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30 空虚な怒り

2話目。

コドク視点スタート。

 どうやってこの女性を起動させるかな、と思っていた俺は、ふと、絶えず聞こえていた幼子の声が聞えなくなっている事に気が付いた。

 疑問に思って、幼子のいた所……って、いつの間にか、俺の背に乗っているみたいだし。

 首を回して背中を見ると、なんと、幼子に膝枕をしてあげているカナンと、カナンの膝枕ですやすやと眠る幼子の姿が。

 ああいや、驚く事でもないか?子供に罪は無い訳だし。でも、あのカナンが……?

 微笑みながら、幼子の頭を撫でるカナンの姿を見ていると、これはこれで自然な気がしてくる。きっと、カナンも親から酷い仕打ちを受けていなければ、こんな風に優しい子だったのではなかろうか。

 よし、決めた。もしカナンの親と会う事があれば、一発ぶん殴ろう。殺さないのは、一応カナンの親だからだけど、半殺しくらいだったらいいよね?

 そんな風に、俺が決意を胸に秘めていると、女性が我に帰った。


「え、ええと…そんな事でいいのですか?」

「うん。俺にとっては、知らない事だからな。」

「そ、そうですか。なら、まずはギルドですが……

 私もあまり詳しい事は知らないのですが、冒険者をまとめるギルドや、魔術を研究する為のギルドがあるようです。

 それで、その魔界探索者というのは、魔界に入って、そこの鉱石や、植物、魔物の魔石といった資源を取ってくる専門の人達の事をいいます。」


 スラスラと話す女性の説明を聞きながら、俺は首を傾げた。


「へぇ。どうやって魔界へ行くんだ?」

「それは、神宝の『魔界門』を通って行きます。

 ただ、魔界門は人だけでなく、魔界の魔物までをも通してしまいますから、この町では、度々さっきのような事が起こるのです。」

「なんで、わざわざ魔界から資源を調達してくるんだ?」

「人間界にある資源より、魔界にある資源の方が、豊富で滋養に富んでいるからです。

 それに、人間界にある資源は、日に日に枯渇していると言われています。だから、リスクを負ってでも魔界から資源を集めてくるのです。ですが……」


 女性は、そこで少し言葉を詰まらせた。そして、伺うように周りを見ると、少し小声で言った。


「それは、首都などの人口が多い所だけなのです。この町みたいに、辺境の地のような人口もあまりない場所では、魔界門の監視や、魔界門から出てくる魔物を撃退する為の兵士もいないので、正直デメリットしかありません。

 そして、この町に魔界門を持ってきたのは、ぶた……じゃなくて、貴族様なのです。」


 おい、今こいつ貴族の事を豚って言ったぞ。だから小声で言ったのか……。

 俺の頭の中に、いかにも脂ぎった姿の、肥え太った人間の姿が浮かんだ。

 その姿の背景に、「The☆KUZU」と浮かんだ所で、ユーナが顔を歪めながら言った。


「貴族って、あの豚野郎の事?あのクズ、本当にろくな事しないわね!」

「そうなんですよ!あの豚が来てから、この町はめちゃくちゃで…!」


 遂に声を大にして言ったぞ、この女性。どんだけ嫌われているんだよ、その貴族。

 周りで様子を伺っていた人達まで、大きく頷いているし。さっきまで、俺に怯えている奴らばっかりだったのに、なんだこの状況。

 その時、俺の脳裏に、ある可能性がよぎった。


「なぁ。その豚の事なんだが、こんな依頼とか、命令を出さなかったか?魔物を捕まえてこいだとか、そういうの。」


 俺がそう聞くと、その女性は憤慨した様子で頷いた。


「ええ、そうです。その命令のせいで、何人もの人の命が犠牲になったのですよ!」

「へぇ、そうか。そうかそうか。ふ~~ん。」


 目を細め、そう言いながら、俺は確信した。

 ……やっと、見つけたぞ。そうか。あの蠱毒を作り出したのは、この町の貴族だった訳だ。

 おかしいと思ったんだよ。あそこにいた魔物は、いったいどうやって集められたんだろう、って。だけど、その貴族が、蠱毒の材料の魔物を集める為に、魔界門を設置したのだとしたら?


「なぁ、ユーナ。」


 その貴族に、どんな目的があって、そんな事をしたのかは知らないが……


「何よ?」


 目的なんて、関係ない。


「お前の口ぶりからいって、その豚の事を知っているんだろう?」


 その企みのせいで、この町の人間が傷付いた事も、知った事では無い。


「……ええ、知っているわ。

 ねぇ、どうしたの、コドク?なんか、様子が変よ……?」

「教えろ。」


 そいつに、教えてやらなければ。


「な、何をよ。」

「その、豚の居場所だ。」


 …俺が、いや。俺達が。どんな思いで、互いを喰らい合ったかを。


「……この町の、一番立派な建物に住んでいるわ。」


 …………どれだけの、苦しみを味わったのかを。


「……そうか。ありがとう、ユーナ。」


 ……………。

 

 自分でも分からぬ、滲み出るような感情に、俺は静かに目を閉じた。

 怒りでもない、悲しみでもない、歓喜でもない。

 いったい、この感情は、なんだ?

 まるで、砂を噛むような、全てが沈んでいくような、そんな感情。



 不意に、分かった。


 そうか。俺は……虚しいのだ。

 湧き上がりもしない怒りに、怒った振りをして、その蠱毒を起こした人に、無理矢理復讐しようとしている。そんな、自分の空虚な行為が、俺はたまらなく虚しいのだ。

 普通じゃなくてもいい、と心では思っているつもりでも、やっぱり俺は、普通でありたいのだろうか……。

 でも、もう、無理だ。俺は、もう遅い。

 既に、普通というその境界へと引き返すには、俺は歪み過ぎた。

 自分に関すると、恐怖も、怒りも、悲しみも感じない癖に、俺は、虚しさは感じるらしい。

 ……何故。

 俺は、普通に怒る事すら、ままならないのか。


 ……やめよう。どうせ、今更な話だ。

 あの貴族なら、殺るだけ殺っとけばいいだろう。そこに、俺の事情など、挟まなくともいいのだから。

最初、怒ったコドクが貴族に復讐する……という予定でした。

だけど、それを描いたら、物凄く違和感を覚えたのです。

思えば、コドクって、そんなキャラではありませんでしたね……ですので、こんな形となりました。

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