99 鬼の目にも涙
ヘミニス伯爵は息子の戦いを見ていた。
相手は市井の特待生枠、息子がそんな相手に負けるわけがないと思っていた彼だったが、その対決はほぼ互角だった。
そして、その対決相手は彼が息子と呼んでいるカストルとそっくりな女の子だった。
「ちょいと邪魔しますぞ」
「おお、これはシリウス様。お久しぶりです」
「久々ぢゃの、ヘミニス」
ヘミニス伯爵は貴族である。
その彼が様付けをして呼ぶような相手はそうは多くない。
シリウス男爵はそんな数少ない一人だった。
「どうぢゃ、試験の様子は」
「ええ、私の息子があれだけ苦戦するとは、流石シリウス様の弟子です」
シリウス男爵が大きな眉毛から鋭い眼光を見せた。
「そうか、あの顔……見覚えは無いか?」
「いえ、私には……」
「のうヘミニス。この国ではなぜ双子が忌み嫌われておるか知っておるか?」
「いいえ、存じません」
シリウス男爵が昔話を始めた。
「そうか、昔な……この国では生まれながらに鉄仮面を被らされた王弟がおってな。その者が双子だったのじゃ」
「王弟? それはもしやあの鉄仮面事件!?」
シリウス男爵が耳をほじりながら話を続けた。
「そうぢゃ、生まれながらに地位も存在もすべて隠された王弟による国家転覆計画。それがこの国で双子の忌み嫌われる原因なのぢゃよ。ぢゃが、生まれた子供に罪はない。罪があるとすればそんなしがらみを押し付けた親や社会にあるのぢゃよ。……あの娘、似ておらぬか? そなたの愛した妻の若い頃に」
シリウス男爵に言われ、ヘミニス伯爵は息子の対戦相手の顔を注視した。
「あ、あの顔は……」
「あの娘は血のつながらない母親と二人だけで生活しておる。父親はおらぬが、真面目で健気で聡明な娘じゃ。街のみんなに愛されておるわい」
ヘミニス伯爵はポルクシアの顔を見て昔を思い出した。
ヘミニス伯爵の妻は市井の娘だった。本来親の決めた許嫁のいた彼だったが、馬で遠出した時、立ち寄った村で一目惚れした彼女をどうにかものにしたいと考えた。
そのためなら貴族の立場も捨てようと考えたほどだ。
だが彼にはそれを実践するだけの勇気が無かった。
彼はそれでも彼女をあきらめきれず、貴族の立場を利用して彼女を自分の侍女にしようとした。
そんな彼の横柄な態度に、娘は最初、頑なな態度で拒否を示したが、彼の気持ちが本気だと知ると徐々に心を許すようになった。
そして結ばれた二人だったが、彼女は生まれつきの病弱だった。
それでも彼女は命を賭けて愛する夫の子供を産もうとした。
……その一人が、ポルクシアだった。
「わ……私はあのような娘は……知りませぬ」
「自分に……素直になるんぢゃな、立場はあろうがおぬしは父親なのぢゃ」
「儂は下町に住んでおるのでな、噂は色々と入ってくるんぢゃ。昔、激しい嵐の晩の後に若い女が生まれたばかりの赤ん坊を抱えて儂の住む下町に流れ着いたそうぢゃ。」
シリウス男爵の話を聞いていたヘミニス伯爵は、息子と戦うもう一人の娘に亡き美しい妻の面影を見た。
「失礼……私は仕事があります故、この辺りで失礼させていただきます」
「そうか、結果は見ぬのか」
「……失礼します」
そしてヘミニス伯爵は誰にも見られないように一人でどこかに立ち去った。
「鬼の目にも涙……じゃな」
シリウス男爵が立ち去るヘミニス伯爵を後ろから見守っていた。
◆
「う、うううぅう……うおぉぉぉーっ!!」
ヘミニス伯爵は、誰もいない場所で一人泣いた。
その気持ちが後悔だったのか、娘が生きていたことへの喜びだったのか、もう一人の子供に息子の立場を押し付ける苦悩だったのか……それは彼だけしかわからないことだった。
彼は一人だけでいつまでも泣き続けた。
そんな伯爵の姿を見ていたのは、一匹の白い美しい猫だけだった。




