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 私の言葉を聞き、彼女は出て行った。

 そして二度と戻ってくることはなかった。いや、できなかった。彼女は敗北したのだ。


 彼は彼女と離婚の手続きを正式に済ませた。彼女の方は懲りずにそこで説得を試みたそうだが、彼は一切取り合おうとしなかった。


 彼女は泣いて悲しんだが、その後また別の男性に拾われたらしい。


 逃げる令嬢、といまや世間では呼ばれている。


 夫人ではなく、令嬢と呼ぶのは、彼女がいまだ少女のように美しいことと、かつての境遇になぞらえてのことだろう。言い得て妙である。


 私は彼女のことに関しては、何も心配していない。


 あのか弱さと美貌を武器に、また他の男の同情を手に入れるだろう。そして愛されるだろう。愛されなければ、他を当たればいいだけだ。美貌が衰えない限り、彼女は男の同情や関心を引き、この世界を生きていく。


 けれど美貌が衰え、男の関心を惹くものが無くなった時、果たしてそれでも男たちが彼女を愛するかはわからない。



 私はこれまでと変わらず、彼に付き添った。彼を支えた。身も心もすべて、彼は私に委ね、私はそれを支配した。


 そしてある日、彼は自分の足で、立ち上がった。たった数歩だが、歩くこともできた。彼と私の努力を、神が認めてくれた結果だろうか。彼が泣いて喜んだのは言うまでもない。


 脊髄が損傷していたという医師の診断が、どうやら間違えていたらしい。私の献身的な介護も、役に立ったそうだ。


 今までと同じようにリハビリを続けていけば、子どもを作ることにも何も問題はないだろうと言われた。


 一度成功すれば、自信がつく。彼は今まで休んでいた分を取り返すように仕事に精を出し、新しい事業まで始めた。

 そして両手ではとても抱えきれないほどの大金を手にしたのだった。


 かつて私を捨てた婚約者は自分の愚かな行動を反省し、私と結婚して欲しいと二度目のプロポーズをしてくれた。

 私は喜んでそれを受け入れた。


 あまりにもあっさりと私が承諾したので、彼の方が信じられない顔をした。本当に愛しているのか、と失礼なことを聞いて確かめてくる。


「ええ、愛しているわ」


 嘘偽りない気持ちだと私は唇を吊り上げる。彼は泣いて感謝した。



 彼を支えたエピソードは、世間では美談として語り継がれているらしく、私は多くの人から祝福されて結婚することができた。


 結婚してからも、それは変わらない。

 妻として、私は夫を支えた。

 彼は今までの私の献身ぶりから、その愛を微塵も疑うことはしなかった。


 愚かな人だ。

 私が腹の中でどれほどあなたを恨んでいるか、わからないなんて。


 そう、私は彼を許しはしない。許すことなど、できるものか。


 でも、愛してもいる。矛盾しているようだが、紛れもない事実だった。


 だがその立場は、もはや最初とは逆転している。


 私がある日忽然と姿を消してしまえば、彼は狂ってしまうだろう。彼はもう私を手放すことはできない。私が彼の手綱を握っているのだ。


 だから、私は怖くない。彼を一生愛することができる。


 彼も、その愛に応えなければならない。いいや、彼ならきっと応えてくれるだろう。

 もしそれを断ったら、あの恐ろしい闇が再び彼のもとへ訪れるのだから。


「どこにも、行かないでくれ。私を置いて行かないでくれ」


 仕事も何もかも上手くいったのに、彼の深い闇は消え去らない。以前よりもずっと泣きそうな顔で私を求める。


 また同じことが繰り返されないか、不安でたまらないのだ。可哀想な人。


 私は大丈夫よ、とそんな彼を優しく受け入れてやる。安心できるまで慰めてやる。


「あなたを愛するわ。その代わりあなたも私を可愛がって下さいね」


 当たり前だと夫は私を抱きしめる。ありったけの愛を返してくれる。

 幸せだと、心からそう思った。


 愛されるだけでは、その愛は両立しない。


 今もどこかで男に愛されているだけの彼女を思い浮かべる。


「愛されるだけではだめなのよ」


 身も心もすべて、愛してあげないとね。




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