52 蒼月の神
三人称視点スタート。
コドクは、悲し気に笑うと、その子の頬を鱗だらけの指で撫で、その子の涙を拭った。
「よく頑張ったな。ずっと独りぼっちは、辛かっただろう。」
コドクの気遣うようなその言葉に、その子は顔をくしゃくしゃにして、大声で泣き出した。
「もうやだ、独りぼっちは嫌なのです!お願いなのです、もう、私を独りにしないで!」
泣きながら、必死にコドクに縋り付くその子に、コドクは申し訳なさそうに、首を横に振った。
「ごめんな。俺も、お前を助けてやりたいんだが、こんな状態でね。傷が癒えるまで、もう少し待ってほしいんだ。
代わりに、俺とお前に、魂の繋がりを作ってあげよう。」
「魂の……繋がり?」
「そう。今の俺達は、魂が剥き出しの状態だ。ここは、俺達だけの、闇の世界だから。
契約は、名前を付ける事で、魔力的に互いに繋がりができる。今から俺達が行うのは、それよりももっと強固な繋がりを作る事。
それは、この特別な世界で、互いに名前を付け合う事……らしい。」
コドクの、頼りない最後の言葉に、その子は、思わず泣き止んでしまった。
コドクが、首を傾げながら、溜息を付いた。
「誰の差し金か、それとも悪戯なのか……俺には、そういった、俺のものではない知識が入っているんだよ。
とりあえず、その知識が間違っていた事は無いから、それについては安心していい。ただ、ここで付けあった名前は、俺達だけのものになるから、誰にもその名前が聞かれる事はないらしいけど。」
コドクのその言葉に、その子は、「私達だけのもの……」と呟いた。そして、その子は名前を考える為、コドクの身体を見渡した。
「……夜の、空……夜空の神様……双子の、蒼いお月さま……
うん、決めた、のです。あなたの名前は、蒼月。」
「ジルナ?」
「お母さんが、蒼月は古代語で、ジルナって言うんだよって、言っていたのです。」
コドクは、なるほど、と頷くと、ふと、自分の指を見た。
そこには、さっき拭った、涙の雫が付いていた。
「うん、俺も決まった。お前の名前は、シズク。」
さすがはカナンの義兄。蠱毒よりはましだが、やはり名付けは単純であった。
だが、シズクはそんな単純な名前でも、嬉しそうに、はにかむような笑みを浮かべた。
コドクが語り終えると、ユーナが、首を傾げながら、コドクに問いかけた。
「で?互いに名前を付けあったのは分かったけど。結局、その目はなんなのよ?」
「ああ、それね。その後、俺が戻るって言ったら、やっぱり不安だって言うから、目をあげたんだよ。」
「なんでそれで目をあげるのよ!?あなた、やっぱり馬鹿だわ!!」
理解できない、とばかりに叫ぶユーナに、コドクは首を傾げた。
「いや、そうやった方が、安心できると思ってさ。「何時でもお前を見ているぞ」って。」
「普通に怖いわ!何よ、何時でも見ているって!!ストーカーじゃない!!」
「え?怖いのか?シズク、喜んでいたけど……?」
コドクのその言葉に、ユーナが、「え、えええぇぇぇ……」と言いながら、がっくりと項垂れた。
ユーナは、深く溜息を吐くと、コドクをジト目で見ながら、疲れたように呟いた。
「はぁ……でも、本当に、名前が聞き取れないわね。そんな契約、聞いた事が無いけど……。」
そう呟きながら、考え込むユーナに、コドクが溜息を吐きながら言った。
「さて、ね。確実に、本能とか、そういった類ではない事は確かだが。
多分、世界から捨てられた俺を拾って、この世界の魔物に転生させた奴が、俺の魂の中に、知識として入れたんだろうさ。いったい、なんの目的があってやったのかは、俺も知らないがな。
それに、俺が俺として目覚めた時も、俺は交通事故か何かで死んだと思っていたのに、いつの間にか、世界に存在を消されたという事を自覚していたしな。そこから取ってみても、何者かが、俺に干渉していたのは間違いない。」
コドクのその言葉に、ユーナは、不意に寒気を感じたように、ブルリと震えた。
「ね、ねえ?その、何者かって、私達にも干渉してたりなんて事は、しないわよね?」
若干怯え気味にそう言うユーナに、コドクは笑って答えた。
「それは無いな。少なくとも、俺と契約してからは、何者かが干渉した、という事は無いし、俺がさせない。
……ただ、俺の魂には、かなり干渉されていた痕跡があったがな。それも、前世の分と、魔物だった時に干渉された分でね。
正直、自分でも、ここまで酷く歪んだ状態で、今までよく生きていられたものだと思うよ。」
そう言って軽く笑うコドクに、カナンが心配そうな視線を向けた。
「……本当に、大丈夫?死なない?」
カナンがそう言うと、カナンの腕に抱かれていたシャウランも、心配そうな顔で「大丈夫?」と、コドクに言った。
コドクは、目に苦い笑みを浮かべると、目を閉じた。
「死なないよ。今も、これからも。」
コドクは、そう言いながら、次の言葉を胸にしまった。
(というか、早々死ねそうにもないしね。少なくとも、シズクが生きている間は……。)
コドクは、諦めにも似たその思いを飲み込み、乾いた笑い声をあげた。




