31 眷属の魔物
3話目。
三人称視点スタート。
目を閉じ、どこか哀愁を漂わせ始めたコドクに、何事かとユーナが声をかけようとした時だった。
コドクの体から、何やら赤い石のようなものがいくつも落ち、コドクの影の中へと沈んだのだ。
ゴボリ、という音をたてながら、コドクの影がうねり出した。
驚くユーナをよそに、影は次第に形を持ち、数匹の黒い鼠のような生き物へと形を変えた。
赤い瞳を、らんらんと輝かせるその魔物に、静かに目を開いたコドクが命令した。
「あの豚の住む屋敷に潜入して、豚に関する事を調べろ。見つからないのなら、どんな手段をとっても構わない。
さぁ行け、俺の眷属、影鼠よ。」
名付けされ、コドクの眷属となった影鼠達は甲高い声で鳴くと、サッと散り、影に沈んで消えていった。
コドクは、疲れたように溜息を吐いた。
「……憶測で動くのは、賢くないからね。一応、確認しておかないと。
で、ユーナ。その豚の事なんだが、なんで知っているんだ?」
ユーナは、いつものコドクに戻った事に、ホッと胸を撫でながら、口を開いた。
「この町に来た時、カナンが泊まっていた場所が、そこだったからよ。
そして、あの豚!カナンに嫌らしい目を向けていたと思ったら、セクハラしようとしたのよ!?」
コドクの額に、青筋が浮かび上がった。
結局の所、自分の事となると感情が希薄になるコドクだが、そこにカナンやユーナが加わるとなると、別であるらしかった。
コドクは、冷たい声で言った。
「よし、やっぱり殺そう。そうしよう。ああいや、殺さないで、じわじわと嬲ろうかな。
まぁ、それは後で決めればいいか。でさ、しようとしたって事は、まだされてはいないんだよな?」
「当たり前じゃない!あの豚の手を焼いて、物も掴めないようにしてやったわ!」
胸を張りながらそう言うユーナに、コドクは大きく頷いた。
「そうか、そういうやり方があったな。何もできなくする、っていう方法が。
ありがとう、ユーナ。おかげで、その豚を、殺さずに苦しめる事ができそうだ。」
「そう?殺してもいいと思うけど……まぁ、それなら良かったわ。」
酷い事を、なんともない顔で、さらっと言うコドクだが、ユーナは、コドクが元の調子に戻っていれば、それに対してなんとも思わない様子だった。
もとより、ユーナも、今は憎むというほどでは無いとはいえ、人間は嫌いである。更に、その人間が、大切な親友のカナンを傷付けようとした者なのだから、殺そうが、苦しめようが、どっちでも構わないのだろう。
そんな様子のコドクへ、コドクの背ですやすやと眠っている我が子を心配そうに見つめながら、女性が声をかけた。
「あの…」
「ん?ああ、そうだったな。
おーい、カナン。その子を返してやってくれないか?」
女性の言いたい事が分かったコドクが、カナンにそう言うと、カナンはちょっとだけ、躊躇う素振りを見せた。
そんなカナンに、コドクは苦笑した。
「その子が心配か?」
「……うん。」
「そうか。う~ん……。」
コドクは少しだけ考え込むと、闇を作り出し、その中へと手を入れた。
コドクは、闇を通して、町の外の適当な場所の影に繋げると、そこを通りがかった魔物をそのまま掴み取った。
闇から手を出すと、その手には、丁度子供よりちょっと大きいくらいの、アメーバのような生き物……核の魔石が赤い、スライムのような魔物がいた。
コドクは、自分の爪を必死に溶かそうとしているその魔物に、魔力を通して干渉すると、自分の中にいくつもある魔石の中の一つを、魔物の魔石と融合させ、魔物の魔石の中にある身体の情報をさらっと書き換えた。
途端、角ばっていた魔石が、綺麗な真球状のものとなり、緑色で気泡を出していたジェル状の身体は、光沢のある黒っぽい緑色のプルプルとした弾力のある身体へと変化した。
実はこの変化、魔物の進化、それも数段階も飛ばした、魔物に理性を持たせた規格外な進化なのだが、コドクはそれをまったく自覚していない。単に、これで理性を持たせる事ができたなー、というくらいである。
ユーナも、魔物に関しては、あまり詳しくないので、コドクがまた何かやったな、程度の驚きでしか無かった。
魔物について詳しい人がこれを見たら、泡を吹いて倒れただろう。そもそも、精霊へと進化させずに、魔物に理性を持たせる事自体、常識外れな事なのだ。
コドクはその魔物を見て、満足そうに頷くと、魔物を爪でつまんで幼子の前に出した。
さっき目を覚ましたばっかりの幼子は、コドクにつままれ、プルンプルンと震えているその魔物を、不思議そうな目で見つめた。
……ちなみに、この魔物の身体、硬いものをあっさりと切り裂く、コドクの爪の先端でつままれているのだが、魔物の身体はちゃんとその爪を弾いている。それだけで、どれだけ規格外な進化したのかが伺えるであろう。
コドクは、幼子へと声をかけた。
「これで、お前が名付けをすれば、この魔物をお前の眷属にできる筈だ。
まぁ、精霊との契約の、魔物バージョンといった所だな。名前ならなんでもいいぞ。」
言っても分からないだろうに、そんな事を律儀に説明するコドク。
すると、最初からコドクの話など聞いていなかった幼子が、ぱっと笑みを浮かべ、その魔物を指さした。
「プルプル!」
途端、幼子と、その魔物―――プルプルとの契約が交わされた。
プルプルは、承諾という意味なのか、身体から一輪の花を咲かせた。それを見て、手を振って喜ぶ幼子。少なくとも、コドクよりは幼い子供の扱いが上手いようである。
プルプルは、コドクの爪から、身体を変形させて爪から離れ、コドクの背に落ちると、心配そうなカナンに、身体を変形させて、力瘤を作るような形を見せ、その次に、その手で親指を立ててみせた。多分、この子は自分が守るから大丈夫、みたいな事を伝えようとしているのだろう。
カナンは、そんな様子のプルプルに苦笑すると、幼子をプルプルの上に乗せ、預けた。
笑って喜ぶ幼子と、そんな様子の幼子を、落とさぬように身体を変形させてバランスを取るプルプル。
プルプルは幼子をしっかりと乗せると、コドクの背をぺちぺちと叩いた。
「ん?ああ、ほら。」
コドクはプルプルの意をくむと、片方の翼を広げ、地面へと付けた。
プルプルは、幼子を自分の身体に沈みこませるようにして固定すると、その翼の滑り台を滑り降りた。
地面に降り立ったプルプルは、ぽよんぽよんと跳ねながら、そのまま幼子の母親の女性の元へと向かい、呆然としている女性に花を渡した。
思わず、「あ、どうも……?」と受け取る女性。
気の抜けるような光景だが、これが後に、様々な植物を操る規格外な魔術でこの町を守る「大樹の守護者プルプル」と呼ばれる、眷属の魔物の誕生の瞬間であった。
ちなみに。余談ではあるが、この花、内蔵の病に効く薬になる、大変貴重な植物であったという。
さすが、規格外で常識外れな事をするコドクの手で魔改造された魔物なだけあって、やる事も常識外れなのであった。
プルプルは、コドクのように出し惜しみしない分、チートになる予定です。




