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すばらしき無言の食卓

*********

小曽戸が目の前で、鍋で炊かれるご飯にすごい、本格的とはしゃぐ。

だが絃からすれば日常であり、たいしたことではない。

しかし、自分の常識他人の非常識、という事も多い世の中なわけなので、それを口には出さなかった。

そして。

「味見と称して全部食べるつもりなの?」

そろそろ辛抱ならなくなったらしい。大鷺がその辺にあった竹の箸で鯵南蛮を口に放り込み始めた。

取りあえず言っておき、全部食べられたら説教のルートと考えた絃は、ふくふくと自己主張し始めた鍋の火を止めた。

この土鍋は大変優秀で、白米だったら沸騰して火を止めれば、あと十分放置でご飯が炊けるのだ。

何て便利な……これはどこのものだっただろう。

「兄さん、この土鍋どこのだったっけ」

「え、笠間」

「何で買ったんだっけ」

「フォルムに一目ぼれ」

大鷺は鯵南蛮に心を奪われ過ぎており、そろそろ絃の取り分が無くなる。小曽戸は客人なので、別の容器で鯵南蛮は、調味液に付け込まれている。

流石に自分だって作った物を食べたい。

軒並み喰われる、それは阻止するべく、絃は彼の前の容器を自分の近くに引き寄せた。

かつん、と調理台を叩く箸。そこで大鷺は自分が橋を突っ込んでいた容器が無くなったと気付いたらしい。

「あれ? ない」

「どんだけ食べるの」

「だって絃ちゃんの鯵南蛮絶品。骨まで処理してあるところが細かいよね、料理人としてかなり印象がいい」

「どこの面が言ってるのやら。教えたのは大鷺だったと思うけれど」

「え、大鷺さんが水島さんに教えた事があるんですか?」

ここで小曽戸が食いついた。彼女は本当に、大鷺に興味津々なのだ。

おそらく見た目のいい、人のよさそうな料理男子だからだろう。

「僕は調理学校に入って色々教えてもらったりしたし、海外でそこの料理やってる人に気に入ってもらって教えてもらったり、したからね」

茶目っ気たっぷりに片目を閉じる。今どき可愛い女の子でもどうかと思うそれでも、大鷺がやるとなんかしっくりくるのは何故だ。

きっと霧島だったら印象が強すぎて忘れられない、そんな事を思いながら、絃は冷蔵庫を開けた。

昨日から仕込まれている水出しの出汁。この味が好き、という大鷺の我儘により煮干しと昆布のみの出汁は、程よく出ているようだ。

いつもはかき回し、煮干しも昆布も全部鍋に入れる絃だが、お客様がいる時はちょっと手をかける。

上澄みだけを鍋に入れて、さっさとネギと豆腐を切り、味噌汁を作った。

そうすればもう、美味しそうなご飯が出来ているわけだ。

「できました。小曽戸さん、どれくらいご飯食べます?」

絃はそう言えば、小曽戸に料理を見せるんだったっけ、それとも料理を教えるんだったっけ、と思い出せないまま、問いかけた。

「ご飯大盛! 私すごく大食いなの!」

小曽戸の眼はぴかぴかして、ふっくらしていて、全身から美味しさを放っている炊き立てのご飯に釘付けだった。

「やだー、水島さんの料理を見せてもらうだけだったのに、すごくおいしそうなご飯にありつけるなんて」

「絃ちゃんの料理技術、なめちゃだめだよ」

言いつつ大鷺が、大きな男性用の飯椀にご飯をいれる。

そして食器棚から出されたのは、どこから出てきたのか得体のしれない、丼並の飯椀だ。

「……それは何を入れるのかな」

絃が真面目に問いかけると、大鷺が真面目に返した。

「飯茶碗は小曽戸さんに譲るから、僕はこれ。いや、この前窯元で不用品貰って来た時から、いつ使おうか狙ってた」

「わー。小さなお茶碗によそわないなんて、大鷺さん分かってる!」

絃は、小曽戸が喜んでいるからいいか、と大鷺の奇行を放置する事にした。

枚挙にいとまがないやつなので、もうあきらめよう。

鯵南蛮を人数分皿によそって、味噌汁をお湾に注ぎ、ぱらりと胡麻をふる。ちょっとした見た目の手間だが、こう言うのがいいのだと大鷺から習った絃だった。

小曽戸はもううきうきとした調子で席に着き、大鷺もいそいそとパンイチで座る。

大鷺がどこかで一目ぼれして買って来た、二人暮らしに不釣り合いな大きさのテーブルは、この日初めて有効活用されたわけだ。

「いただきます!」

「いただきまーす!」

「いただきます」

はしゃぐ小曽戸は写メをとってから箸をとり、大鷺はもはや絃の制止なんて無視するだろう勢いで食べ始めている。

小曽戸も負けていない位、よく食べる。

むしゃむしゃ、もぐもぐ、さくさく、はむはむ。

色々な咀嚼音が聞こえている中、絃は勢いの良すぎる二人に圧倒されかけていた。

なんか真剣すぎる気がしたのだ。

そして味の感想が何もないので、ちょっと不安にもなる。

自分でも食べてみるが、いつもと変わらない味のはずなのだが。

不味かったらどうしよう、だがそうだったら大鷺が一言、不味いと膨れるはずなのだ。

大鷺はハリセンボンのように膨れて、美味しくないというとげを見せてくるのだから。

食べ終わっていない糸をしり目に、大鷺が席を立つ。お代わりをしに行ったのだ。経験上知っているはずの行動は、思い切り裏切られた。

大鷺はなんと、一升炊きの土鍋をそのまま持ってきたのだ。

そして鍋敷きを敷いて置き、そこからご飯をよそう。

小曽戸が無言で飯椀を突き出し、大鷺が阿吽の呼吸でご飯をよそう。

そしてまた立ち上がり、今度は味噌汁の鍋も持ってきた。

「……なにをしたいの……?」

さすがに分からなくなってきた彼女だったが、大鷺は鯵南蛮を平らげた後も満足せず、どんどん冷蔵庫から常備菜だったり、絃が得体のしれない物認定していたタッパーを持ってくる。

中身はどれもオカズでしかない。

小曽戸も食べる。鯵南蛮でご飯を二杯、それから味噌汁で一杯、常備菜で二杯。

この空間はいつ、フードファイターの空間になったんだ、と頭を抱えたくなった絃だったが。

一升炊きの土鍋が見事に空になったあたりで、そこは静寂に包まれた。

なんだろう、この妙なドキドキ感。

絃が二人に何と言うか考えていた時だ。

「こんなに食べさせてもらったの久しぶりー!」

小曽戸が歓声を上げた。

「こんなに一緒に食べて気が楽な他人久しぶり! おいしかったねえ!」

大鷺も歓声を上げた。

何なんだこの空間。

自分もようやく食べ終わった絃は、何か謎の結束が、小曽戸と大鷺の間に結ばれた事を知った。

「自分じゃダイエットばっかり考えて、ご飯を美味しいって思って食べるなんてなかったんですよね!」

小曽戸がきらきらした顔で大鷺に言う。

ニコニコとしている大鷺は、それにこう返した。

「床を雑巾がけしているだけで、結構カロリー使うから、食べ過ぎた次の日とか、外があれてて走れない時とか、実践すると家も綺麗になるよ」

「いや、もう本当に……水島さんのごはんすごくおいしい! もう負け、負けでしかない! 霧島次長が下手ぼれの料理なの分かる! お兄さん、この常備菜は水島さんのお手製なんでしょ。で、こっちの料理名も材料もわからない方がお兄さんのやつでしょ」

「よくわかったね」

「だって水島さんの方は、知っているのに自分の知らなかったおいしさだし、謎の料理は国籍不明すぎるし、すぐわかりますよ」

も、盛り上がっている……大鷺とこんなに盛り上がれる女子っていたっけ……

絃は記憶を探ったが、そんな女子は大鷺のお嫁さん一人だけだった事も思い出した。

そしてそっと兄を観察すると。

兄は普段見せない、とろけるような笑顔を見せていた。

これは惚れたな、と身内からすれば一発で分かっちゃうものだった。

まさか霧島さん目当ての人に、兄が恋するとは。

この兄の片思いはどうなる事やら、と内心で小曽戸に合掌した絃は、茶わんなどを持った。

「食洗器かけるから大鷺、皿とタッパー」

「おうとも、そうだ小曽戸ちゃん、お茶と紅茶とノンカフェインとどれがいい?」

「えー、お兄さんのノンカフェイン気になる!」

「今お湯を沸かすね、待っていて」

キッチン備え付けの食洗器に、ざっと古布で汚れを拭きとった食器を入れてあらいはじめ、土鍋は水につけておく。

その間、大鷺が非常にウキウキしながら、秘蔵のノンカフェインティーを取り出したあたりで、これは本気だな、と判断した。

そして一応、聞いておくことにした。

お茶の前に女同士のお喋り、という風を装い、彼女は聞いた。

「小曽戸さん、霧島さんの事好きなんでしょう?」

「なんかもう、あほらしくなった!」

「え?」

「水島さんのライバルとして張り合うの、あほらしくって! だって強引に家に来る約束取り付けた人に、こんなおいしい料理を手際よく出してくれる人と張り合うなんて、あほらしくって! 私が男でも水島さんに恋しちゃうわ! だもん! それにね、なんだかお兄さんとご飯お代わりしまくってたら、ご飯がおいしいっていうの思い出したの。そうしたら霧島次長に向けていたどろどろっとした思いが浄化されてね……ねえ、またご飯食べに来ちゃダメ?」

「いいよー。いつでもおいで」

「兄貴、勝手なことを言わないでよ、冷蔵庫事情ってものが」

「大丈夫大丈夫。補充は任せておいて」

「兄貴に任せると上等な物ばっかりだから、一人暮らしに戻った時怖い」

「大丈夫大丈夫、絃ちゃんと一緒に料理するの、あと十年は続けたいからさぁ」

それのどこが大丈夫なのだ、と絃が言いかけた時だ。

お茶類をいれて持ってきた男が、ふわりと微笑んだ。

「その頃には、絃ちゃんにも仕入れ手伝ってもらって、生産者の皆様と交流もってもらう予定だから」

大鷺の中には、絃と離れて暮らす未来がないらしい。

この兄だもんな、確かにしばらく放っておけないかもしれないけれど。

「勝手にこっちの未来を決めないでよ、私が結婚するかもしれないじゃない」

「え、そしたら同居できるように、大きい部屋借りたんだけど」

間が開いた。小曽戸がもはやこらえきれずに笑っている。

大爆笑だ。

「どうりで間取りに余裕がありすぎると思ったら……! あと五人は楽勝な部屋数だと思ってたら」

どうやら絃以上に、小曽戸の方が色々な物が見えていたらしい。

大鷺規格という、非常識を当たり前と思う感性のせいで、色々麻痺したらしいと絃は内心で反省した。


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