迫る一周年式典
第121話「迫る一周年式典」をお届けします。
黒魔石の出荷記録と各地の襲撃時期を照合した結果、少しずつ見えてきたものがありました。
一方、ヴァルクレイン領では反王朝連合の動きも進み始めています。
そして王都では、新王ルシウスの即位一周年を記念する大規模な式典が発表されました。
水面下で進むそれぞれの思惑が、少しずつ交わり始めます。
今回も楽しんでいただけましたら幸いです。
王都の屋敷。
アルは机の上に広げた資料を、一枚ずつ確認していた。
秘密施設から持ち帰った証拠は、すでに整理を終えている。
黒魔石の生成記録。
精製工程の記録。
出荷と輸送に関する帳簿。
そして、王宮の関係部署と星環教の紋章が記された書類。
それらを照合した結果、王宮と教会が黒魔石の管理に関わっていた可能性は、かなり高くなっていた。
しかし、それだけでは不十分だった。
黒魔石が実際にどのように使われていたのか。
そして、各地で起きた襲撃や失踪事件と、どのようにつながっているのか。
それを確かめる必要があった。
「……そろそろ返事が来てもいい頃かな」
アルが呟いた、そのとき。
窓の外から羽音が聞こえた。
「メッセンジャーホークだね」
エルシアが窓へ近づく。
ホークの脚には、見覚えのある封筒が結ばれていた。
「兄さんからだ」
アルは封筒を受け取り、すぐに中身を確認した。
そこには、レオナルトとガレスたちが進めていた調査の結果が記されていた。
黒魔石の出荷記録。
輸送先。
各地で発生した魔獣襲撃の時期。
そして、目撃情報や被害状況。
それらを一つずつ照らし合わせた結果、いくつかの地域で、時期と場所に明確な重なりが確認されたという。
「……やっぱり」
アルは報告書を読み進める。
出荷された黒魔石が、実際に襲撃で使われたものだと直接証明できたわけではない。
しかし、出荷時期と魔獣襲撃の発生時期は、大筋で一致していた。
輸送先と被害地域にも、関連が疑われる点がある。
さらに、黒ローブの目撃情報が確認されている地域も含まれていた。
「黒魔石が魔獣の誘導に使われていた可能性は、かなり高くなったね」
エルシアが報告書を覗き込む。
「うん。これまでの証言とも一致している」
アルは静かに頷いた。
「ただ、全部の襲撃が同じ仕組みだったとは限らない。そこは、まだ調べる必要があるね」
確かなことと、推測。
それを混同してはいけない。
アルは、報告書の内容をノートへ書き写した。
「それから……」
さらに読み進めると、別の報告が目に入った。
反王朝連合についてだった。
レオナルトとガレスたちが進めていた各地との連携は、少しずつ形になり始めている。
新王家に不安を抱く貴族たち。
教会の介入を警戒する地方領主。
そして、魔人族領での襲撃を受け、同じような被害を恐れている他種族の有力者たち。
それぞれが情報を持ち寄り、互いに協力するための連絡網が整いつつあるという。
「反王朝連合も、かなり進んでいるみたいだね」
「うん。まだ強固な同盟と呼べる段階ではないけれど、少しずつ組織として動けるようになってきたみたい」
エルシアが頷いた。
アルは報告書を机に置いた。
王都では自分たちが調査を進めている。
ヴァルクレイン領では、レオナルトとガレスたちが連合の基盤を整えている。
それぞれの場所で、少しずつ成果が出始めていた。
「……これなら、次の段階へ進めるかもしれない」
アルは小さく息を吐いた。
同じ頃。
王都の一室では、教皇アルベリク十三世とルシウス王、そして数名の高位聖職者が集まっていた。
部屋の窓には厚いカーテンが引かれ、外から中の様子をうかがうことはできない。
「施設の爆破について、改めて報告いたします」
一人の枢機卿が口を開いた。
「黒魔石の生成施設は完全に破壊され、現在は使用できない状態です」
「再建の目処は?」
ルシウスが尋ねた。
「同じ場所での再建は困難です。設備の多くが失われており、周辺にも被害が残っております」
「それで、黒魔石の生産はどうなる?」
「現時点では、黒魔石の供給量が大きく減少する見込みです」
ルシウスの表情が険しくなる。
「計画に遅れが出るということか」
「はい」
枢機卿は深く頭を下げた。
「ただし、別の場所に施設を再建することは可能です。候補地の選定と設備の手配を急げば、再び生成を開始できるかと」
教皇が静かに口を開いた。
「ならば、速やかに再建しなさい」
声に大きな変化はなかった。
「計画を止める理由はありません。失われたものを補い、必要な量を確保するのです」
「承知いたしました」
「ただし、今度は場所の選定を慎重に。外部からの目が届きにくく、必要な物資を運び込める場所を選びなさい」
「はい」
ルシウスは腕を組んだ。
「施設の爆発については、原因を調べているのだろうな?」
「現在、確認を進めております」
「目撃者は?」
その問いに、枢機卿は一瞬だけ間を置いた。
「施設周辺にいた者や、爆発の前後に不審な人物を見かけた者がいる可能性はございます」
「ならば、放置するな」
ルシウスの声が低くなる。
「こちらの計画を知る者が外部に残れば、後々面倒なことになる」
教皇は、机の上に置かれた報告書へ目を落とした。
「事情を知る者がいるなら、速やかに対処しなければなりません」
「具体的には?」
別の高位聖職者が尋ねた。
「「必要であれば、身柄を確保しなさい。情報が外部へ漏れる恐れがある者については、口を封じることも含めて対処するのです」
その言葉に、部屋の空気がわずかに重くなった。
ルシウスは短く頷いた。
「余計な情報が外へ出ないようにしろ」
「承知いたしました」
枢機卿は、次の報告書を取り出した。
「もう一つ、ご報告がございます」
「何だ?」
「施設内に残されていた資料についてです」
ルシウスが視線を向ける。
「爆発後の現場を確認したところ、書類や記録類は火災によって焼失したものと判断されました」
「すべてか?」
「はい。確認できた範囲では、資料が持ち出された形跡も確認されておりません」
教皇は目を細めた。
「そうですか」
施設の資料が失われた。
それは大きな損失だった。
だが、少なくとも情報が外に漏れ出た可能性は低いと報告されている。
「ならば、残された記録を改めて作成しなさい。必要な情報は、関係者から集めればよい」
「承知いたしました」
教皇は静かに頷いた。
「計画を止めることはありません。新しい施設の準備と、関係者への対応を同時に進めなさい」
枢機卿たちは一斉に頭を下げた。
会談は、その後もいくつかの報告を確認して終わった。
ルシウスと教皇は、最後まで互いに穏やかな態度を崩さなかった。
しかし、その考えは同じではない。
ルシウスは、自分が教皇と協力しながら王国を支配していると考えている。
一方、教皇は、ルシウスを自らの計画を進めるための存在として見ていた。
その違いを、ルシウスはまだ理解していなかった。
数日後。
アルは、いつものように大聖堂を訪れていた。
教皇との面会を終えてからも、教会へ通う習慣は変えていない。
礼拝に参加し、神官たちの話を聞き、教義について質問する。
表向きは、星環教への理解を深めようとする若い貴族。
その姿勢を崩さないようにしていた。
「アルフレッド様。本日もお越しくださったのですね」
以前から顔を合わせている神官が、穏やかに声をかけてきた。
「はい。まだ学ぶことが多いので」
「熱心なことです。教皇猊下も、きっとお喜びになるでしょう」
「ありがとうございます」
アルは微笑んだ。
教会の関係者との距離は、少しずつ縮まっている。
以前なら、挨拶を交わす程度だった神官たちも、今では自分から話しかけてくるようになった。
それは、調査を続けるうえで重要な変化だった。
教会の内部で、誰がどのような役割を担っているのか。
どの人物が上位の聖職者と近い関係にあるのか。
そうした情報を得る機会も、少しずつ増えている。
ただし、アルは相手の言葉をすべて信じているわけではない。
信仰を持つ人々の多くは、純粋に教えを信じているのだろう。
だからこそ、教会の上層部が何を企んでいるのかを知る必要があった。
その日も礼拝を終え、神官たちと短く言葉を交わしていると、別の聖職者が近づいてきた。
「アルフレッド様。少しお話がございます」
「はい。何でしょうか?」
「二か月後、王都で大きな式典が開催されることになりました」
「式典ですか?」
「ええ。ルシウス陛下の即位一周年を記念する行事です」
アルは、すぐには返事をしなかった。
「一周年……」
「王宮と教会が協力し、盛大に執り行われる予定です。各地の貴族や有力者にも参列が呼びかけられることになるでしょう」
「そうなのですね」
「星環教にとっても、大切な行事となります。王と教会が手を取り合い、民とともに神への奉仕を誓う場となるでしょう」
聖職者は誇らしげに語った。
「神の教えのもとに、人々が一つとなり、神の望む世界を築いていく。その決意を広く示す機会なのです」
アルは穏やかな表情を保ったまま、相手の話を聞いていた。
王と教会が手を取り合う。
民とともに神への奉仕を誓う。
その言葉は、これまで教皇や枢機卿が語ってきた理念と重なっていた。
「それは、大きな式典になりそうですね」
「はい。アルフレッド様にも、ぜひご参列いただきたいと考えております」
「ありがとうございます。案内が届きましたら、改めて検討させていただきます」
「お待ちしております」
聖職者は一礼し、その場を離れていった。
アルは大聖堂の祭壇へ視線を向けた。
ルシウス王の即位一周年。
王宮と教会が、互いの結びつきと新王朝の正当性を広く示すための式典。
それは単なる記念行事ではないのかもしれない。
教会の理念を王国全体へ広めるための、重要な機会になる可能性がある。
「……いよいよ、動きが大きくなってきたね」
隣にいたエルシアが小声で言った。
「うん」
アルは頷いた。
「王宮と教会が、これまで以上に表立って手を組もうとしている」
「どうするの?」
「まずは、式典について詳しく調べよう」
アルは大聖堂を見上げた。
「それに、兄さんたちにも知らせておいた方がいい」
「反王朝連合にも関係することだね」
「そう。式典には各地の貴族や有力者も集まるはずだから」
その場に集まる人々。
王宮と教会の関係者。
そして、各地から招かれる貴族たち。
そこには、これまで集めてきた証拠を使う機会があるかもしれない。
だが、まだ何も決まってはいない。
アルは、焦らずに情報を集めることを選んだ。
その頃、王都の広場では、正式な発表が行われていた。
王宮から派遣された役人が、集まった人々へ向けて声を張り上げる。
「2か月後、ルシウス陛下の即位一周年を記念し、盛大な式典を開催する!」
広場に人々のざわめきが広がった。
「この式典には、王宮と星環教の関係者をはじめ、各地の貴族や有力者が参列する予定である!」
役人は、さらに続けた。
「王と教会が手を取り合い、民とともに神への奉仕を誓う。神の教えのもとに、すべての人々が一つとなり、神の望む世界を築き上げるための大切な行事である!」
人々の反応はさまざまだった。
新王朝の繁栄を期待する者。
教会の活動を歓迎する者。
そして、その言葉に不安を覚え、静かに様子を窺う者。
それでも、式典の開催は正式に決まった。
王都だけでなく、各地へも同じ知らせが届けられていく。
ルシウス王の即位一周年。
王宮と教会が、その結びつきを大々的に示す行事。
それは、新王朝にとっても、星環教にとっても、大きな意味を持つものになるだろう。
そして、アルたちにとっても。
これまで水面下で集めてきた情報と、形になり始めた反王朝連合。
それらが、次の局面へ進むための重要な機会になるかもしれない。
王都の空には、夕暮れの光が広がっていた。
その光の下で、新王朝と星環教は、さらなる結束を人々に示そうとしている。
だが、その裏側では。
それぞれの思惑が、静かに交差し始めていた。
第121話を読んでいただき、ありがとうございました。
今回は、黒魔石と各地の襲撃事件の関連性が強まり、反王朝連合も少しずつ形になってきました。
一方で、王宮と教会は一周年式典を通じて、その結びつきをさらに強めようとしています。
それぞれの動きが、今後どのようにつながっていくのか。
引き続き楽しんでいただければ嬉しいです。
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今後ともよろしくお願いいたします。




