷いた。
「我々の中にも、招待を受ける者は多いでしょう。そこで、王と教会に対して、公開の場で説明を求めることができるはずです」
「具体的には、どのように?」
貴族の一人が尋ねた。
「まず、式典に参加する貴族たちが、王に対して各地で起きている異変について説明を求めます」
レオナルトは、指を折りながら話した。
「人々の失踪。魔獣の襲撃。黒ローブの目撃情報。黒魔石の生成と輸送。これらについて、王宮が何を把握しているのかを問いただすのです」
「王が答えられなければ、次は教会に問うわけですな」
「そうです」
レオナルトは頷いた。
「教会は、人々に祈りを奨励しています。ならば、各地で人々が襲われ、連れ去られている状況をどう考えているのか。救済活動だけでなく、被害を防ぐために何をしているのか。そこを確認する必要があります」
ガレスが続けた。
「教会が人々のためにあるというのなら、信者たちの不安に答えられるはずです」
「もし、まともに答えられなければ?」
獣人族の代表が尋ねる。
「そのときは、こちらが持っている証拠を提示します」
レオナルトは資料の束へ手を置いた。
「秘密施設で確認された黒魔石の生成・精製・出荷・輸送記録。各地で起きた被害の報告。捕虜の証言。そして、王宮でのクーデターに関する証言です」
「一度にすべてを見せるのですか?」
「いいえ。相手の回答を確認しながら、段階的に提示します」
レオナルトは首を横に振った。
「最初からすべてを明かせば、相手に反論や隠蔽の時間を与えるかもしれません。まずは説明を求め、回答の内容を記録する。そのうえで、矛盾する部分を証拠によって示すのです」
「王宮と教会の関与を、公の場で明らかにするということですな」
「はい。ただし、直接の命令を示す証拠がない部分については、断定しません。確認できた事実と、そこから考えられる可能性を分けて示します」
レオナルトの言葉に、貴族たちは静かに頷いた。
感情に任せて告発するのではない。
事実を積み上げ、説明を求める。
その方が、周囲の人々にも状況を理解してもらいやすい。
「では、我々は式典に出席し、王と教会へ説明を求める役を担うわけですな」
「そうです。皆様には、それぞれが把握している情報を整理していただきたい。式典で発言する者も、事前に決めておく必要があります」
「分かりました」
貴族の一人が頷いた。
「我々も、できる限り協力しましょう」
次に、レオナルトは地図を広げ直した。
「もう一つ、話し合っておきたいことがあります」
地図の王都周辺を指す。
「式典当日、王都の外で待機する者たちの配置についてです」
人族以外の代表者たちが、顔を見合わせた。
「我々は式典に招待されていません」
エルフ族の代表が言った。
「その通りです。だからこそ、皆様には王都の外で協力していただきたいのです」
レオナルトは、地図の街道や周辺地域を示した。
「式典の当日は、各地から多くの人が王都へ集まります。街道も混雑するでしょう。その状況を利用し、皆様には王都周辺の要所で待機していただきたい」
「王都を包囲する、ということですか?」
ドワーフ族の代表が尋ねた。
「完全に封鎖するつもりはありません」
レオナルトは明確に答えた。
「目的は、一般の人々の出入りを妨ぐことではありません。王宮からの増援や、黒ローブたちの逃走を防ぐこと。そして、必要に応じて避難経路を確保することです」
「王都の民を巻き込むわけにはいかない、ということですね」
「はい。今回の行動は、ルシウス王や教会の責任を明らかにするためのものです。王都に暮らす人々を敵に回すつもりはありません」
獣人族の代表が腕を組んだ。
「だが、王宮の兵士が出てくれば、戦いになる可能性もある」
「その可能性はあります」
レオナルトは否定しなかった。
「だからこそ、各地の部隊には、できる限り戦闘を避けるよう伝えます。こちらから先に攻撃することはしない。民間人の避難を優先し、王宮側が動いた場合も、必要以上に被害を広げないことを徹底します」
「分かりました」
エルフ族の代表が頷いた。
「我々も、森の民を守るために協力します。ただし、無関係な人々を傷つけることは望みません」
「もちろんです」
レオナルトは頭を下げた。
「皆様の協力を得られることに感謝します」
各種族の代表たちも、それぞれ頷いた。
まだ、具体的な配置や人数は決まっていない。
それらは、参加する者たちの事情や移動経路を確認したうえで、慎重に決める必要がある。
また、計画が外部へ漏れないよう、詳細を知る者も必要最小限に絞ることになった。
会議は、しばらく続いた。
式典に参加する貴族の確認。
証拠資料の整理。
各地からの情報の共有方法。
王都周辺で待機する部隊の役割。
そして、万が一、王宮側が強硬な手段に出た場合の対応。
すべてを一度に決めることはできない。
それでも、基本方針は固まり始めていた。
「我々の目的を、改めて確認しておきたい」
レオナルトが最後に口を開いた。
「ただルシウス王を退けることではありません。先王レオポルド陛下の治世のもとで保たれていた秩序を取り戻し、幽閉されているセドリック殿下を再び王位へ戻す。そのために、皆様の協力をお願いしたいのです」
会議室にいた者たちは、静かに頷いた。
それぞれに事情があり、立場も違う。
それでも、今の王朝と教会の動きを見過ごせないという点では、共通していた。
「まずは、式典で事実を明らかにする」
レオナルトは言った。
「その結果を見て、次の行動を決める。今は、まだ戦いを始める段階ではありません」
「承知しました」
会議に集まった者たちは、順番に席を立っていく。
まだ、連合と呼べるほど強固な組織ではない。
しかし、各地に散らばっていた人々が、同じ目的のために動き始めていた。
会議が終わった後。
レオナルトは、ガレスを呼び止めた。
「もう一つ、確認しておきたいことがある」
「何でしょう?」
「アルにも、この方針を伝える必要がある」
レオナルトは机の上に残された資料を見た。
「秘密施設の記録を発見したのはアルだ。黒魔石についても、あいつが研究者として調べている」
「そうですね。今回の式典でも、アルの知識が必要になるかもしれません」
「それに、今は王都にいる。式典にも招待される立場だ」
レオナルトは少し考えてから続けた。
「貴族たちが王や教会へ説明を求めた後、黒魔石について説明できる者が必要になる。生成や精製の記録が何を意味するのか。石にどのような性質があるのか。そこはアルにしか説明できない部分もあるだろう」
「確かに。研究者としての知識が必要になりますな」
「ただし、無理に前へ出すつもりはない。あいつが危険を感じたら、すぐに引けるようにしておく」
「承知しました」
レオナルトは書簡を取り出した。
「まずは基本方針を伝えよう。式典当日の細かい役割は、アルの意見も聞いてから決めたい」
「それがよろしいかと」
レオナルトはペンを取り、書き始めた。
会議で決まった基本方針。
式典での追及。
証拠の提示。
他種族の協力。
そして、アルに期待する役割。
すべてを一度に伝えるのではなく、まずは必要な情報だけを簡潔にまとめていく。
書き終えると、レオナルトは封をした。
「これをアルへ届けてくれ」
「承知しました」
ガレスは書簡を受け取った。
窓の外には、夕暮れの領地が広がっている。
王都では、ルシウス王の即位一周年式典に向けた準備が進んでいるはずだ。
その華やかな舞台の裏側で、各地の人々が静かに動き始めている。
まだ、誰もが同じ未来を思い描いているわけではない。
それでも。
これまで別々に動いていた者たちが、初めて同じ目的のために手を取り始めた。
その動きが、やがて王都を揺るがすことになる。
そして、アルのもとにも。
反ルシウス連合の方針を伝える書簡が、まもなく届こうとしていた。
第122話を読んでいただき、ありがとうございました。
今回は、ヴァルクレイン領で反ルシウス勢力の基本方針が話し合われました。
人族だけでなく、エルフやドワーフ、獣人族など、異なる種族が協力していくことになります。
一周年式典は、これまで集めてきた証拠を公にする大きな機会となりそうです。
次回は、王都にいるアルにも今回の方針が伝えられます。
引き続き、楽しんでいただければ嬉しいです。
今後ともよろしくお願いいたします。




