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87 戦前の一幕

いきなりですが、今週からしばらく二話連続投稿になります。

 あの男との遭遇した明日の夜。

 遂に、ユエイブワル帝国兵と交戦する時がやってきた。

 神殿の屋根に座り込み、大部分が欠けてしまっている三日月を眺めながら、神殿の入口で起きている喧騒にコドクは耳を寄せていた。


「私は許しませんよ!前だって勝手に魔界に行って怪我してきたばっかりなのに、今度は戦争しにいくなんて!」

「ぬぅ、だが……」

「だったら私も連れて行ってください!」

「それはできない。お前に、自らを守る力はない。

 お前は、ここにいろ。」


 有無を言わさぬ牛鬼のその声に、シェレアの嗚咽の声が聞こえてくる。

 コドクは、それに溜息を吐くと、ふわりと飛んで牛鬼の隣に降り立った。

 シェレアの瞳は涙で濡れ、それを見ていた牛鬼の顔は、分かりにくいが、苦痛に歪んでいた。

 そんな顔をするなら、突っぱねるなよ……と、コドクが呆れていると、コドクの首元に巻き付いていたシズクが、牛鬼に人差し指を振りながら言った。


「牛鬼、そこは「俺がお前を守ってやる」なのですよ。女の子一人くらい守れなくてどうするのです?」

「だ、だが母様。万が一、シェレアが怪我をしたら、どうすればいい?

 俺は簡単に死なぬが、シェレアは人間だ。頑丈な俺と違って、脆い人間なのだ。」


 拳を握りしめながら、歯を食いしばって、そう呟く牛鬼。


「人間はすぐに死んでしまう。俺と違って、寝れば治るなんて事もない。

 戦場では何が起こるか分からない。万が一シェレアが怪我をすれば、俺は……」

「ギュウキ……」


 俯く牛鬼に、胸の前で手を合わせ、濡れた瞳で牛鬼を見つめるシェレア。

 漂ってくる甘い雰囲気に、コドクとシズクは顔を合わせ、同時に息を吐いた。


「さっさとくっ付けよ、お前達。いつの間にそんな仲になったかは知らないけど、祝福するぞ?」

「ついでにデートしてくるといいのです。まぁ、その行先は戦場なのですが。」


 コドクとシズクの生温かい視線に、シェレアは顔を真っ赤に染めた。


「そ、そんな仲って、わ、私はギュウキ様のお世話係なだけで、別に特別な関係って訳では……」

「はいはい、ご馳走様なのです。

 あ、牛鬼、その斧の機能に、魔力を込めながら「結界」と言って、柄を地面に突き刺すと、半球の結界を生成する機能があるから、それを使うといいのです。」


 そう言いながら、「周りから見えないようにしたり、音が漏れないようにする事もできるのです」と、にっこりと笑顔で牛鬼を見るシズク。

 牛鬼は困ったようにコドクを見るが、コドクは諦めろと言わんばかりに、苦笑しながら首を振った。

 牛鬼は、やがて決心したように顔を引き締めると、シェレアに体を向け、地面に片膝を付いてシェレアと目を合わせた。


「戦場では、何が起こるか分からない。だが、俺が必ずお前を守り通す。

 だから、俺から離れないで欲しい。」

「は、はい!一生離れましぇん!」


 何を勘違いしているのか、真っ赤な顔で、噛みながらそう言うシェレア。

 牛鬼はシェレアを片手で軽々と持ち上げると、自分の肩に座らせ、コドクとシズクに背を向けた。


「父様、母様。行ってくる。」


 そう言いながら、堂々と歩き出す牛鬼に、コドクは躊躇いがちに話しかけた。


「あのさ、牛鬼。非常に言いづらいんだけど……」

「……?」


 振り向いた牛鬼に、コドクは自らの後ろの方に爪を向けた。


「出口、逆だぞ?」


 シェレアもそうだが、牛鬼もかなり動揺していたらしい。しばらくして、牛鬼はコドクが指した方へと歩み始めた。

 なお、その牛鬼の横顔が赤かった気がしたが、コドクとシズクは何も言わないであげたのだった。





 町を守る外壁を背に、プルプルは、恨み言を叫んでいるような、唸る不気味な風の音を聞いていた。

 遠くの大平原には、ところ狭しと武装した人間が、不規則にわらわらと群れている。

 何人いるのか、ここまで来るのに何人減ったのか……普通だったら気にするであろうが、プルプルはまったく気負った様子もなく、目の前に広がる人間の群れを脅威として感じていなかった。

 自らが慕う父が、あの群れに何かしたと、星花から聞いていたが、コドクがやったことのだいたいの察しは付いていた。


 コドクが行ったのは、たった一つの魔術。

 不信感、不満、不安……そんな負の感情を少しだけ、増幅させていく。そんな魔術を使っただけ。

 たったそれだけで、人間という生き物はバラバラになってしまうのだから、プルプルにとって、目の前の群れはそれほど脅威ではなかったのだ。

 プルプルが思うに、人間のもっとも恐ろしく、そして強いところは、その意思のつながり、絆だと思っている。

 一人では何もできない脆弱な生き物が、絆や意思の力でまとまり、互いの短所を補い合い、群れを成した時の力は、プルプルでも侮れない。


(……まぁ、お父さんなら、そんなのも関係なく、捻りつぶすことができるんだろうけどねー。)


 内心で苦笑しながら、プルプルはそう思う。

 なぜなら、人間とコドクでは、生き物としての格が違いすぎるからだ。巨大な象に、ただの蟻が集ったところで、象になんの痛痒も与えられぬのと同じで、コドクにとっての人間は、その程度でしかないのだから。

 その証拠に、ここに進軍してきたユエイブワル帝国兵は、陣を組むこともなく、統率がほとんど取れていなかった。コドクがちょっと突っついただけでこれなのだ。コドクが本気になったら、あっという間にこの軍は壊滅するだろう。

 それをしないのは、プルプルに対する信頼と、単に面倒だったという事に違いない、と、プルプルは嬉しいような、呆れたような、そんなどっちつかずの感情を内心でもてあそんだのだった。

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