20 老人と精霊
3話連続投稿。1話目。
三人称視点スタート。
亀の精霊が精霊界へと渡ると、その場から動こうとしないコドクへ、ユーナが話しかけた。
「ねえ、コドク。精霊を解放したのはいいんだけど、そこの人間、どうするの?」
ユーナの問いに、一瞬怪訝そうな顔をするコドク。
そして、何度か目を瞬くと、ややあって、ああ、と頷いた。
「そういえば、いたね。そんなの。」
「あ、すっかり忘れていたのね、やっぱり……」
本当にどうでも良かったのだろう。自分で人に酷い魔術をかけておきながら、その事を忘れていたコドクに、ユーナは溜息を吐いた。
ユーナは、ぴくりともしない、人形のように虚ろな目をしたまま立っている人間を、ゴミでも見るような目で見た。
「奴隷扱い、とか言っていたわよね。こいつ、なんでも言う事を聞くの?」
いまだにゴミでも見るような目で、その人間を見るユーナだが、その声に先程までの怒りは無かった。自分が怒った時、近くに自分以上に怒っている人がいると、逆に冷静になれるというが、そういった所なのだろう。
コドクは、ユーナの問いに頷いた。
「ああ。俺が操作する仕様だけど、こいつができる事の範囲なら、なんでもできる。
逆立ちしろとか、土下座しろとか、歌えとか…………自殺しろ、とかな。」
コドクの最後の言葉に、少しざわざわとしていた、辺り一帯が静まり返った。
ユーナが、楽し気に笑った。
「じゃあ、私の魔術の的になれ、っていうのもできるってことね。」
「だな。むしろ、操作する手間が省ける分、そっちの方が、俺としては楽だな。」
どこか違う所を見ながら言うコドクに、ユーナは憎しみのこもった目を、その人間へと向けた。
「ふふ、そう。なら、遠慮なく使わせてもらうわ。」
暗い笑みを浮かべ、ユーナが火の魔術を使おうとした、その時だった。
「……そこの精霊。動けぬ者に、一方的に攻撃するのは、あまり感心できぬな。」
立派な鬣をもち、金色の瞳をもつ、ライオンのような精霊が、軽やかに、魔術を使おうとするユーナの前に降り立った。
いきなりの事に、目を丸くするユーナに、その精霊が言葉を付け足した。
「それに、同じ精霊としても、見苦しい。」
「っ!何よ、あんた。そいつは、人間よ!?私達精霊を傷付け、沢山殺した、その元凶なのよ!!
あなたも精霊でしょう!?なんで、人間なんかをかばうの!?」
理解できない、とばかりに叫ぶユーナに、その精霊は悲し気な表情を見せた。
「憎しみや、復讐は、負の連鎖しか起こせぬ。恨んでも、何も始まらんのだ。」
その精霊の言葉に、その精霊をちらりとも見ないコドクが、目を細めながら、一人事を呟くように言った。
「そんなの、今更だろう。誰か一人が争いをやめても、何も変わらない。変えるには、その原因の根本から修正するか、全てを壊すかだ。
―――そう、思わないか?そこで気配を断っている奴。気配が無さ過ぎて、逆に不自然だ。」
「―――そう言うお前さんは、もう気配を隠そうとすらしていないがね。そのくせ、自分の力だけを隠すなんて、器用な奴だねぇ。
まったく、年寄りは労わるもんだよ。こんな殺伐とした所に来させたりしないで、ね。」
人ごみから出てきたのは、一人の老婆であった。松葉杖をつきながら、ゆっくりとコドクの元へと歩み寄る。
すると、精霊が心配そうに老婆へと話しかけた。
「メノゥ。そこの精霊は、油断ならぬ奴ぞ。我ですら、力の底が読めぬ。」
「知っとるよ、レジャン。そう、まるで底なしの谷間を覗いたような、力がまったく読めぬ厄介な奴だって事は、私だって重々承知だわい。
それでも、私はこいつと話し合わなくちゃならないんだ。馬鹿だが、かわいい孫を助ける為にもね。」
老婆―――メノゥは、コドクのすぐ目の前まで来ると、コドクを真っ向から、その皺くちゃになった瞼を開いて見つめた。
メノゥは、コドクの目を見ると、ニタリと笑った。
「あんた、案外穏やかな目をしているじゃぁないか。残酷な奴だと思ったけど、容赦がないだけで、意外と心根は優しい奴なのかもしれないねぇ。」
「……さぁ、どうだか。」
ぴくりとも表情を変えずに言うコドクに、メノゥは真剣な目をコドクに向けた。
「あんたが、何故、人間なんかどうでもいいのに、わざわざこんな事をしたか。それは、あの若い精霊に、少しでも恨みを晴らしてもらいたかったからだろう?」
メノゥがそう言うと、コドクは首を横に振った。
「残念だけど、それは違うな。俺は、教えたかっただけだ。」
「教える?何を。」
「……ユーナの心に巣食っている怒りや憎しみは、人間に対するものなんかじゃないって事だ。」
コドクが静かに言ったその言葉に、ユーナは目を見開いた。そして、コドクを睨み付けた。
「何を、言っているのよ。私が憎いのは、人間に決まっているじゃない…!」
「違うな。お前が怒っているのは、人間なんかじゃない。
だって、お前も、本当はそうなんだろう?人間なんて、どうでもいい。そう思っている筈だ。」
「何を知ったような口を……!あなたは、目の前で友人が殺された事がないから、そんな事が言えるのよ!!」
ユーナの怒りの声に、コドクは頷いた。
「まあ、それはそうだな。友人も、それどころか、大切な人なんて、お前達に会うまでいた事なんて無いしな。
だけど、それでも分かるんだよ。」
コドクのその言葉に、ユーナは顔を歪めた。あの夢で見た、コドクの過去を思い出し、自分よりも更に酷い目に遭っているコドクを思い、言うに言えなくなってしまったのだ。
ユーナは、コドクの目を、きちんと見て……驚いた。
それは、ユーナを思う、悲しげで、苦しげな目であった。




