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第三部、基礎訓練



「じゃ、見てて」


 とりあえず声も戻り、ひと通り動けるようになったリクトロアは、今まで受けていた常識矯正の猛勉強に加え、外で身体を動かすように言われた。


 三ヶ月芽胞状態、その後回復に二週間を要していた。


 もう五月。曖昧なリクトロアの出生時期は九月あたりだそうだ。次に十八歳になるらしい。


 ヴァルオ王国は崩壊した。これからレーガイナの国境に向かい、越境。レーガイナの人間となって生きると言われている。


 リクトロアの首にはスヌードがある。生ける屍と間違えられそうな首の傷跡を隠すためだ。

 傷を消す治療はあるが、受けた傷や毒の治癒が最優先だ。


 砦の厩舎前にて。通りを王都から脱出する馬車が数台通っている。


 リクトロアは黙って王都の方を見つめる。鎮魂と言われる反転世界。逆針は、永劫苦しむ犠牲に可逆の――元の平穏を与える為の機構だ。生きている者はまだ癒せないが、冥府の住人には安寧だろう。


 そっと、リクトロアの肩に手を置く人物がいた。


「……ヘンリック……」

「妻は……大丈夫だろうか?」


「リリーシャの事を気にしている気配だけだよ」


 リクトロアの言葉に、ヘンリックは変に吹き出す。

 リリーシャとは……ヘンリックから言えば娘に当たる人物だ。


 ケイオスも冥石(いし)を持っているが、あれはケイオスがいなくなれば後任を避けられない妹を案じて持たされたものであり、ケイオスを案じてくれたわけでも無ければ恋仲なわけでも決して無い。可愛い妹の為、妹が恐ろしいものを見なくて済むようにという苦肉の策だ。


「娘さんと和解は?」

「大変に……話を聞いてくれない。リクトロア、何か助言をくれないか?」


「あのね……アタシたちは親がサイテーだから、アナタのご家庭も羨ましいくらいよ。言っちゃ悪いけど」

「……すまない」


 リクトロアではなくルティアナがはっきり答えると、ヘンリックは恥じるように自分の手で口許を押さえた。


 ヘンリックが面映ゆそうに、

「言葉遣いも変わっていて驚いた……」


「うん。王家が役割投げて、もう魔獣葬送もやる必要がなくなったし。気が抜けたかな……」

「それでいい……いや、それがいい」


 ぽん、ぽん、と。リクトロアの頭を撫でてくれた。


「息子なら分かりそうだが、女の子は分からん……」

「アンタ……息子さん居たら殴り合った挙句家出されたわよ?」


 ルティアナの言葉に、またヘンリックが吹き出した。


「リクトロア、始めるぞ!」

 声のした方を見れば、ケイオスやケヴィンらが待っていた。


「んじゃあ、とりあえずオレが相手するな」

 

 ルティアナを端に座らせてケイオスと向かい合うと、


「ここに武器置くから。早い者勝ち」

 ケイオスはそう言って、短剣やら棍棒やを置いて距離を取る。二人から五歩離れたフェアな位置に武器があるようになった。


「じゃあ……五、四……」

 ヘンリックがカウントダウンを始め……。


「さ……」

 三を言い終わる前に。


 リクトロアが自分に向けて蹴り上げられた広範囲の砂利を身を捩って避けた。


 次いでケイオスが待ち伏せしたように蹴りを入れてくるが、その足を逆に踏みつけて跳躍、距離を取る。


「あの……ケイオス? リクトロアも……?」


 身体を動かすようにとはケヴィンから言われたが、ケヴィンの言う運動ではなかったのだろう。

 ケヴィンと周りの面々で常識の摺合せがまた行われている。


 ケイオスはリクトロアの尻尾、つまりは銀糸の長髪を束ねたものを掴もうと躍起だ。


「ちょ、ケイオス!! 前も言ったけれど、それは証拠で治療にも重要な……!!」


 ケヴィンが静止に入っても、尻尾をケイオスは追い続け――


 リクトロアが張った防御結果で弾かれた。


「リクトロア、ホントに鈍ってる」

「伊達に三ヶ月芽胞状態だったんじゃないよ」


 ケイオスの手を借りて立ち上がるリクトロア。


「まさかあれだけのやり取りで防御結果要るとはな……。こりゃリハビリのメニューを……」


「ケイオス!? 前にも言ったけれど、こんな取っ組み合いはレーガイナの街中でやったら警察が来るからね! ……なんでこんな喧嘩に……」


 ケヴィンは理解不能という顔だ。


「ちょっとしたじゃれ合いだよ」

「じゃれ合いじゃあすまないんだよ!」


「もしかして、また常識講座か!?」

「嫌なら覚えなさい!!」


 聖門の、言葉遣いに上下はなく互いに呼び捨てはすぐに馴染んだのにと、ブツブツとケヴィンがごちる。


 そんなケヴィンを他所に、


「ところでルティアナちゃん。彼氏はお兄さんよりも強い人限定?」


 ザッ!! ルティアナが話しかけられ、リクトロアの後ろに避難した。


「ケイオス……ルティアナには良い人がいいよ」

「……どういう意味だよ?」


 ケイオスはルティアナを指差し、


「兄も可愛らしい系の顔良い優良物件だけど、妹ちゃんもすごいレベルじゃんか!! ヴァルオによくあるヴァニラの肌はすべすべだし、ジョンブリアンの短い髪も健康的で眩しい!! しかも瞳はエバーグリーンにアイビーグリーンの陰影!! キュート!! ブラボー!! 今のうちに粉かけないと……」


「ケヴィン、ルティナが身の毛がよだつみたい。これがセクハラ?」

「そうだね。これも警察がでてくるよ」


「お兄ちゃん……この怖い人、ちょっと掃除させて」

「ダメだよ。ええと……ケヴィン。こういうときは警察として、今の代理は……」


「私がやりますよ。はい、こうやって捕縛します。逮捕っていいます。」

 テキパキと拘束用の術式でがんじがらめにし、筋力強化をしてヒョイっと持ち上げ


「市民逮捕って言葉もありますが、レーガイナの常識が馴染むまで使わないように!」


 そう言い残して去って行った。


「お兄ちゃん……留置所面会には行かなくていいわ」

「大事なルティナに変な目向ける人に会いに行かないよ……」


 兄と妹はそう囁き合っていた。









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